Metaは先週、Strike 3 HoldingsおよびCounterlife Mediaから提起された著作権侵害訴訟の却下を米国連邦地方裁判所に申し立てた。
訴状によれば、MetaのIPアドレスから2018年以降の7年間で約2,400本のアダルト映画が違法にダウンロードされ、さらに2,500の隠しIPアドレスを使った「ステルスネットワーク」を通じた隠蔽も行われたとされる。
Strike 3側は、MetaがMovie GenというAIモデルの未発表アダルト版を訓練するためにコンテンツを盗用したと主張し、3億5,000万ドル超の損害賠償を求めている。
これに対しMetaは、47のIPアドレスから年間約22本のダウンロードという少量の活動は「個人使用」によるものであり、2022年に開始されたAI研究の4年前から始まっていた点を指摘した。
Metaは数万人の従業員や請負業者、訪問者がネットワークを使用しており、誰がダウンロードしたか特定できないと反論している。Metaの規約はアダルトコンテンツ生成を禁止しており、そのような素材でAI訓練を行う証拠は存在しないと主張した。
From:
Meta Claims Downloaded Porn at Center of AI Lawsuit Was for ‘Personal Use’ – WIRED
【編集部解説】
このニュースは、AI開発における著作権問題という、テクノロジー業界が直面する最も重要な法的課題の一つを象徴する事案です。
MetaがAI訓練用にアダルトコンテンツを違法ダウンロードしたという訴えに対し、「従業員の個人使用」という主張で応じたことは、一見すると奇妙に映るかもしれません。しかし、この背景には複雑な法的戦略と、AI業界全体を揺るがす著作権論争の文脈があります。
訴訟を起こしたStrike 3 Holdingsは、Vixen、Tushy、Blackedといったアダルトブランドを持つ制作会社で、BitTorrentを介した違法ダウンロードを独自技術「VXN Scan」で追跡し、米国で数万件もの訴訟を起こしてきた企業です。一部の裁判官や弁護士からは「著作権トロール」と呼ばれ、その訴訟手法は批判の対象となってきました。通常は個人を標的とする同社が、今回Metaという巨大企業を訴えたことは異例です。
今回の訴訟の発端は、2023年に作家たちが起こした別の訴訟「Kadrey v. Meta」にあります。この訴訟では、Metaが大規模言語モデルLlamaを訓練するために、LibGenやZ-Libraryといった海賊版サイトから書籍をダウンロードしていたことが明らかになりました。内部文書によれば、2022年10月の時点でMeta社内では「海賊版素材を使うべきではない」という倫理的懸念が示されていましたが、2023年1月にマーク・ザッカーバーグ自身が「これを前進させる必要がある」と述べた会議に出席していたことが記録されています。
Strike 3はこの情報を知り、自社のBitTorrent追跡データを調査したところ、MetaのIPアドレスから2018年以降、約2,400本のアダルト映画が断続的にダウンロードされていることを発見しました。さらに、2,500の隠しIPアドレスを使った「ステルスネットワーク」の存在も主張しています。
Metaの反論は、いくつかの論点に分かれています。まず時系列の問題です。疑惑のダウンロードは2018年から始まっていますが、Metaが動画生成AI「Movie Gen」の研究を開始したのは2022年です。Movie Genは2024年10月に発表された最先端の動画生成モデルで、テキストプロンプトから16秒の高品質動画を生成できます。4年も前のダウンロードがAI訓練の準備だったという主張は不合理だ、とMetaは指摘します。
さらにMetaは、同社の利用規約がアダルトコンテンツの生成を明示的に禁止していることを強調しています。禁止されているコンテンツで訓練する合理的な理由がないというわけです。
数量面でも、Metaの主張には説得力があります。AI訓練には通常、数十万から数百万の画像や動画が必要とされますが、今回の疑惑は47のIPアドレスから7年間で年平均22本のダウンロードに過ぎません。これは「大規模データセット収集」というより「散発的な個人使用」に見えるというのがMetaの立場です。
IPアドレスによる証拠の限界も重要な争点です。Metaは数万人の従業員、無数の請負業者、訪問者、修理業者がネットワークを使用していると指摘し、誰がダウンロードしたか特定できないと主張しています。実際、BitTorrent訴訟では、IPアドレスと個人を結びつけることの困難さが繰り返し問題となってきました。
ただし、この訴訟の本質的な意味は、個別の事実関係を超えたところにあります。2025年9月、AnthropicがClaudeの訓練に使用した海賊版書籍を巡る訴訟で、15億ドル(約50万冊分、1冊あたり3,000ドル)という史上最大規模の著作権和解に合意しました。この和解は、AI業界に大きな衝撃を与えました。
