10月18日、-18℃が守るもの
10月18日は「冷凍食品の日」です。この日付の由来は二つあります。一つは「れいとう(10)」という語呂合わせ。もう一つは、冷凍食品の品質を1年間維持できる最適な温度が-18℃であることです。
今日、あなたの冷凍庫の中には何が入っているでしょうか?餃子、チャーハン、パスタ、それとも冷凍野菜でしょうか。スーパーマーケットの冷凍食品コーナーには、数え切れないほどの選択肢が並んでいます。
しかし、この当たり前の光景は、わずか100年前には存在しませんでした。そして人類が冷凍技術に求めてきたものは、単なる「保存」だけではありませんでした。この技術は、やがて地球から339キロメートル上空の宇宙空間にまで到達し、私たちに重要な真理を教えてくれることになります。
極寒が教えてくれた「速度」の秘密
1914年、極寒のカナダ・ラブラドール。毛皮商人として働いていたアメリカ人博物学者クラレンス・バーズアイは、イヌイットの人々が釣ったばかりの魚を雪の中に埋める様子を見ていました。氷点下40度を下回る極寒の気候で瞬間的に凍った魚は、数ヶ月後に解凍しても、まるで獲れたてのように新鮮な味がしたのです。
バーズアイはまた、別の発見もしました。厳冬の最中に凍らせたキャベツは、寒気が緩む時期に凍らせたキャベツより味が良かったのです。彼はそこで、ある真理に気づきました。凍る速度こそが、美味しさを守る鍵である、と。
食品中の水分は-1℃から-5℃の間に氷結晶になります。この温度帯をゆっくり通過すると、氷結晶が大きくなり、食品の細胞組織を破壊してしまいます。解凍したときに出る「ドリップ」は、破壊された細胞から流れ出た旨味成分そのものです。しかし30分以内に急速に通過させれば、氷結晶は小さく、細胞は傷つきません。
バーズアイは1925年にこの「急速冷凍」の特許を取得しました。1930年、マサチューセッツ州スプリングフィールドで、世界初の冷凍野菜、果物、シーフード、肉が「Birds Eye Frosted Foods」のブランド名で一般販売されました。彼は生涯で約300件の特許を取得しましたが、急速冷凍技術こそが食品産業に革命をもたらしたのです。
冷凍食品が変えた日本の食卓
日本の冷凍食品の歴史は、魚から始まりました。四方を海に囲まれ漁業が盛んだった日本にとって、魚介類の鮮度を維持したまま長期保存することは大きな課題でした。1919年(大正8年)、葛原猪平が北海道に冷凍工場を建設し、冷凍魚の生産を開始します。1933年(昭和8年)には、バーズアイが開発したコンタクトフリーザー(急速冷凍装置)が漁船に導入され、魚介類の品質は飛躍的に向上しました。
しかし、冷凍食品が本格的に家庭に普及するのは、もう少し後のことです。転機となったのは、1960年代の高度経済成長期でした。女性の社会進出が進み、核家族化が進行する中で、冷凍食品は忙しい現代家庭の強い味方となっていきます。
考えてみてください。仕事から帰宅し、子どもの宿題を見て、明日の準備をして——そんな忙しい夜に、冷凍庫から取り出すだけで、栄養バランスの取れた一品が5分で食卓に並ぶ。冷凍食品は単なる「手抜き」ではなく、限られた時間の中で家族との時間を守るための技術だったのです。
2025年現在、日本の冷凍食品市場は年間1兆円規模に達しています。餃子、唐揚げ、チャーハンといった定番から、本格的なパスタソース、エスニック料理まで。冷凍技術の進化により、レストランの味を家庭で再現することも可能になりました。
忙しい現代社会も、ある意味で「極限環境」と言えるかもしれません。時間的制約、経済的制約、その中でも「美味しいものを食べたい」「家族と食卓を囲みたい」という願いを、冷凍技術は支えてきたのです。
もう一つの極限環境——宇宙という挑戦
ところで、地上での冷凍技術の発展と並行して、人類は全く別の「極限環境」に挑戦していました。
1962年2月20日、ジョン・グレン飛行士は地球周回軌道に到達した初めてのアメリカ人となりました。そして彼は、宇宙で食事をした初期のアメリカ人の一人でもあります。彼が食べたのは、歯磨き粉のようなチューブに入ったアップルソースと、ビーフペーストでした。
当時、科学者たちは無重力状態で人間が食べ物を飲み込めるかどうかさえ確信できていませんでした。人間の消化器系は地球の重力下で機能するよう進化してきたため、宇宙では窒息や深刻な消化不良が起こるのではないかと懸念されていたのです。そのため初期の宇宙食は、チューブ入りのペースト状や、一口サイズの固形食に限られていました。
宇宙飛行士たちの評価は辛辣でした。「まるで離乳食のようだ」。マーキュリー計画では、1日分2800キロカロリーを摂取するために2キログラムもの宇宙食を食べなければならず、しかもそれは味気ないものでした。
この状況を象徴する事件が、1965年のジェミニ3号で起こります。宇宙飛行士ジョン・ヤングは、あまりに味気ない公式の宇宙食に不満を募らせ、こっそりコンビーフサンドイッチを宇宙船に持ち込んだのです。この行為は、パンくずが機器に入り込んで故障を引き起こす可能性があり、厳しく批判されました。
