Telegramの創設者パベル・デュロフは2025年10月28~29日、ドバイで開催された「Blockchain Life」カンファレンスで、TONブロックチェーン上に分散型AIネットワーク「Cocoon」を導入すると発表した。
このネットワークではアプリケーション開発者がToncoinトークンで計算資源の利用料を支払い、GPU所有者は計算能力の提供により暗号通貨を獲得する。参加者は使用するモデルアーキテクチャ(DeepSeekやQwenなど)、1日のリクエスト量、平均トークンサイズを指定する必要がある。
すべてのデータは暗号化され、参加者は処理されるリクエストの内容を見ることができない。Telegramはネットワークの最初のクライアントとなり、グローバルなプロモーションに投資する。Cocoonは11月にローンチ予定である。
デュロフ氏は10月のカザフスタン訪問時に同製品に初めて言及し、AI研究所を紹介した。プラットフォームにより10億人以上がAI機能を利用できるようになるとしている。
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Telegram to Launch Decentralized AI Network on TON
【編集部解説】
このニュースが持つ意味を、いくつかの視点から考えてみましょう。
まず注目すべきは、TelegramがAI計算処理を「完全にプライベートな形」で提供しようとしている点です。現在、ChatGPTやGoogle Geminiといった主要なAIサービスでは、ユーザーの質問内容やデータはすべて提供企業に把握されています。
Cocoonでは、すべてのデータが暗号化され、計算を行うGPU所有者でさえ処理内容を見ることができません。これは「機密コンピューティング」と呼ばれる技術領域で、医療データや企業の機密情報など、センシティブな情報を扱う際に重要になります。
次に、このプロジェクトは「分散型AI計算市場」という新しいビジネスモデルを提示しています。現在のAI計算インフラは、Amazon AWSやMicrosoft Azureといった巨大企業に集中していますが、Cocoonは個人や企業が持つ遊休GPUを活用する仕組みです。
GPU所有者はToncoinという暗号通貨で報酬を得られるため、新たな収益機会が生まれることになります。開発者側も、大手クラウドサービスより低コストでAI計算リソースにアクセスできる可能性があります。
Telegramが10億人以上のユーザーベースを持つことも見逃せません。同社は既にミニアプリやボットのエコシステムを構築しており、Cocoonの最初の大口顧客として自らネットワークを利用します。これにより、個人開発者や中小企業でも、Telegram上でAI機能を組み込んだサービスを低コストで展開できる環境が整います。
一方で、潜在的な課題も存在します。分散型ネットワークでは、計算速度や品質の保証が中央集権型と比べて難しくなる可能性があります。また、暗号通貨による報酬システムは各国の規制対象となる可能性もあり、グローバル展開には法的なハードルが伴うでしょう。
このプロジェクトは、デュロフ氏が10月のカザフスタン訪問時に言及したAI研究所の取り組みとも連動しています。Telegramはすでにイーロン・マスク氏のxAIとも提携してGrokチャットボットを配信しており、AI分野への本格参入を段階的に進めてきました。Cocoonはその集大成とも言える位置づけです。
長期的には、このような分散型AIインフラが普及すれば、AI技術へのアクセスが民主化され、特定企業への依存が減る可能性があります。ただし、11月のローンチ後、実際にどれだけのGPU提供者と開発者が参加するかが、プロジェクトの成否を左右することになるでしょう。
【用語解説】
TON(The Open Network)
元々Telegramが開発を開始したレイヤー1ブロックチェーン。2020年に米国規制当局の差し止めによりTelegramは開発を断念したが、独立した開発者コミュニティが引き継ぎ、2021年にスイスでTON Foundationが設立された。現在はTelegramアプリに深く統合されており、クリエイターへの報酬支払いやTelegram広告の購入、Telegram Premiumサービスの決済などに使用されている。
Toncoin
TONブロックチェーンのネイティブ暗号通貨。ネットワーク運用、トランザクション処理、ゲームやコレクティブルなどに使用される。Telegramは2022年4月からToncoinのピアツーピア送金機能を統合し、2023年9月には9億人のユーザー向けにセルフカストディアルウォレット「TON Space」を提供開始した。
DeepSeek
