2025年6月24日、米国カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所のウィリアム・アルサップ判事は、Amazon出資のAI企業Anthropicが書籍を使用してAIモデル「Claude」を学習させた行為について「フェアユース」に該当し著作権侵害ではないとの判決を下した。
この判決は、著作者のアンドレア・バーツ、チャールズ・グレーバー、カーク・ウォレス・ジョンソンが2024年8月に起こした訴訟に対するものである。判事は、大規模言語モデルが「特定の作品の創造的要素や著作者の表現スタイルを複製していない」ため変革的であると認定した。
一方で、Anthropicが約700万冊の海賊版書籍を「中央ライブラリ」として保持していた件については著作権侵害に該当するとし、損害賠償を決定する裁判を命じた。この判決はAI企業にとって重要な勝利となり、AI学習における法的基盤の確立に向けた重要な判例となった。
From: Judge rules Anthropic did not violate authors’ copyrights with AI book training
【編集部解説】
今回のAnthropicの判決は、生成AI業界にとって歴史的な転換点となる可能性があります。これまで「グレーゾーン」とされてきたAI学習における著作権問題に対し、連邦裁判所が明確な法的判断を示したからです。
フェアユース判断の革新性
アルサップ判事が示した「読書から学ぶ作家志望者」という比喩は、AI学習の本質を的確に表現しています。人間が書籍を読んで文章技法を学ぶように、AIも大量のテキストから言語パターンを抽出し、全く新しい文章を生成する能力を獲得します。この「変革的利用」の概念は、今後のAI開発における重要な法的基盤となるでしょう。
二分された判決の意味
興味深いのは、同じ書籍を扱いながら用途によって判断が分かれた点です。AI学習用のコピーは合法、しかし「中央ライブラリ」としての保存は違法という判断は、AI企業に対して明確なガイドラインを提示しています。つまり、学習目的であれば著作権保護された素材の利用は認められるが、単純な蓄積・保存は従来の著作権法が適用されるということです。
業界全体への波及効果
この判決により、OpenAI、Google、Meta等の他のAI企業も同様の法的保護を受けられる可能性が高まりました。特に、現在進行中の数十件にのぼる類似訴訟において、この判例が参照される可能性は極めて高いでしょう。
クリエイター側の懸念と対応
一方で、作家や芸術家にとっては厳しい現実を突きつけられた形となります。自身の作品が無償でAI学習に利用され、結果的に競合するコンテンツ生成に活用される状況が法的に認められたためです。今後、クリエイター側はライセンス契約による収益化モデルの構築や、AI生成コンテンツとの差別化戦略が求められるでしょう。
技術革新と法制度のバランス
アルサップ判事が「我々の生涯で最も変革的な技術の一つ」と表現したように、生成AIの社会的インパクトは計り知れません。しかし、イノベーションの促進と知的財産権の保護という相反する要請をどうバランスさせるかは、今後も継続的な課題となります。
今後の展望
海賊版利用に対する損害賠償裁判の結果も注目されます。制裁措置の程度によって、AI企業のデータ取得戦略に大きな影響を与える可能性があります。また、この判例が最高裁まで争われる可能性も高く、最終的な法的確定までには数年を要するかもしれません。
【用語解説】
フェアユース(Fair Use)
米国著作権法における重要な概念で、著作権者の許可なく著作物を限定的に使用することを認める法的原則である。教育、報道、批評、パロディなどの目的で、4つの判断基準(使用目的・性質、著作物の性質、使用部分の量、市場への影響)に基づいて合法性が判断される。
変革的利用(Transformative Use)
フェアユース判断における重要な概念で、元の著作物とは異なる目的や性質を持つ新しい作品や用途への変換を指す。単純な複製ではなく、創造的な変換や新たな価値の付加が認められる場合に適用される。
Constitutional AI
Anthropicが開発した独自のAI安全技術で、AIモデルに人権宣言などから導出された原則と価値観を組み込む手法である。AIの出力が有用で正直かつ無害になるよう、一連のルールに従って学習させる仕組みを指す。
大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)
膨大なテキストデータで学習された大規模なニューラルネットワークモデルで、自然言語の理解と生成を行う。数十億から数兆のパラメータを持ち、人間のような文章生成や対話が可能である。
シャドウライブラリ(Shadow Library)
著作権で保護された書籍や学術論文を違法に収集・配布するオンラインデータベースの総称である。Books3、Library Genesis(LibGen)、Pirate Library Mirror(PiLiMi)などが代表例として挙げられる。
【参考リンク】
Anthropic公式サイト(外部)
AI安全性と研究に特化した企業で、Claude AIの開発元。責任あるAI開発と人類の長期的利益を目的とするPublic Benefit Corporationとして運営されている。
Claude AI公式サイト(外部)
Anthropicが開発したAIアシスタント「Claude」の公式サイト。安全で正確、セキュアなAIとして設計され、様々な作業支援を提供している。
米国著作権局(U.S. Copyright Office)(外部)
米国の著作権に関する政策立案と登録業務を担当する政府機関。AI学習におけるフェアユース問題について重要な報告書を発表している。
【参考動画】
【参考記事】
Anthropic wins key US ruling on AI training in authors’ copyright lawsuit(外部)
ロイター通信による判決報道。AI学習におけるフェアユース認定の法的意義と、700万冊の海賊版書籍問題で予定される損害賠償裁判について詳しく解説している。
Anthropic Scores a Landmark AI Copyright Win—but Will Face Trial Over Piracy(外部)
WIRED誌による詳細分析記事。生成AI著作権訴訟における重要判例としての意義と、数十億ドル規模の損害賠償リスクについて専門家の見解を交えて報道している。
Anthropic wins ruling on AI training in copyright lawsuit but must face trial on pirated books(外部)
AP通信による判決報道。AI業界のテストケースとしての重要性と、アルサップ判事の「変革的利用」判断の詳細について報じている。
【編集部後記】
今回の判決は、私たちが日常的に使っているAIサービスの根幹に関わる重要な転換点かもしれません。皆さんは普段ChatGPTやClaude、Geminiなどを使われる際、その背後にある膨大な学習データについて考えたことはありますか?この判決により、AI企業は今後より積極的にサービス開発を進められる一方で、クリエイターの皆さんにとっては複雑な心境かもしれません。もし皆さんがブログを書いたり、小説を執筆されたりしているなら、ご自身の作品がAI学習に使われることについてどう感じられるでしょうか?また、今後AIが生成するコンテンツと人間が創作するコンテンツの境界線はどこに引かれるべきだと思いますか?この判例が示す「変革的利用」という概念は、私たちの創作活動や情報収集にどのような影響をもたらすのか、ぜひSNSで皆さんのご意見もお聞かせください。