しかし同時に、重要な認識が生まれました。食事は宇宙飛行士の士気に直接影響する、ということです。
二つの挑戦が交差するとき——フリーズドライの誕生
この事件をきっかけに、宇宙食開発は新たな局面を迎えます。そしてここで、地上の冷凍技術と宇宙食開発が交差することになります。
1969年から始まったアポロ計画では、画期的な技術が導入されました。フリーズドライ(凍結乾燥)です。この技術は、バーズアイが発見した急速冷凍の原理をさらに発展させたものでした。
食品を-30度で急速に凍らせ、その後、真空状態で氷を水蒸気に直接昇華させる。液体の水を経由せず、固体の氷から気体の水蒸気へ。この技術により、栄養と風味を保ちながら、軽量で長期保存可能な食品が実現したのです。
アポロ時代の宇宙食は劇的に改善されました。お湯で戻したスパゲッティミートソース、チキンサラダ、そしてデザート。1日分の食事の重量は600グラムと、マーキュリー時代の3分の1になりました。宇宙飛行士たちは、ついにスプーンで食事をすくって食べることができるようになったのです。
そして興味深いことに、この宇宙開発のために進化したフリーズドライ技術は、再び地上へと還元されていきます。1970年代以降、インスタントコーヒー、カップラーメンの具材、非常食として、フリーズドライ食品は私たちの日常生活に浸透していきました。
宇宙という極限環境が求めた技術が、地上の忙しい生活を支える。冷凍技術の進化は、地上と宇宙を行き来しながら、両方の「極限環境」で人々を支えてきたのです。
無重力が奪う「美味しさ」、技術が取り戻す喜び
ところで、私たちは宇宙でどのように味を感じるのでしょうか?
宇宙到着後数日間、宇宙飛行士の身体には「体液シフト」と呼ばれる現象が起こります。地上では重力によって下半身に分布していた体液が、無重力下では頭部方向へ移動するのです。その結果、顔がむくみ、鼻が詰まったような感覚になります。
風邪をひいて鼻が詰まると、食べ物の味がわからなくなるのと同じ現象が、宇宙では常に起こっているのです。2024年の最新研究でも、宇宙飛行士は地上と同じ食事を「薄味」に感じることが確認されています。
そのため、宇宙飛行士は濃い味付けやスパイシーな料理を好むようになります。国際宇宙ステーション(ISS)の無記名日誌には、トルティーヤへの熱烈な愛が繰り返し記されています。ある宇宙飛行士は「今まで食べた中で一番美味しいトルティーヤだったかもしれない」と書き残しました。
日本の宇宙食開発も、この「極限環境での美味しさ」を追求してきました。2007年から始まった「宇宙日本食」認証制度により、2021年7月現在47品目が認証されています。日清のカップヌードル、亀田の柿の種、キッコーマンの醤油、そして2020年に認証されたローソンの「スペースからあげクン」まで。
スペースからあげクンの開発には3年4ヶ月を要しました。無重力下で細かい粉が飛び散らないよう一口サイズに設計し、フリーズドライならではのサクサクした食感を実現する。技術的挑戦の背景にあったのは、「宇宙でもお肉が食べたい」という宇宙飛行士の切実な願いでした。
火星の食卓が、地球の未来を照らす
しかし、私たちの宇宙進出が本格化すれば、地球から食料を運ぶだけでは限界が来ます。
現在のISS用宇宙食の賞味期限は1年半です。しかし火星探査は往復に数年かかる可能性があります。NASAは5年以上保存可能な宇宙食の開発を進めていますが、それだけでは不十分です。100人規模の月面基地や火星コロニーを考えたとき、輸送コストと量は天文学的な数字になります。
そこで注目されているのが、宇宙での食料生産です。ISSでは既に野菜の栽培実験が行われており、ロメインレタスやズッキーニの栽培に成功しています。千葉大学の後藤英司教授らは、密閉した小さな袋の中でレタスを育てる実証実験をISS「きぼう」で実施しました。
さらに革新的なのが、培養肉の研究です。2019年、イスラエルのスタートアップ企業「アレフ・ファームズ」は、ISS上で培養肉の生成に世界で初めて成功しました。動物の細胞を培養して食肉を生産するこの技術は、土地や水資源を大幅に節約でき、宇宙という限られた環境で貴重なタンパク源を確保する鍵となる可能性があります。
そして重要なのは、これらの宇宙技術が地球の課題解決にも直結しているということです。
国連食糧農業機関(FAO)によると、食肉需要は2050年に2007年比で1.8倍になると予測されています。従来の畜産だけでは需要を賄えません。牛肉1キロを生産するために1万〜1万5千リットルの水が必要とされていますが、培養肉の生産に要する水や土地は従来の畜産の約10分の1です。
宇宙農業の技術は、都市部の垂直農場や砂漠地帯での食料生産にも応用できます。フリーズドライ技術は、食品ロス削減や災害時の非常食として活用されています。地球と宇宙、二つの「極限環境」での挑戦は、互いに支え合いながら進化しているのです。
-18℃が守る、人間らしさ
なぜ人間は、極限状態でも「美味しさ」を追い求めるのでしょうか?
