キルギス、Binanceと国家ステーブルコイン発行|CBDC実験の最前線

[更新]2025年10月29日11:19

キルギス、Binanceと国家ステーブルコイン発行|CBDC実験の最前線 - innovaTopia - (イノベトピア)

キルギスは2025年10月25日、仮想通貨取引所Binanceと提携し、国家ステーブルコインおよび中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行したことをサディル・ジャパロフ大統領が発表した。

人口約700万人の中央アジアに位置する同国は、近年暗号通貨イノベーションの地域リーダーを目指している。Binance創業者チャンポン・ジャオ(CZ)は5月にキルギス大統領のデジタル資産顧問に任命された。

ジャオ氏は土曜日のX投稿で、国家ステーブルコインがBNBチェーン上でローンチされ、デジタル版のソムが政府支払いで利用可能になったと述べた。また国家暗号資産準備が創設され、BinanceのBNBトークンが含まれている。

米国のドナルド・トランプ大統領は10月24日、マネーロンダリング関連の罪で有罪判決を受けていたジャオ氏を恩赦した。キルギスは11月30日に前倒し議会選挙を実施予定である。

From: 文献リンクKyrgyzstan Launches National Stablecoin and Digital Som with Binance – Fintech News Singapore

【編集部解説】

キルギスによる今回の国家ステーブルコイン発行は、中央アジアにおける暗号資産戦略の大きな転換点を示しています。

注目すべきは、ステーブルコインとCBDC(中央銀行デジタル通貨)を並行運用する点です。ステーブルコイン「KGST」は民間取引用として1:1でソムに連動し、BNBチェーン上で稼働します。一方、デジタルソムは政府関連の支払いに限定される予定です。

この二層構造は、規制の柔軟性と決済の効率化を両立させる戦略といえます。CBDCは中央銀行の完全な管理下にあり、政府支払いの透明性を確保します。対してKGSTはパブリックブロックチェーン上で稼働するため、国際送金や民間取引での利便性が高まります。人口約700万人の小国が、このような先進的な実験を行える背景には、規制のハードルが比較的低いことが挙げられます。

ただし、懸念材料も存在します。キルギスは歴史的にロシアへの出稼ぎ労働者に依存しており、ロシアルーブルに裏付けられたステーブルコインが西側諸国から制裁回避に利用されているとの指摘を受けています。地政学的にも複雑な立ち位置にある同国のデジタル通貨戦略は、国際的な監視対象となる可能性があります。

さらに、国家暗号資産準備金にBNBトークンが含まれる点も興味深い展開です。エルサルバドルや米国に続く動きですが、特定の民間企業のトークンを国家準備に組み入れることには、価格変動リスクや中立性の問題が伴います。BNBは暗号資産市場で上位の時価総額を持つトークンですが、暗号資産市場の変動性は依然として高く、国家財政への影響を慎重に評価する必要があるでしょう。

データから見ても、キルギスの暗号資産市場は急成長しています。2025年上半期の国内取引量は8,600億ソム(約100億ドル)に達し、前年通期比で47%増加しました。GDPの約30%が海外送金に依存する経済構造において、KGSTは国際送金コストの削減と決済効率化に大きく貢献する可能性があります。

デジタルソムは2026年までに評価を完了し、3段階のパイロットテストを経て全国展開される計画です。第一段階では商業銀行間の送金接続を実施。次に中央財務局と連携して社会保障と政府の支払いを行う。最終段階では、オフライン環境や通信状況の悪い地域での取引テストを行います。この段階的アプローチは、技術的な課題や社会的受容性を見極める上で合理的といえます。

政治的な文脈も見逃せません。ジャパロフ大統領は2020年の街頭抗議を経て権力を掌握して以降、言論統制を強化しており、11月30日の前倒し議会選挙で支持基盤の強化を図っています。暗号資産政策の推進は、技術革新をアピールし、若年層や技術者層からの支持を得る狙いもあると考えられます。

また、CZ(チャンポン・ジャオ)氏の関与も重要な要素です。同氏は2024年にマネーロンダリング関連で有罪判決を受けましたが、トランプ大統領から10月24日に恩赦を受けました。この恩赦のタイミングとキルギスのプロジェクト発表が重なったことは偶然ではないでしょう。CZ氏は5月にキルギス大統領のデジタル資産顧問に就任しており、パキスタンでも同様の役割を担うなど、アジア各国での暗号資産普及に積極的です。

グローバルに見ると、100カ国以上がCBDCを研究していますが、実際に稼働している国は限定的で、バハマのサンドドル、ナイジェリアのeナイラ、ジャマイカのJAM-DEXなどが先行事例として知られています。キルギスの取り組みが成功すれば、小規模経済国におけるデジタル通貨モデルの先例となる可能性があります。