Anthropicの訴訟では、裁判官が重要な判断を示しています。合法的に入手した書籍でAIを訓練することは「フェアユース」として認められるが、海賊版サイトから入手した書籍の使用は別問題であり、これは裁判で争われるべきだ、というものです。つまり、AI訓練自体の合法性と、訓練データの入手方法の合法性は、分けて考える必要があるということです。
Metaの「個人使用」という主張は、この文脈で理解する必要があります。もしMetaが「AI訓練のためにダウンロードした」と認めれば、たとえフェアユースの範囲内でも、入手方法自体の違法性を認めることになります。一方、「個人が勝手にやったこと」という立場を取れば、企業としての直接的な責任を回避できる可能性があります。
この戦略には、企業責任に関する法理も関係しています。Metaは、第9巡回区裁判所の「Cobbler判例」を引用し、従業員の個人的な違法行為について、企業が財政的利益を得ておらず、監督義務も果たしていれば、二次的な著作権侵害責任を負わないと主張しています。
しかし、Strike 3の主張する「ステルスネットワーク」が事実であれば、Metaの主張は大きく揺らぎます。なぜ一部のダウンロードには企業IPアドレスを使い、他のダウンロードには隠しIPを使ったのか。この矛盾をMetaは「まさにそんなことはしない」として「ナンセンス」だと一蹴していますが、訴訟の行方を左右する可能性があります。
この事案は、AI開発における倫理的ジレンマも浮き彫りにします。Metaは「グローバルネットワークを使用するすべての人がダウンロードするすべてのファイルを監視することは、極めて複雑で侵襲的な事業となる」と主張しています。しかし、広告ビジネスとして膨大なユーザーデータを収集・分析しているMetaが、自社ネットワークの監視は困難だと主張することには、皮肉な響きがあります。
より広い視点で見れば、この訴訟はAI時代における著作権制度の根本的な問い直しを迫っています。従来の著作権法は、複製や配布といった具体的な行為を規制対象としてきました。しかしAI訓練は、大量の著作物を「学習」し、それらを変換して新しい出力を生成する過程です。この過程のどこまでが「フェアユース」で、どこからが侵害なのか。
Anthropicの和解は一つの答えを示唆しています。AI訓練自体はフェアユースとして認められうるが、訓練データは適切なルートで入手しなければならず、海賊版の使用には相応の代償を払う必要がある、ということです。1冊3,000ドルという和解額は、今後のライセンス交渉の基準となる可能性があります。
Metaの訴訟却下申立が認められるかどうかは、2週間後に出されるStrike 3の反論と、その後の裁判所の判断次第です。仮に却下されなければ、Metaは3億5,000万ドル超という巨額の賠償金リスクに直面することになります。
今回の事案は、AI開発企業が直面するトリレンマを象徴しています。高品質なAIモデルを開発するには大量の訓練データが必要です。しかし、そのすべてに対して権利処理を行うことは、技術的にもコスト的にも困難です。かといって、海賊版を使えば法的リスクと倫理的批判に直面します。
この問題に対する答えはまだ出ていませんが、業界の動きは加速しています。OpenAIはニューヨーク・タイムズやアトランティック、APなどと相次いでライセンス契約を結んでいます。Googleも複数の出版社とパートナーシップを締結しています。一方で、オープンソースを重視するMetaは、こうしたライセンスモデルに慎重な姿勢を示してきました。
しかし、Anthropicの15億ドル和解という前例ができたことで、状況は変わりつつあります。AI企業にとって、事後的な訴訟リスクと和解コストを考えれば、事前にライセンス契約を結ぶ方が合理的かもしれません。これは、著作権者にとっては朗報です。AI時代における新たな収益源が生まれる可能性があります。
ただし、こうした動きには懸念もあります。大手企業だけがライセンス料を支払えるとすれば、AI開発は資本力のある少数の企業に集中する可能性があります。オープンソースのAI開発や、学術研究が制約を受けるかもしれません。
AI技術の進化と著作権保護のバランスをどう取るか。これは単なる法的問題ではなく、私たちがどのような未来を望むかという価値観の問題でもあります。創作者の権利を守りながら、イノベーションを阻害しない仕組みをどう構築するか。Metaとその従業員が「個人使用」でアダルトコンテンツをダウンロードしたのか、それともAI訓練の一環だったのかという表面的な問いの奥には、この根源的な問いが横たわっています。
【用語解説】
BitTorrent(ビットトレント)
ピアツーピア(P2P)ファイル共有プロトコルの一種。中央サーバーを介さず、ユーザー同士が直接ファイルを分割して送受信する仕組み。大容量ファイルの高速転送が可能だが、著作権侵害の温床としても問題視されている。ダウンロードと同時にアップロード(シード)も行うため、違法コンテンツの配布にも加担することになる。