栄養補給だけが目的なら、完全栄養食のペーストを効率的に摂取すれば済む話です。しかし私たちは、忙しい平日の夜でも家族で餃子を囲み、宇宙という過酷な環境においてさえ、感謝祭ディナーを再現し、ピザパーティを開き、日本食の味を求めます。
ISS長期滞在の宇宙飛行士たちは、食事を気に入らなかった場合、必要な栄養を100%摂取できないことが報告されています。美味しいと思って食べた宇宙飛行士は体重を維持できますが、そうでない飛行士は大きく体重を減らしてしまうのです。
地上でも同じではないでしょうか。仕事で疲れて帰宅した夜、冷凍庫から取り出した唐揚げを温め、家族で食卓を囲む。その時間が、単なる栄養補給以上の意味を持つことを、私たちは知っています。
食事は、宇宙飛行士にとって地球との大切なつながりを感じさせる役割を持ちます。各国から集まった宇宙飛行士たちが互いの宇宙食を交換し、文化を共有する。食卓は、極限環境におけるコミュニケーションの場でもあるのです。
そして、忙しい現代社会でも同じです。冷凍食品があるから、限られた時間の中でも、家族と食卓を囲む時間を作ることができる。冷凍技術は、私たちが人間らしくあるための時間を守ってくれているのです。
冷凍庫の向こうに見える未来
1914年、バーズアイがカナダの極寒で目撃したのは、単なる保存技術ではありませんでした。それは「美味しさを守る」という人間の根源的な欲求でした。そして2019年、ISSで培養肉が生成されたとき、私たちが証明したのは、人類がどこへ行こうとも、食の喜びを手放さないという決意です。
冷凍技術が宇宙食として花開いた歴史は、私たちに何を教えてくれるのでしょうか。
それは、技術革新の原動力が常に「人間性への問い」にあるということです。バーズアイが急速冷凍を発明したのは、人々に美味しい魚を届けたかったからです。NASAがフリーズドライ技術に投資したのは、宇宙飛行士に地球の味を届けたかったからです。そして今、私たちが培養肉や宇宙農業を研究しているのは、火星に行く人々にも、食卓を囲む喜びを届けたいからです。
2030年代、月面基地の建設が本格化する頃、そこにはきっと温室があるでしょう。トマトやレタスが育ち、培養肉でハンバーガーが作られ、各国の宇宙飛行士たちが食卓を囲む。その光景は、人類が新しいフロンティアでも、最も人間らしい営みを続けていることの証になるはずです。
10月18日、-18℃という数字が守っているのは、単なる食品の鮮度ではありません。それは、どんな環境にあっても、美味しい食事を分かち合いたいという、人間の変わらぬ願いなのです。
次にスーパーマーケットの冷凍食品コーナーを訪れるとき、その棚の向こうに宇宙の食卓を想像してみてください。そして今夜、あなたの食卓で温かい食事を囲むとき、それがどれほど人間らしい、かけがえのない時間なのかを、改めて感じてみてはいかがでしょうか。
冷凍庫の中の餃子も、ISSで食べられる宇宙日本食も、同じ願いから生まれています。時間的制約の中でも、宇宙という極限環境でも、私たちは美味しい食事を諦めない。その執念こそが、人間を人間たらしめるものなのかもしれません。
【Information】
参考リンク:
- 日本冷凍食品協会:https://www.reishokukyo.or.jp/
用語解説:
- 急速冷凍:食品中の水分が凍る温度帯(-1℃〜-5℃)を30分以内に通過させる技術。氷結晶を小さく保ち、細胞組織の損傷を防ぐことで、解凍時のドリップ(旨味の流出)を最小限に抑える。
- フリーズドライ(凍結乾燥):食品を凍らせた後、真空状態で氷を水蒸気に昇華させて乾燥させる技術。栄養と風味を保ちながら軽量化でき、水やお湯を加えるだけで元の状態に戻る。
- 培養肉:動物の細胞を培養して生産する食肉。従来の畜産に比べて土地や水の使用量を約10分の1に削減できる。宇宙での食料生産や地球の食料危機の解決策として注目されている。
- 体液シフト:無重力下で体液が頭部方向に移動する現象。顔のむくみや鼻詰まりを引き起こし、味覚に影響する。そのため宇宙飛行士は濃い味付けやスパイシーな料理を好む傾向がある。
- 宇宙日本食:JAXAが定めた基準をクリアした日本食品。ISS滞在中の日本人宇宙飛行士の精神的ストレス軽減とパフォーマンス向上を目的として開発された。