中国の西北工業大学が開発した透明なクラゲ型バイオニックロボットが、2025年10月下旬に国内外のメディアで広く報じられた。
このロボットはAIとソフトロボティクスによって、静音、音響サインなしで海中移動・監視が可能である。静電アクチュエーターによる筋肉のような収縮・拡張を実現し、カスタムハイドロゲル電極材料を用いている。
本体は120ミリメートル、重量は56グラムで、プロペラや外部モーターは搭載しない。テスト水槽での物体認識実験や魚・エンブレムの識別をCCTVで公開した。AIチップとマイクロカメラを内蔵し、リアルタイム認識に対応する。
国際戦略研究所の分析では、こうした生物模倣型ロボットが将来の海軍偵察を担う可能性が指摘されている。
From:
China Unveils Jellyfish-Like Robot Built for Silent Surveillance Deep Beneath the Ocean’s Surface
【編集部解説】
このクラゲ型ロボットは海外メディアで「Underwater Phantom(水中の幻影)」や「Ghost drone(ゴーストドローン)」と呼ばれています。開発を主導したのは西北工業大学の機械電気工学院に所属する陶凱(Tao Kai)教授のチームで、CCTVの科学番組で公開され、2025年10月下旬に広く報道されました。
注目すべきは、その驚異的な省電力性です。アクチュエーターの消費電力はわずか28.5ミリワットという数値が複数の報道で確認されています。これは従来の水中ドローンと比較して圧倒的に低く、長時間の潜伏ミッションを可能にする重要な要素となっています。
技術的な観点から見ると、このロボットが採用している静電油圧アクチュエーター方式は、生物の筋肉収縮を模倣する最先端のアプローチです。従来のプロペラ式推進システムでは騒音や振動が避けられませんでしたが、この方式では音響シグネチャーがほぼゼロに抑えられます。つまり、ソナー探知を回避できる可能性が高いということです。
このロボットが持つポジティブな側面としては、海洋生態系の非侵襲的モニタリングが挙げられます。静音性と透明性により、海洋生物の自然な行動を観察でき、環境DNA採取や汚染追跡といった科学的応用が期待されます。深海探査における省エネルギー技術の革新としても意義深いでしょう。
一方で潜在的なリスクも存在します。軍事偵察への転用可能性は明白で、海底ケーブルやパイプラインといった重要インフラへの接近が検知されにくいという特性は、セキュリティ上の懸念を生んでいます。国際戦略研究所が南シナ海での活用を指摘しているように、地政学的な緊張を高める要因にもなりかねません。
規制面では、このような生物模倣型水中ロボットに対する国際的なルール整備が追いついていないのが現状です。透明性が高く探知困難な装置が海中に配備される時代において、海洋主権や排他的経済水域に関する新たな議論が必要になってくるはずです。
長期的な視点では、ソフトロボティクスとAIの融合が加速する転換点として捉えるべき事例と言えます。西北工業大学は鳥型や魚型など複数のバイオミメティックロボットを開発しており、中国が海洋・航空宇宙分野で体系的な研究開発戦略を進めていることがうかがえます。今後、こうした技術が民生・軍事の両面でどのように展開されるのか、注目していくべきでしょう。
【用語解説】
ソフトロボティクス
柔軟な素材を使ったロボット工学分野である。従来の剛性ロボットと異なり、シリコーンやハイドロゲルなど弾性のある材料を用いることで、生物のような柔軟な動きや環境適応性を実現する。水中探査では複雑な地形への対応力や生物への非侵襲性が評価されている。
静電アクチュエーター
電界による静電気力を利用して機械的な動きを生成する駆動装置である。2枚の電極間に電圧を印加すると引力が発生し、この力を利用して収縮・拡張運動を実現する。低電圧・低消費電力で動作し、音を発しない特性から、ステルス性が求められる用途に適している。
ハイドロゲル電極
水分を多く含むゲル状の導電性材料である。柔軟性と透明性を兼ね備え、生体組織に近い物性を持つため、バイオミメティック(生物模倣)ロボットの素材として注目されている。本ロボットではこの素材により透明性と電気信号の伝達を両立している。
音響シグネチャー
物体が発する音や振動のパターンを指す軍事・海洋工学用語である。潜水艦やドローンはソナーによってこの音響パターンで検知されるため、静音性は探知回避の重要な要素となる。
バイオミメティクス
生物の構造や機能を模倣して工学的に応用する学問分野である。クラゲの推進方式、魚の遊泳メカニズム、タコの吸盤など、自然界の優れた設計を人工システムに取り入れることで、効率的で環境適応性の高い技術を実現する。
【参考リンク】
Northwestern Polytechnical University(外部)
中国・西安の国家重点大学。航空宇宙、海洋工学分野で先端研究を行い、今回のクラゲ型ロボットを開発した機械電気工学院を擁する
Harvard Wyss Institute(外部)
ハーバード大学の生物学着想工学研究所。ソフトロボティクスの世界的研究拠点で、クラゲやタコを模倣した水中ロボット開発実績を持つ
Science Robotics(外部)
ロボット工学分野の査読付き国際学術誌。静電油圧アクチュエーターに関する2022年研究など、ソフトロボティクス最新成果を掲載
【参考記事】
AI-powered bionic jellyfish robot dives into deep-sea exploration(外部)
China Daily報道。120mm幅、56グラム、28.5ミリワットという具体的仕様とAI搭載による自律航行機能を詳述
This robot looks like jellyfish and can work underwater(外部)
NewsBytes技術解説。陶凱教授チーム開発経緯、ハイドロゲル電極材料特性、56グラム重量の戦略的意味を解説
China unveils ‘ghost jellyfish drone’ disappears into the deep sea(外部)
Times of India包括的レポート。静電油圧アクチュエーター仕組み、28.5mW消費電力、AIによる物体認識能力の技術詳細を提供
China Builds New Jellyfish Robot(外部)
Voice Lapaas分析記事。12cm直径、56グラム寸法、28.5mW消費電力、電気油圧人工筋肉推進方式など技術仕様を体系的に整理
China unveils ‘ghostlike’ jellyfish robot designed for stealthy underwater monitoring(外部)
Hindustan Times報道。CCTVデモンストレーション、魚群観察応用可能性、機械学習による標的認識機能を詳細に報じる
【編集部後記】
深海という「最後のフロンティア」に、まるで生き物のように溶け込んでいく透明なロボット。この技術が私たちの暮らしにどう関わってくるのか、想像してみませんか。海底ケーブルは私たちのインターネットを支えていますし、海洋環境の変化は気候や食卓にも直結します。
軍事利用への懸念も確かにありますが、一方で人間が到達できない深海の生態系を傷つけずに観察できる可能性も秘めています。みなさんは、この「見えないロボット」の未来に、どんな役割を期待しますか。ぜひSNSで教えてください。
