中国のAI研究機関が開発する大規模言語モデルシリーズ。DeepSeek-V3は総パラメータ数671Bを持つMixture-of-Experts(MoE)モデルで、各トークンに対して37Bのパラメータがアクティブ化される。14.8兆トークンで事前学習され、オープンソースモデルの中でトップクラスの性能を持つ。
Qwen(通義千問)
中国Alibaba Cloudが開発する大規模言語モデルシリーズ。多言語対応や長文理解に強みを持ち、オープンソースで公開されている。Cocoonが対応するモデルアーキテクチャの一つとして挙げられている。
GPU(Graphics Processing Unit)
もともとグラフィック処理用に設計された演算装置だが、並列計算能力が高いため、AI推論や機械学習の計算処理に広く使用されている。Cocoonでは、GPU所有者が計算能力を提供することで暗号通貨報酬を得られる仕組みとなっている。
分散型ネットワーク
中央管理者が存在せず、複数の参加者(ノード)が協力してネットワークを運営する仕組み。単一障害点がなく、検閲耐性が高いという特徴を持つ。
機密コンピューティング
データが処理中であっても暗号化された状態を維持する技術。Cocoonでは、AI推論リクエストの内容が暗号化され、計算を実行するGPU所有者でさえ処理内容を閲覧できないようになっている。
【参考リンク】
TON(The Open Network)公式サイト(外部)
TONブロックチェーンの公式ウェブサイト。ネイティブ暗号通貨Toncoinの情報、ネットワークの仕組み、開発者向けドキュメント、エコシステムプロジェクトなどを提供。
TON Foundation(外部)
スイスに拠点を置く非営利組織。グラントプログラムを通じてTONプロジェクトを支援し、コミュニティ貢献によって完全に資金提供されている。
Cocoon公式Telegramチャンネル(外部)
Cocoonプロジェクトの公式情報チャンネル。アプリ開発者やGPU所有者からの参加申請を受け付けており、11月のローンチに向けて準備中。
DeepSeek GitHub(外部)
DeepSeek-V3モデルの公式GitHubリポジトリ。総パラメータ数671BのMoEモデルで、モデルのダウンロード、評価結果、ローカル実行方法などの技術情報を提供。
【参考記事】
Telegram CEO unveils Cocoon, a decentralized AI network powered by TON(外部)
デュロフCEOによるCocoon発表を報じた記事。TONブロックチェーン基盤の分散型AI計算ネットワークの仕組み、プライバシー保護機能、GPU所有者への報酬システムを解説。
A Decentralized AI Network That Pays GPU Owners in Crypto(外部)
Cocoonの経済モデルに焦点を当てた記事。GPU所有者がToncoinで報酬を得る仕組み、開発者が低コストでAI計算リソースにアクセスできる利点などを説明。
Telegram Rolls Out Cocoon for Secure AI Compute via TON Blockchain(外部)
Cocoonの技術的側面とTONとの統合について詳述。10億人以上のTelegramユーザーへの統合計画、Cocoon発表後のToncoin価格が約1%上昇したことなどを報告。
Pavel Durov spoke at Blockchain Life 2025 in Dubai(外部)
デュロフ氏のBlockchain Life 2025での講演内容を包括的に報じた記事。Cocoonの発表に加え、言論の自由、TONの将来、カザフスタンのAI研究所計画など幅広い発言を紹介。
TON Powers New Decentralized AI Network Paying GPU Owners(外部)
TONブロックチェーンがどのようにCocoonを支えているかを解説。分散型AI計算市場の仕組み、GPU所有者への報酬配分、開発者がアクセスできるモデルアーキテクチャなどを詳述。
【編集部後記】
皆さんは、AIに送った質問内容が誰かに見られているかもしれないと考えたことはありますか?Cocoonのような分散型AIネットワークは、プライバシーを守りながらAIの力を使える新しい選択肢を示しています。
同時に、眠っているGPUが収益を生む可能性も開かれます。ただ、こうした技術が本当に広がるのか、それとも既存の大手プラットフォームが優位を保ち続けるのか、正直なところまだわかりません。11月のローンチ後、実際にどんな使われ方をするのか、一緒に見守っていけたらと思います。皆さんなら、プライバシーとコストのどちらを重視してAIサービスを選びますか?
























