Grokipedia、イーロン・マスクがAI駆動の百科事典でWikipediaに挑戦状―88万5000記事でローンチも課題山積

 - innovaTopia - (イノベトピア)

イーロン・マスクは10月27日、AI駆動のオンライン百科事典Grokipediaをローンチした。これはWikipediaの代替として位置づけられている。

Grokipediaの記事はマスクのスタートアップxAIが開発したAIチャットボットGrokによってファクトチェックされており、訪問者は編集できないが編集提案は可能である。

一部のページはWikipediaからCreative Commons Attribution-ShareAlike 4.0 Licenseのもとで適応されている。マスクは年末までにGrokがWikipediaページを情報源として使用するのを止めたいとしている。バージョン0.1として88万5000記事でローンチされた。英語版Wikipediaは約710万記事を持つ。

From: 文献リンクElon Musk launches Grokipedia as an alternative to ‘woke’ Wikipedia

【編集部解説】

イーロン・マスクがまた、インターネットの根幹インフラに挑戦状を叩きつけました。今回のターゲットは、オンライン百科事典の代名詞であるWikipediaです。

Grokipediaは、マスクが率いるAI企業xAIが開発したAIチャットボット「Grok」を使って記事を生成し、ファクトチェックを行う仕組みです。ローンチ時点で約88万5000の記事を擁していますが、これはWikipediaの英語版が持つ710万記事と比較すると、わずか12%程度の規模です。しかし、マスク自身はX上で「バージョン1.0は10倍良くなる。しかし0.1の時点でもWikipediaより優れている」と自信を見せています。

興味深いのは、Grokipediaの多くの記事が実はWikipediaから「コピー」されているという点です。ページの下部には「このコンテンツはWikipediaからコピーされており、Creative Commons Attribution-ShareAlike 4.0 Licenseのもとでライセンスされています」という免責事項が表示されています。一部の記事は、Wikipediaのページと一字一句同じであることも確認されています。つまり、Wikipediaを批判しながら、その内容に依存しているという皮肉な構造になっています。

ウィキメディア財団は即座に「Wikipediaの知識は、常に人間によるものです。GrokipediaでさえWikipediaを必要としています」とコメントしました。この声明は、AIが生成するコンテンツの限界を暗に示しています。

マスクがこのプロジェクトを立ち上げた背景には、Wikipediaに対する長年の不満があります。彼はWikipediaを「woke(目覚めた、つまり過度にリベラル)」だと批判し、The New York TimesやNPRといったメディアを情報源として引用していることを問題視してきました。

実際、報道によると、Grokipediaの一部の記事には右寄りのフレーミングが見られます。例えば、トランプ大統領のページには、カタールから受け取った高級ジェット機や暗号通貨トークンのプロモーションについての記述がありません。一方、Wikipediaのページにはこれらが利益相反のセクションに含まれています。マスク自身のページも、2025年1月の集会で行った手の仕草(多くの歴史家や政治家がナチス式敬礼と見なした)について言及していません。

しかし、AIによる「中立性」という概念自体が問題を孕んでいます。研究者たちは、大規模言語モデル(LLM)が「コンセンサスの幻想」を生み出すと指摘しています。AIは統計的パターンに基づいて最も可能性の高い次の単語を予測するため、不確実性や意見の多様性を隠してしまうのです。ある研究では、4つの主要LLMに2500の政治的質問をしたところ、Grokは他のモデルよりも政治的に中立であるものの、依然として左寄りのバイアスがあることが判明しました。

Wikipediaの共同創設者Larry Sangerは、長年Wikipediaの運営方法、特に匿名編集者の使用と左翼的な傾斜を批判してきました。彼は先月、保守派のトークショーホストTucker Carlsonとのインタビューでこれらの批判を繰り返しました。しかし皮肉なことに、Sanger自身も過去に「保守的な」Wikipediaを作ろうと試みたことがあります。実際、Conservapediaという2006年に設立された保守的な百科事典プロジェクトは、約6万のページを持ちながらも、ニッチな存在にとどまっています。

Grokipediaのもう一つの重要な特徴は、ユーザーが直接編集できないことです。Wikipediaが何千人ものボランティア編集者によって維持されているのに対し、Grokipediaでは訪問者は誤った情報を報告するためのポップアップフォームを通じて編集を提案することしかできません。これは、オープンウェブの民主的なビジョンとは対照的に、より中央集権的な管理モデルです。

また、商業的な動機も見逃せません。Wikipediaは非営利のウィキメディア財団によって運営され、広告もありません。一方、xAI、X、Grokipediaは商業的ベンチャーです。知識が収益化されると、エンゲージメントや収益を生み出すものによってバイアスが形成される可能性があります。

