Electronic Arts(EA)は2025年10月23日、Stable Diffusion AI画像モデルを開発するStability AIとのパートナーシップを発表した。
両社はゲーム開発プロセスにAIを統合するため、AIモデル、ツール、ワークフローを共同開発する。EAは人間がストーリーテリングの中心に位置するとしながらも、AIを信頼できる味方として活用し、反復作業の高速化、創造的可能性の拡大、ワークフローの加速を目指す。
最初の取り組みとして、物理ベースレンダリング(PBR)マテリアルの作成を加速するツールを開発し、あらゆる環境で正確な色と光の精度を維持する2Dテクスチャを生成する。また一連のプロンプトから3D環境全体を事前視覚化できるAIシステムも開発する。
EA CEOのAndrew Wilsonは以前からAIを同社ビジネスの中核と位置付けており、EAの非公開化を目指す投資家グループもAIベースのコスト削減による利益向上を期待している。
From:
EA partners with Stability AI for ‘transformative’ AI game-making tools
【編集部解説】
今回のEAとStability AIのパートナーシップは、単なる技術提携を超えた戦略的な意味を持っています。EA SPORTS技術アートディレクターのSteve Kestell氏が「より賢い筆」という表現を使っているように、これはクリエイターの創造性を増幅させるツールとして位置づけられています。
物理ベースレンダリング(PBR)は、現実世界の光と素材の相互作用を数学的にシミュレートする技術で、フォトリアリスティックなゲーム環境を実現します。従来は専門知識を持つアーティストが手作業で調整していた作業を、AIが支援することで大幅に効率化できます。特に注目すべきは「あらゆる環境で正確な色と光の精度を維持する」という点で、これは異なる照明条件下でも一貫した視覚品質を保証する技術的チャレンジです。
Stability AIのCEO Prem Akkaraju氏は、同社の3D研究チームをEAのアーティストや開発者と直接統合すると述べています。これは単にツールを提供するのではなく、科学者とクリエイターが密接に協働する体制を意味し、実際の開発現場のニーズに即したAIツールの開発が期待できます。
ただし、このパートナーシップには複雑な背景があります。2025年9月に発表されたEAの550億ドル規模の非公開化取引では、買収資金のうち200億ドルが借入金で調達されており、投資家グループがAIによるコスト削減を重視していると報じられています。Financial Timesの報道では、投資家たちはAIベースのコスト削減がEAの利益を大幅に押し上げると期待しているとされます。
この文脈では、AIツールの導入が開発者の創造性を支援する一方で、人員削減の可能性も懸念されます。EAは公式声明で人間を中心に据えると強調していますが、過去のレバレッジド・バイアウトでは大規模なコスト削減が行われてきた歴史があります。
EA CEOのAndrew Wilsonは以前、AIが同社のビジネスの「中核」にあると述べており、100以上のアクティブなAIプロジェクトを進めていることを明らかにしています。業界全体では、PUBG開発元のKraftonも「AI First」戦略を発表するなど、大手ゲーム企業がAI投資を加速させています。Take-TwoのCEO Strauss Zelnick氏は「生成AIは雇用を減らすのではなく増やす」と述べていますが、実際の影響は今後の展開次第と言えるでしょう。
技術的な可能性とビジネス上の圧力が交錯する中、このパートナーシップがゲーム開発の未来をどう形作るのか、注視していく必要があります。
【用語解説】
Stability AI
英国を拠点とするAI企業で、2019年に設立された。テキストから画像を生成するオープンソースモデル「Stable Diffusion」の開発元として知られる。2024年6月にPrem Akkaraju氏がCEOに就任し、映像制作からゲーム開発まで幅広い分野でのAI活用を推進している。
Stable Diffusion
2022年に公開されたテキストから画像を生成するディープラーニングモデル。拡散技術に基づき、テキストプロンプトから高品質な画像を生成する。史上最も広く使用されている画像モデルとされ、コードとモデルウェイトが公開されており、比較的低スペックなGPU環境でも動作する点が特徴である。
物理ベースレンダリング(PBR: Physically Based Rendering)
現実世界の光と素材の相互作用を物理法則に基づいてシミュレートする3Dグラフィックス技術。金属、木材、布地などの素材が異なる照明条件下でどのように見えるかを正確に再現し、フォトリアリスティックな映像表現を実現する。
レバレッジド・バイアウト(LBO)
買収資金の大部分を借入金で調達する企業買収手法。今回のEA買収では550億ドルのうち200億ドルが負債として計上される。投資家は少ない自己資金で大規模な買収を実行できるが、買収後の企業には大きな負債返済圧力がかかる。
Andrew Wilson
EAのCEO。2013年から同職を務めており、AIを同社ビジネスの「中核」と位置づけ、100以上のアクティブなAIプロジェクトを進めていることを明らかにした。
【参考リンク】
Stability AI 公式サイト(外部)
Stable Diffusionを開発する英国のAI企業。画像、音声、3D生成などのマルチモーダルな生成AIモデルを提供している。
Electronic Arts (EA) 公式サイト(外部)
FIFA、Battlefield、The Sims、Apex Legendsなどの人気ゲームフランチャイズを持つ世界最大級のゲーム開発・販売企業。
Frostbite Engine 公式サイト(外部)
EAが開発するゲームエンジン。Battlefield、Mass Effectなどの大作ゲームで採用されており、今回のAIツール統合の主要なプラットフォームとなる可能性がある。
【参考記事】
EA and Stability AI partner to empower artists, designers, and developers(外部)
EA公式の発表ページ。両社が変革的なAIモデル、ツール、ワークフローを共同開発すること、人間が中心に位置しながらAIを「信頼できる味方」として活用する方針が詳細に記載されている。
Stability AI and EA Partner to Empower Artists, Designers, and Developers to Reimagine Game Development(外部)
Stability AI公式の発表。Prem Akkaraju CEOが3D研究チームをEAのアーティストや開発者に直接組み込むと述べており、深いパートナーシップを強調している。
EA leveraged buyout investors are betting on AI will cut costs and boost profits(外部)
Financial Timesの報道を引用。EAの非公開化を目指す投資家グループがAIベースのコスト削減によって利益を大幅に向上させることに賭けていると伝えている。
What EA’s buyout might mean for its future(外部)
EAの550億ドル規模の買収が同社の将来に与える影響を分析。投資家たちがAIベースのコスト削減によってEAの利益を大幅に押し上げると期待していることを伝えている。
EA’s Andrew Wilson: AI is at the very core of our business(外部)
2024年9月のInvestor Day 2024でのAndrew Wilson CEOの発言を報じている。EAが100以上のアクティブな革新的AIプロジェクトを進めていることを明らかにしている。
EA partners with the company behind Stable Diffusion to make games with AI(外部)
EAのSteve Kestell技術アートディレクターが「より賢い筆」という表現でAIツールを説明。業界内のAIに対する見解の相違を示している。
【編集部後記】
ゲーム業界は今、AIによって大きな転換期を迎えています。制作の効率化と創造性の拡大という可能性がある一方で、雇用への影響や人間らしい表現がどう守られるかといった課題も浮かび上がってきました。
みなさんは、AIがゲーム開発に深く関わる未来に対して、どのような期待や懸念をお持ちでしょうか。プレイヤーとして、あるいはクリエイターとして、率直な思いをぜひ聞かせてください。