なお、キルギスは金(ゴールド)を担保とした米ドル連動型ステーブルコイン「USDKG」も2025年第3四半期に発行する計画を発表しており、多層的なデジタル通貨戦略を展開しています。

【用語解説】

CBDC(Central Bank Digital Currency / 中央銀行デジタル通貨)
中央銀行が発行するデジタル形式の法定通貨である。従来の現金や銀行預金とは異なり、中央銀行が直接管理し、ブロックチェーン技術などを活用して発行・流通させる。決済の効率化、金融包摂の促進、現金管理コストの削減などを目的とする。

ステーブルコイン
特定の資産(法定通貨、金、その他の暗号資産など)に価値を連動させた暗号資産である。価格変動を抑えることで、決済手段としての実用性を高める設計となっている。裏付け資産の透明性や発行体の信頼性が重要な評価基準となる。

BNB Chain
Binanceが開発したブロックチェーンプラットフォームである。旧称はBinance Smart Chain(BSC)。Ethereumと互換性を持ちながら、より低コストで高速な取引を実現する。スマートコントラクトの実行が可能で、DeFi(分散型金融)アプリケーションの基盤として広く利用されている。

ソム(som)
キルギスの法定通貨である。ISO通貨コードはKGS。1993年5月10日にロシアルーブルに代わって導入され、100ティイン(tıyın)に分割される。語源はテュルク語で「純粋な」を意味し、純銀や純金を指す言葉に由来する。

チャンポン・ジャオ(CZ)
Binanceの創業者である。2024年にマネーロンダリング関連の罪で有罪判決を受けたが、2025年10月24日にトランプ大統領から恩赦された。キルギスやパキスタンなど複数の国でデジタル資産顧問を務め、各国の暗号資産政策に影響力を持つ。

BNBトークン
BNB Chainのネイティブトークンである。当初はBinance取引所での手数料割引用トークンとして発行されたが、現在ではDeFiプロトコル、NFTマーケットプレイス、ガバナンスなど幅広い用途で使用される。時価総額は暗号資産市場で上位に位置する。

KGST
キルギス政府が発行する国家ステーブルコインである。ソムに1:1で連動し、BNBチェーン上で稼働する。国際決済や民間取引での利用を想定しており、将来的にデジタルソムと統合される計画がある。

【参考リンク】

BNB Chain公式サイト(外部)
BNB Chainの公式ウェブサイト。技術仕様、開発者向けドキュメント、エコシステムプロジェクトの情報などが掲載されている。Web3アプリケーションの構築基盤として位置づけられている。

Binance公式サイト(外部)
世界最大級の暗号資産取引所Binanceの公式サイト。350種類以上のアルトコインを取り扱い、180カ国以上で2億5000万人以上のユーザーにサービスを提供している。

Atlantic Council CBDC Tracker(外部)
各国のCBDC開発状況を追跡するデータベース。研究段階、パイロット段階、稼働中など、開発フェーズごとに各国の取り組みを可視化している。現在100カ国以上がCBDCを研究中。

【参考記事】

Kyrgyzstan launches national stablecoin in partnership with Binance – Reuters(外部)
ロイターの詳細報道。キルギスが10月25日にBinanceとの提携により国家ステーブルコインとCBDCを発行。人口約700万人の中央アジアの国が暗号資産イノベーションの地域リーダーを目指す背景を解説。

Kyrgyzstan Launches Stablecoin on BNB Chain, Eyes National Crypto Reserve – Yahoo Finance(外部)
キルギスの国家ステーブルコインKGSTがBNBチェーン上でローンチされ、国家暗号資産準備金にBNBトークンが含まれることを報じる。トランプ大統領が10月24日にCZ氏を恩赦したタイミングとの関連性にも触れている。

【編集部後記】

中央アジア・キルギスの国家デジタル通貨戦略は、世界の「クリプト特区」化という挑戦の象徴です。エルサルバドルやブータン、モルディブなどの小国が、規制と技術革新の柔軟性を生かし、国家財政や資本調達、国際的信用力の向上を目指す取り組みは年々拡大しています。

キルギスがBinanceやグローバル企業と連携して進めるデジタルソムやステーブルコインの導入は、その国の規模だからこそ可能な「先端金融×社会実験」のフィールドとなりつつあります。小国だからこそ打てる大胆な戦略。それは、リスクも含めて自ら受け入れ、技術と枠組みを駆使して最速でイノベーションと実証を積み上げる─—まさに次世代経済の実験場です。

人口規模や経済パワーでは大国に及ばなくても、ルール設計やテストマーケティングで最速の意思決定を実現できるのは、こうした小国ならではの強み。規制の“抜け目”は、しばしばグローバル標準となる道筋にもなり得ます。キルギスの挑戦が、これからの分散型経済モデルにどんなインパクトを及ぼすのか。今後も目が離せません。

投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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