ローンチ当日、Grokipediaは公開直後にクラッシュし、数時間後に復旧しました。これは、プロジェクトの技術的な成熟度がまだ初期段階にあることを示しています。マスクは10月20日に、「プロパガンダを排除するためにさらに作業が必要だ」として、ローンチを延期していました。

この動きは、マスクが構築しようとしている広範なメディア・テックスタックの一部です。X、Grok、そして今回のGrokipediaを通じて、彼は情報と物語の発見層をリアルタイムかつプラットフォーム規模で所有しようとしています。これは、単なる百科事典の競争ではなく、誰がオンラインの真実を定義するかという、より大きな問いに関わっています。

Wikipediaは2001年にJimmy WalesとLarry Sangerによって設立され、20年以上にわたって人間の協働とコンセンサスを通じて信頼を築いてきました。Grokipediaがその信頼性を一から構築できるかどうかは、透明性とAIの能力に懸かっています。しかし、AIがトレーニングデータから人間のバイアスを学習する以上、真に「中立的な」AIというものが存在し得るのかという根本的な疑問は残ります。

マスクは、Grokipediaが「文明にとって非常に重要」であり、「宇宙を理解する」ための必要なステップだと述べていますが、その壮大なビジョンと現実の間にはまだ大きなギャップがあるようです。

【用語解説】

Creative Commons Attribution-ShareAlike 4.0 License
著作物を自由に共有・改変できるライセンスの一種。原著作者のクレジット表示と、同じライセンスでの再配布を条件とする。Wikipediaのコンテンツもこのライセンスで公開されており、Grokipediaはこれを利用している。

Conservapedia(コンサーバペディア)
2006年にAndrew Schlafly氏が設立した保守的な視点のオンライン百科事典。Wikipediaの左翼的偏向を批判して作られたが、約6万ページにとどまりニッチな存在である。

【参考リンク】

Grokipedia(外部)
イーロン・マスクのxAIが開発したAI駆動の百科事典。バージョン0.1として約88万5000記事でローンチされた

xAI公式サイト(外部)
イーロン・マスクが設立したAI企業の公式サイト。GrokやGrokipediaの開発元で、宇宙を理解することをミッションに掲げている

Wikipedia(外部)
2001年に設立された世界最大のオンライン百科事典。英語版だけで710万記事以上を擁し、ボランティア編集者によって維持されている

Wikimedia Foundation(外部)
Wikipediaをホストする非営利団体。オープンコラボレーションを通じて中立的な知識の記録を構築することを使命としている

Grok on X(外部)
X(旧Twitter)上でアクセスできるGrokチャットボット。Premium+サブスクライバーが利用可能でリアルタイム情報にアクセス可能

【参考記事】

Elon Musk’s Grokipedia contains copied Wikipedia pages(外部)
GrokipediaがWikipediaの多くのページをコピーしていることや、ウィキメディア財団によるコメントが掲載されている。

X’s Grokipedia is online after it briefly crashed out – Engadget(外部)
Grokipediaがローンチ直後にクラッシュし復旧したこと、88万5000以上のページを持つことを報告。

Elon Musk’s Grokipedia v0.1 Launches as AI Wikipedia Rival – Hypebeast(外部)
WIREDのレビューを引用し、Grokipediaのページが保守的なフレーミングを持つことを報告。

Grokipedia: Elon Musk is right that Wikipedia is biased – The Conversation(外部)
Wikipediaのバイアスに関する学術的分析と、Grokipedia自身がバイアスを再現する可能性について議論。

Can Elon Musk’s Grokipedia compete with Wikipedia? – Northeastern University(外部)
Wikipedia専門家Joseph Reagle教授によるWikipediaに挑戦することの困難さとネットワーク効果の解説。

What Exactly Is Elon Musk’s Grokipedia & How Does It Compare to Wikipedia? – Fello AI(外部)
Grokipediaの技術的アーキテクチャ、データ取り込みプロセス、バージョン管理システムについて詳細解説。

【編集部後記】

Wikipediaが20年以上かけて築いてきた信頼と、AIが数時間で生成する「知識」。この対比は、私たちが情報とどう向き合うべきかという本質的な問いを投げかけています。Grokipediaの登場は、単なる技術的な実験ではなく、「誰が真実を定義するのか」という民主主義の根幹に関わる挑戦です。完璧な中立性など存在しないかもしれません。しかし、透明性と多様な視点を尊重するプロセスこそが、私たちを真実に近づける唯一の道ではないでしょうか。皆さんは、人間の協働とAIの効率性、どちらに未来の知識のかたちを見出しますか。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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