フェアユース(Fair Use)
米国著作権法における例外規定で、特定の状況下で著作権者の許可なく著作物を使用できる原則。教育、批評、ニュース報道、パロディなどの目的で認められる。AI訓練における著作物の使用がフェアユースに該当するかは現在、多くの訴訟で争点となっている。
著作権トロール(Copyright Troll)
著作権を保有する企業や個人が、著作権侵害を理由に大量の訴訟を起こし、和解金による収益を主要なビジネスモデルとする行為を指す蔑称。正当な権利行使との線引きは曖昧だが、過度に訴訟に依存し、実際の損害額を大きく上回る和解金を要求する手法が批判されている。
IPアドレス(Internet Protocol Address)
インターネット上でデバイスを識別するための数値。しかし、一つのIPアドレスを複数の人が共有することや、VPNなどで偽装することも可能なため、IPアドレスだけで個人を特定することには限界がある。BitTorrent訴訟では、この証拠の限界が繰り返し問題となっている。
LibGen(Library Genesis)
数百万冊の学術書や一般書籍を無断で公開している海賊版サイト。研究者や学生の間で広く利用されているが、著作権侵害として複数の国で訴訟対象となっている。MetaやAnthropicなどのAI企業が、ここから大量の書籍をダウンロードしてAI訓練に使用していたことが裁判で明らかになった。
Claude(クロード)
Anthropic社が開発した大規模言語モデルおよびAIチャットボット。2025年時点での最新バージョンはClaude Sonnet 4.5。OpenAIのChatGPTと競合する製品として位置づけられている。
【参考リンク】
Meta Movie Gen公式ブログ(外部)
Metaが2024年10月に発表した動画生成AIモデル。テキストから16秒の動画を生成可能。
Meta Movie Gen研究ページ(外部)
Movie Genの技術詳細、デモ動画、研究論文へのリンクを提供する公式ページ。
Anthropic公式サイト(外部)
ClaudeというAIアシスタントを開発。2025年9月に著作権訴訟で15億ドルの和解を発表。
The Authors Guild(外部)
米国の作家擁護団体。AI企業による著作権侵害に対する訴訟を支援している。
TorrentFreak(外部)
BitTorrentや著作権関連ニュースを専門に扱うメディア。今回の訴訟を詳細に報道。
【参考記事】
Meta: Pirated Adult Film Downloads Were For “Personal Use,” Not AI Training(外部)
Metaの訴訟却下申立の詳細。47のIPアドレスから7年間で2,400本のダウンロード。
Anthropic to pay authors $1.5 billion in settlement(外部)
Anthropicの15億ドル和解の詳細。約50万冊の書籍に対し1冊3,000ドル。
Meta staff torrented nearly 82TB of pirated books(外部)
Kadrey訴訟の裁判記録。Meta社が81.7TBの海賊版書籍をダウンロード。
Meta unveils Movie Gen, an AI model for creating videos(外部)
2024年10月発表のMovie Genの詳細。16秒動画生成、30Bパラメータモデル。
Copyright defender or ‘troll’?(外部)
Strike 3 Holdingsの訴訟活動の詳細。連邦判事がATMと批判した経緯も紹介。
Judge tosses authors’ AI training copyright lawsuit against Meta(外部)
2025年6月のKadrey v. Meta訴訟でMetaが勝訴した経緯を報道。
Generative AI Lawsuits Timeline(外部)
AI関連著作権訴訟の包括的タイムライン。OpenAI、Google、Nvidiaなども網羅。
【編集部後記】
私たちがAI技術の恩恵を享受する一方で、その背後では創作者の権利とイノベーションの自由という、相反する価値観がせめぎ合っています。MetaやAnthropicのような巨大企業でさえ、訓練データの適切な入手方法に苦慮している現状は、この問題の複雑さを物語っています。皆さんは、AIの進化と創作者の権利保護、どちらをより重視すべきだと考えますか?それとも、両立させる新しい仕組みが必要でしょうか?一見遠い出来事のように思えるこの訴訟ですが、私たちが日々使うAIサービスの未来を左右する重要な転換点かもしれません。ぜひ皆さんの考えを聞かせてください。
























