セント・アンドリュース大学の物理学・天文学部の研究チームが、有機発光ダイオード(OLED)とホログラフィック・メタサーフェス(HM)を組み合わせた新しい光電子デバイスを開発した。研究成果は2025年8月、Light, Science and Applicationに掲載された。従来のホログラムはレーザーを使用して作成されてきたが、この手法はよりコンパクトで、かつ適用が容易である。ホログラフィック・メタサーフェスは髪の毛の幅の約千分の一サイズのメタ原子と呼ばれる微細構造の配列で構成され、光の特性を操作する。研究チームは、各メタ原子を成形して光線の特性を制御することで、HMのピクセルとして機能させることに成功した。光干渉の原理を利用し、単一のOLEDデバイスから完全な画像を投影できる。通常のOLEDディスプレイが単純な画像に数千のピクセルを必要とするのに対し、この技術は小型化された統合メタサーフェス・ディスプレイへの道を開く。
From: Scientists unveil breakthrough pixel that could put holograms on your smartphone
【編集部解説】
この研究が画期的なのは、既存のスマートフォンにも使われているOLED技術と、光を精密に操作するメタサーフェスを初めて融合させた点にあります。従来のホログラムは高価なレーザー装置と複雑な光学システムを必要としましたが、この技術はわずか3センチメートルという超コンパクトな構成で実現できます。
技術的な核心は「空間コヒーレンス」と呼ばれる光の性質の制御です。OLEDは本来、光の波がバラバラな方向に広がる「非干渉性光源」であり、ホログラムに不向きでした。研究チームはOLEDとメタサーフェスの距離を調整し、バンドパスフィルターで波長幅を63nmから10nmに絞ることで、この問題を解決しています。
メタサーフェスは髪の毛の幅の千分の一という超微細構造で構成され、300nm間隔で配置された「メタ原子」が光の位相を精密に制御します。従来のOLEDディスプレイが単純な画像に数千のピクセルを必要とするのに対し、この技術は単一のOLEDデバイスとメタサーフェスの組み合わせで完全な画像を投影可能です。
実用化への道筋も明確です。現在の試作機は静的な画像のみ投影できますが、研究チームは薄膜フィルターやポラリトンフィルターをOLEDやメタサーフェスに統合することで、システムをよりコンパクトにできると指摘しています。また、全ポリマーメタサーフェスなど別のタイプのメタサーフェスとの組み合わせも検討されており、大量生産を容易にする可能性があります。ARやVRヘッドセット、ポータブルディスプレイへの応用が期待されています。
ただし課題も残されています。30度方向への回折効率は27%を記録していますが、投影される画像の明るさはレーザーベースのシステムには及びません。研究チームは今回、原理実証を優先しており、効率の最大化は今後の課題としています。また、実験で使用されたメタサーフェスは事前に設計された静的な画像しか表示できず、リアルタイムで画像を変更するダイナミックホログラフィには対応していません。
【用語解説】
OLED(有機発光ダイオード)
有機化合物を用いた薄膜の発光素子。電流を流すと自ら発光する特性を持ち、バックライトが不要なため薄型化が可能。スマートフォンやテレビのディスプレイに広く採用されている。
ホログラフィック・メタサーフェス
光の振幅、位相、偏光を操作できる超薄型の人工材料。髪の毛の幅の約千分の一サイズの「メタ原子」と呼ばれる微細構造を配列して構成される。従来の光学素子と比べて、小型化と高精度な光制御が可能。
メタ原子
メタサーフェスを構成する基本単位となる微細構造。個々のメタ原子が通過する光の位相を制御することで、ホログラムのピクセルとして機能する。
空間コヒーレンス
光源から放射される光の波が空間的にどれだけ揃っているかを示す指標。コヒーレンス長が長いほど、光の波が揃っており干渉パターンを作りやすい。ホログラム生成には高い空間コヒーレンスが必要。
光干渉
複数の光波が重なり合うことで、明暗のパターンが生じる現象。波の山と山が重なると明るくなり、山と谷が重なると暗くなる。ホログラムはこの原理を利用して画像を再現する。
Gerchberg-Saxton アルゴリズム
位相回復問題を解くための反復計算手法。目標とする画像とメタサーフェス面の間で光を繰り返し伝搬させることで、必要な位相分布を計算する。ホログラムの設計に広く使用される。
バンドパスフィルター
特定の波長範囲の光のみを通過させ、それ以外の波長をカットする光学フィルター。この研究では、OLEDの発光スペクトル幅を63nmから10nmに狭めるために使用された。
回折効率
入射した光のうち、目的の方向に回折される光の割合。この研究では30度方向への回折効率として27%が記録された。
AR/VR(拡張現実/仮想現実)
ARは現実世界にデジタル情報を重ねて表示する技術、VRは完全に仮想的な環境を作り出す技術。両技術とも、ホログラフィックディスプレイの主要な応用先として期待されている。
【参考リンク】
【参考記事】
【編集部後記】
スマートフォンから立体映像が飛び出す日が早く訪れるかもしれません。この技術が実用化されれば、ビデオ通話で相手の表情が立体的に見えたり、商品を購入前に3Dで確認できたりする未来が現実になります。
現在お使いのデバイスに立体表示機能が加わるとしたら、どのような用途を期待されるでしょうか。