小さな「趣味」が生んだ現代デジタル社会の基盤
1991年9月17日の夕方、フィンランドのヘルシンキから一人の21歳の大学生がインターネットに小さなファイルをアップロードしました。
Linus Torvalds氏が公開したLinux 0.01は、わずか10,000行のコードで構成された最小限のOSカーネルでした。彼は後にこれを「ただの趣味で、GNUのように大きくプロフェッショナルなものにはならない」と謙遜していましたが、この瞬間から現代デジタル社会の基盤が誕生したのです。
2025年9月17日、我々はLinux誕生から34周年という記念すべき日を迎えます。この34年間で、Linuxは人類の技術史上最も成功したオープンソースプロジェクトとなり、現在では数十億人の生活を支える不可欠な存在となっています。
1万行のコードが築いた巨大帝国
モバイル革命の中心
1991年の10,000行のコードから発展したLinuxカーネルは、現在Android OSの心臓部として機能し、世界のOS市場シェア44.51%を占有しています。地球上で使用される数十億台のスマートフォンとタブレットが、あの小さなフィンランドの学生のプロジェクトの子孫として動作しているのです。
クラウドとサーバーの絶対支配者
- 世界トップ100万のWebサーバーの96.3%がLinuxで稼働
- 主要パブリッククラウドの80%以上のワークロードがLinuxベース
- 世界のスーパーコンピュータTOP500の100%がLinux系OS
IoT・組み込み機器での浸透
現代の私たちの身の回りにある無数のデバイス──スマートTV、ルーター、自動車の車載システム、産業用機器、医療機器──その大部分がLinuxの派生技術で動作しています。
日本の技術産業を変革したLinux

自動車業界の革新
トヨタは2010年代からAutomotive Grade Linux(AGL)プロジェクトを主導し、2017年に世界戦略車カムリで初の量産化を実現しました。ホンダも2025年の中大型EVから「ビークルOS」を採用し、2028年にはメーター部品でのAGL採用を予定しています。従来のQNXから「あのフィンランドの学生のOS」への大転換です。
通信インフラの基盤技術
NTTグループは2017年からLinuxベースの基盤システム構築を本格化し、SoftBank・NEC・Broadcomが共同でLinuxベースの5G/vRANシステム開発を推進しています。日本の通信インフラの根幹に、1991年のあの10,000行のコードの遺伝子が組み込まれています。
デスクトップでも歴史的快進撃
2025年の記録的成長
長らく「デスクトップ分野での普及は困難」とされてきたLinuxですが、2025年には歴史的な躍進を遂げています:
- 世界のデスクトップ市場シェア:4.7%
- アメリカでは5.03%(初の5%突破)
- インドでは16.21%という驚異的なシェア
この成長は、Windows 10サポート終了への懸念、プライバシー意識の高まり、Steam Deckなどゲーミング分野での普及が牽引しています。
Linux Foundation日本設立:グローバル貢献の新段階
日本企業の積極参加
2023年11月、NEC、富士通、トヨタ、Preferred Networks、Appleなどの日本企業が参加してCloud Native Community Japan(CNCJ)が設立されました。これにより、日本の技術文化(品質と安定性への感度、独自の慣行)がグローバルなオープンソース開発により積極的に貢献できる体制が整いました。
1万行から始まった数字で見る34年間の軌跡

コードベースの爆発的成長
- 1991年:10,000行(Linux 0.01)
- 1994年:176,250行(Linux 1.0)
- 2025年:約4,000万行(現行版)
開発者コミュニティの拡大
- 1991年:Linus Torvalds一人
- 1993年:100人以上の貢献者参加
- 2025年:数万人の開発者が世界中で貢献
影響範囲の拡大
- スマートフォン:数十億台
- サーバー:世界の96%以上
- スーパーコンピュータ:100%
- 自動車:年間数千万台の新車
- IoTデバイス:数百億台
未来への示唆:次の34年に向けて
1991年9月17日に「ただの趣味」として始まったプロジェクトは、現在では:
- 人類のコミュニケーション基盤(スマートフォン)
- 経済活動の基盤(クラウドコンピューティング)
- 科学研究の基盤(スーパーコンピュータ)
- 交通システムの基盤(車載システム)
- 日常生活の基盤(IoTデバイス)
すべてを支える存在となりました。
「趣味」が変えた世界
Linus Torvalds氏が1991年9月17日の夕方にヘルシンキから世界に送り出した10,000行のコードは、34年の時を経て人類史上最も影響力のあるソフトウェアとなりました。現在、地球上のあらゆる場所で、数十億人の生活を支え続けています。
9月17日は、現代デジタル社会の「誕生日」です。一人の学生の小さな「趣味」が、いかにして世界を変革し得るかを示す、技術史上最も感動的な物語の記念日なのです。
Linux34歳の誕生日おめでとうございます。次の34年間で、この偉大な「趣味プロジェクト」がどのような新しい革命をもたらすのか、私たちは期待を込めて見守り続けるでしょう。
【Information】
関連団体・プロジェクトの公式情報
Linux Foundation(外部)
Linuxおよびオープンソース技術の推進を目的とした非営利組織。世界中の企業・開発者が参加する最大のオープンソースコミュニティ
Linux Foundation Japan(外部)
Linux Foundationの日本拠点。日本企業のオープンソース活用を支援し、グローバルコミュニティとの橋渡しを行う
Linux.org(外部)
Linux関連情報、ディストリビューション、チュートリアルを提供する総合情報サイト
Kernel.org(外部)
Linux カーネルの公式配布サイト。Linus Torvalds率いる開発チームによる最新カーネルのリリース情報を提供
Automotive Grade Linux (AGL)(外部)
車載システム向けLinuxプラットフォーム開発プロジェクト。トヨタ、ホンダなど日本自動車メーカーも参加
Cloud Native Computing Foundation (CNCF)(外部)
クラウドネイティブ技術の推進を目的とした団体。KubernetesやDockerなどLinuxベースのコンテナ技術を標準化