フィンランドのSolar Foodsは、微生物タンパク質Soleinを使用したマヨネーズを開発し、特許を出願した。
Soleinは二酸化炭素と電気を使って発酵により生産される新しいタンパク質原料である。マヨネーズ生産において卵黄粉末を同量のSoleinで置き換えると、約3倍のマヨネーズを生産できる。これにより食品企業は生産効率の向上と直接的なコスト削減が可能となる。
世界のマヨネーズ市場は2025年に約130億米ドルに達すると予測される。Solar FoodsのチーフコマーシャルアンドプロダクトオフィサーのTroels Nørgaardは、卵黄粉末の価格変動に対しSoleinが安定供給を提供できると述べた。同社の生産施設Factory 01の年間設計容量は160トンで、毎日約450kgのSoleinを生産する。同量の卵タンパク質を生産するには5万羽の鶏が必要となる。
Soleinは約80%のタンパク質を含み、動物性原料不使用でグルテンフリー、ハラール認証とコーシャ認証を取得している。
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Solar Foods has developed Solein®-powered mayonnaise with unmatched value for the food industry
【編集部解説】
卵黄粉末を同量のSoleinで置き換えると3倍のマヨネーズが生産できるという数字は、単なるコスト削減を超えた意味を持ちます。
従来の食品産業は、天候や疾病といった不確実性と常に向き合ってきました。鳥インフルエンザの発生により卵価格が高騰し、供給が不安定化する事態は、食品メーカーにとって深刻なリスクです。Soleinの生産サイクルがわずか70時間という点は、この構造的な脆弱性に対する一つの解答となっています。
技術的な観点から注目すべきは、Soleinの生産プロセスが精密発酵(precision fermentation)ではなく、ガス発酵(gas fermentation)を用いている点でしょう。多くの代替タンパク質企業が糖を原料とする精密発酵に依存する中、Solar Foodsは二酸化炭素と水素というガスと微量のミネラルのみを原料としています。これは農業に一切依存しない、真の意味での「脱農業型食料生産」を実現しています。
マヨネーズという用途選択も戦略的です。グローバル市場規模が130億米ドルに達する巨大市場であり、かつ卵黄の機能性(乳化性)が製品の核となる分野で、Soleinの技術的優位性を明確に示すことができます。特許出願という形で知的財産を確保しつつ、食品業界全体に対してSoleinの可能性を訴求する意図が読み取れます。
一方で、課題も存在します。Soleinは約80%のタンパク質含有量という栄養価の高さを持ちますが、消費者が「空気から作られたタンパク質」をどう受け入れるかは未知数です。ハラール認証やコーシャ認証の取得は、宗教的な観点からの受容性を担保していますが、「自然さ」を重視する消費者層への訴求は別の課題となるでしょう。
規制面では、Soleinはシンガポールで2022年に世界初の承認を取得し、米国ではGRAS(Generally Recognized As Safe)認証を自己宣言しています。EU市場での承認申請も進行中とされており、規制当局がこの新しいカテゴリーの食品をどう評価するかは、業界全体の将来を左右する重要な判断となります。
長期的な視点で見れば、この技術は地球規模の食料システムの再設計を可能にします。Factory 01の年間生産能力160トンは、現時点では限定的ですが、発酵タンクの増設によるスケーラビリティの高さが強みです。気候変動による農業生産の不安定化が進む中、気候条件に左右されない食料生産手段の確立は、人類の食料安全保障において極めて重要な意味を持つことになるでしょう。
【用語解説】
Solein(ソレイン)
Solar Foodsが開発した微生物タンパク質。二酸化炭素、水素、微量のミネラルを使用し、発酵によって生産される。タンパク質含有量は約78-80%で、9種の必須アミノ酸をすべて含む完全タンパク質である。動物性原料不使用、グルテンフリーで、ハラールおよびコーシャ認証を取得している。
GRAS認証(Generally Recognized As Safe)
米国食品医薬品局(FDA)が定める食品添加物の安全性基準。「一般的に安全と認められる」物質に対する認証で、Soleinは2024年9月に自己宣言によるGRAS認証を取得し、米国市場での販売が可能となった。
Factory 01
Solar Foodsがフィンランドのヘルシンキ近郊に建設した最初の商業規模生産施設。年間設計容量は160トンで、1日あたり約450kgのSoleinを生産する。生産サイクルは70時間で、2024年から本格稼働を開始している。
【参考リンク】
Solar Foods公式サイト(外部)
フィンランドの食品テクノロジー企業。二酸化炭素と電気からタンパク質Soleinを生産する革新的技術を開発。
Solein公式サイト(外部)
Solar Foodsのタンパク質製品Soleinの専用サイト。製品詳細、栄養成分、生産プロセスを掲載。
Business Research Insights(外部)
世界のマヨネーズ市場が2025年に約130億米ドルに達するという予測を提供する市場調査会社。
【参考記事】
Solar Foods unveils Solein-powered mayonnaise, filing patent for egg yolk replacement(外部)
Solar Foodsの特許出願と生産効率3倍の技術について詳細に報じている記事。
Mayonnaise made from Solar Foods’ Solein is a step on the product’s commercialization path(外部)
投資アナリスト視点から、マヨネーズ市場130億米ドル規模とSoleinの商業化について分析。
Alternative Protein Market Demand & Trends 2025 to 2035(外部)
代替タンパク質市場が2025年に215億米ドルに達するという予測と市場分析。
Solein® by Solar Foods: How Protein “Out of Thin Air” Will Change Everything(外部)
Soleinの技術詳細、70時間の生産サイクル、Factory 01の生産能力について解説。
Solar Foods’ Factory 01 Reaches Productivity Targets(外部)
Factory 01が年間160トンの設計容量を達成し、2026年に44%の生産増強を計画。
【編集部後記】
「空気から作られたタンパク質」と聞くと、少し戸惑いを感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私たちの食卓の歴史を振り返れば、新しい技術が食品の常識を変えてきた例は数多くあります。
かつて高級品だったバターの代わりとしてマーガリンが普及し、牛乳の代わりにコーヒーミルク(植物性油脂が主原料の製品)が使われるようになったように、私たちは味や価格、利便性といった価値に応じて、様々な選択肢を受け入れてきました。
Soleinの登場は、これと似た変化をマヨネーズ市場にもたらす可能性があります。つまり、伝統的な製法と平飼い卵などの高品質な素材にこだわった「プレミアムマヨネーズ」と、天候や供給リスクに左右されないSoleinを使った「サステナブルマヨネーズ」という選択肢です。
これは単なる代替品ではなく、食の価値観そのものが二極化していく未来を示唆しているのかもしれません。テクノロジーが生み出す新しい「当たり前」と、私たちが守りたい「伝統」。その関係性をどう築いていくか、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。























