ブリタニカ百科事典とその子会社メリアム・ウェブスターは2025年9月12日、AI企業Perplexityをニューヨーク州南部連邦地方裁判所に提訴した。
訴状では、PerplexityのAI回答エンジンが両社のコンテンツを許可なく複製し、著作権と商標権を侵害したと主張している。
具体的には、Perplexityがウェブスクレイピングボットを使用してブリタニカ側のウェブサイトから記事を逐語的にコピーし、出典を明記せずに自社のAI回答に使用したとされる。
また、AIが生成する「ハルシネーション」と呼ばれる誤情報にブリタニカのロゴや商標が関連付けられることで、ユーザーが虚偽情報を同社が承認したものと誤解する恐れがあると指摘した。
Perplexityのコミュニケーション責任者Jesse Dwyerは「この訴訟は滑稽である」とコメントし、ブリタニカの「失敗したIPO」を救うための必死の努力だと反論した。
ブリタニカ側は具体的な損害賠償額と、Perplexityによるコンテンツ不正使用の差し止め命令を求めている。
From: Encyclopedia Britannica Wants Perplexity to Stop Using Its Logos When AI Makes Stuff Up
【編集部解説】
今回のブリタニカ百科事典とメリアム・ウェブスターによるPerplexity提訴は、AI時代における知的財産権と情報の信頼性を巡る根本的な問題を浮き彫りにしています。この訴訟の特徴的な点は、単なる著作権侵害にとどまらず、「商標権侵害による評判被害」という新たな争点を含んでいることです。
注目すべきは、Perplexityが2024年7月以降積極的に展開している収益共有プログラムの存在です。同社は2025年8月に42.5百万ドルの予算を割り当て、パートナー出版社に収益の80%を還元する「Comet Plus」プログラムを発表しました。このプログラムは月額5ドルの購読サービスを通じて運営され、Fortune、Time、Der Spiegelなど有力メディアが既に参加しています。
しかしブリタニカ側は、このプログラムの存在自体がPerplexityが「人間生成コンテンツに市場価値がある」ことを認識している証拠だと主張しています。つまり、価値を認識しているにも関わらず、パートナーシップを結んでいない出版社のコンテンツを無断使用していることが問題の核心となっています。
この訴訟が業界に与える影響は多岐にわたります。特に「AIハルシネーション」と商標権の関係については、今後のAI企業の責任範囲を決定する重要な先例となる可能性があります。Perplexityのような**RAG(Retrieval-Augmented Generation)**ベースのAIサービスは、リアルタイムでウェブ情報を取得して回答を生成するため、情報源のロゴと共に誤情報を表示するリスクが常に存在します。
法的観点では、最近のAI著作権訴訟においてAnthropicやMetaが「フェアユース」を理由に勝訴していますが、これらの判決は主にAIの訓練段階での著作権利用に関するものでした。今回のブリタニカ訴訟は、AI出力段階での権利侵害を争点としており、全く異なる法的論点を提起しています。
興味深いのは、ブリタニカが2024年3月に10億ドル規模のIPOを計画していたという背景です。Perplexity側がこれを「失敗したIPO」と揶揄していることから、従来型教育コンテンツ企業とAI新興企業の間の世代的対立という側面も見て取れます。
長期的な視点では、この訴訟の結果は「AI時代における情報の所有権」という概念を再定義する可能性があります。もしブリタニカが勝訴すれば、AI企業はより厳格なライセンス契約を求められ、情報アクセスのコストが上昇する可能性があります。一方でPerplexityが勝訴すれば、AI企業によるより自由な情報利用が認められ、既存メディアのビジネスモデルに大きな変革を迫ることになるでしょう。
【用語解説】
ハルシネーション
AIが生成する虚偽の情報や事実と異なる回答のこと。大規模言語モデルが確信を持って間違った情報を出力する現象で、AI技術における重要な課題の一つである。
RAG(Retrieval-Augmented Generation)
情報検索拡張生成と呼ばれる技術。事前に訓練されたAIモデルに、リアルタイムで外部データベースやウェブ情報を参照させて、より正確で最新の回答を生成する仕組みである。
フェアユース
米国著作権法における「公正利用」の概念。教育、批評、報道、研究などの目的であれば、著作権者の許可なしに著作物の一部を利用できる法的例外規定である。
ウェブスクレイピング
ウェブサイトから自動的にデータを抽出する技術。ボットやプログラムを使用してウェブページの情報を収集し、データベース化する手法である。
【参考リンク】
Perplexity AI(外部)
AI検索エンジンのPerplexity公式サイト。リアルタイム情報検索と引用付き回答生成を提供する
ブリタニカ百科事典(外部)
1768年創刊の世界最古の英語百科事典。オンライン版を中心に数十万の記事を提供している
メリアム・ウェブスター辞典(外部)
1831年設立の米国最古の辞書出版社。30万語以上の定義を提供する権威ある英語辞典
【参考記事】
Encyclopedia Britannica sues Perplexity over AI ‘answer engine’(外部)
ブリタニカ百科事典とメリアム・ウェブスターがPerplexityを著作権侵害で提訴した訴状の詳細
Perplexity reportedly raised $200M at $20B valuation(外部)
2025年9月にPerplexityが200億ドルの企業価値で2億ドルの資金調達を完了した詳細
Perplexity introduces $42.5M revenue-sharing program for publishers(外部)
Perplexityが発表した42.5百万ドルの収益共有プログラム「Comet Plus」の詳細解説
After Anthropic’s Billion-Dollar Settlement, Dictionaries Are Suing Perplexity AI(外部)
Anthropicの著作権訴訟和解を受けて辞書出版社がPerplexityを提訴した背景の分析
【編集部後記】
実は今回のブリタニカ・メリアム・ウェブスターとPerplexityの訴訟を見ていて、innovaTopiaでこれまで報じてきたAI著作権問題の流れを改めて実感しています。わずか数週間前の9月7日に、同じくAI企業のAnthropicが作家集団との訴訟で和解したばかりでした。あの時は「AI学習段階での著作権問題」という従来の争点だったのですが、今回は全く新しい地平が開かれた感があります。
特に興味深いのは、Perplexityが積極的に進めている「収益共有プログラム」という、いわば”善意の取り組み”が、逆に訴訟の争点となってしまったことです。「市場価値を理解しているなら、なぜパートナーシップを結んでいない企業のコンテンツを無断使用するのか」という論理は、確かに説得力があります。
さらに今回の訴訟で画期的なのは「AIハルシネーション時の商標権侵害」という論点です。これまで追いかけてきたAI著作権問題は、主に学習データの取得段階に焦点が当たっていました。しかし今回は、AIが間違った情報を生成した際に、その情報源として表示されるロゴや商標の問題まで射程に入れています。
これは、私たちが日常的にAI検索を使う際の「信頼性」という根本的な問題に直結します。Perplexityに限らず、ChatGPTやBingなどのAI検索でも同様のリスクは存在するでしょう。今後この訴訟の行方は、AI時代の情報インフラがどのような形で発展していくかを決定づける重要な先例となりそうです。皆さんはAI検索の回答に、どこまで信頼を置いていますか?