中国砂漠の太陽光発電所が生態系を改善、Scientific Reports論文で判明

[更新]2025年9月8日08:00

中国砂漠の太陽光発電所が生態系を改善、Scientific Reports論文で判明 - innovaTopia - (イノベトピア)

中国の砂漠地帯に建設された大規模太陽光発電所が、電力生産だけでなく周辺の生態系を変化させていることが複数の査読付き研究で明らかになった。

『Scientific Reports』に発表された最新研究は、青海省タラタン砂漠の共和光起電公園を対象に調査を実施した。研究チームはDPSIRと呼ばれる57指標の生態学的フレームワークを使用し、太陽光発電設備内外の環境変化を測定した。

その結果、設備内の生態学的指数は0.4393を記録し、隣接する砂漠地域の0.2858から0.2802と比較して大幅に高い数値を示した。太陽光パネルの日陰効果により地表温度と蒸発が抑制され、土壌の水分保持が向上し、植生回復の兆候も確認された。

甘粛省の太陽光発電所での1年間の調査では、パネル下で気温、湿度、土壌温度、土壌含水量の変化が記録された。ゴビ砂漠での研究でも同様の土壌熱変化とパネル周辺の風の流れの変化が確認されている。

From: 文献リンクChina’s Desert Solar Farms Don’t Just Generate Power—They’re Irreversibly Transforming Fragile Ecosystems

【編集部解説】

今回の研究結果は、再生可能エネルギー業界にとって非常に興味深い発見です。従来、大規模太陽光発電所は「必要悪」として語られることが多く、クリーンエネルギー生産の代償として生態系への負荷を避けられないものと考えられてきました。

しかし、Xi’an University of Technologyの研究チームによるこの包括的な調査は、その前提を覆す結果を示しています。特に注目すべきは、DPSIR(駆動力-圧力-状態-影響-対応)モデルという欧州環境庁推奨の科学的評価手法を用い、57という多角的な指標で生態系への影響を測定した点です。

微気候変化のメカニズム

太陽光パネルが砂漠環境に与える影響は、意外にもシンプルな物理現象に基づいています。昼間はパネルが日射を遮り地表温度を下げ、夜間は長波放射を捕捉して保温効果を発揮します。この「逆転した昼夜サイクル」が、厳しい砂漠環境に小さなオアシスのような効果をもたらしているのです。

甘粛省での1年間の継続観測では、パネル下で気温、湿度、土壌温度、含水量の体系的な変化が確認されました。これは単発的な現象ではなく、再現性のある科学的事実として複数の研究で実証されています。

生態系復元の可能性と限界

この研究が示唆する最も重要な点は、産業インフラが生態系修復のツールになり得るという可能性です。生態学的指数0.4393対0.2858-0.2802という数値の差は、統計的に有意な改善を意味します。

ただし、研究者らも指摘するように、これは「魔法の解決策」ではありません。効果は現場条件、パネル配置、列間隔、長期保守に大きく依存します。不適切な設計では生息地の分断やアルベド(表面反射率)の変化といったネガティブな影響も生じる可能性があります。

規制・政策への影響

中国では砂漠が国土の約25%を占め、砂漠化により約4億人が影響を受けているという深刻な状況があります。この研究結果は、再生可能エネルギー政策と砂漠化対策を統合する新たな政策フレームワークの根拠となる可能性があります。

特に、従来の環境影響評価では「生態系への負荷をいかに最小化するか」が焦点でしたが、今後は「積極的な生態系改善効果をいかに最大化するか」という視点も重要になってくるでしょう。

長期的な視点と課題

現在の研究は比較的短期間の観測に基づいており、10年、20年といった長期的な生態系変化については未知数です。また、この効果が他の砂漠地域や異なる気候条件下でも再現可能かという点も重要な検証課題となります。

水資源への影響も注意深く監視する必要があります。大規模太陽光発電所では年間約20ガロン/MWh相当の水を清拭用途で消費するため、乾燥地域での水収支への長期的影響も考慮すべき要素です。

この研究は、テクノロジーによる人類の進歩が自然環境の犠牲の上に成り立つという従来の二項対立的思考を超え、両者が共生できる新たな可能性を示している点で、まさにinnovaTopiaが追求する「Tech for Human Evolution」の理念を体現した事例と言えるでしょう。

【用語解説】

DPSIR(駆動力-圧力-状態-影響-対応)モデル
欧州環境庁推奨の環境評価フレームワーク。社会的駆動力(D)、環境への圧力(P)、環境状態(S)、生態系への影響(I)、政策対応(R)の5要素で構成され、複雑な環境システムの因果関係を体系的に分析する手法である。

生態学的指数
複数の環境指標を統合して算出される数値で、生態系の健全性を定量的に評価する指標。中国環境保護部の技術仕様(HJ/T 192-2015)では、0.8以上が「優秀」、0.6-0.8が「良好」、0.4-0.6が「一般」、0.2-0.4が「劣悪」、0.2未満が「悪化」として分類される。

エントロピー重み法
データ駆動型の客観的重み付け手法。各指標のデータ分散度に基づいて重みを算出し、主観的判断を排除して評価結果の客観性を確保する統計学的手法である。

微気候
局所的な小規模気候のこと。太陽光パネルにより日中は遮光による冷却効果、夜間は長波放射捕捉による保温効果が生じ、砂漠地域に「逆転した昼夜サイクル」をもたらす物理現象である。

アルベド(表面反射率)
地表面が入射する太陽光エネルギーを反射する割合。大規模太陽光発電所の設置により地表のアルベドが変化し、地域の熱収支に影響を与える可能性が指摘されている。

青海省
中国西部に位置する省で、チベット高原の北東部に位置する。平均標高2,910メートルの高地砂漠気候で、年間降水量246.3mm、年平均気温4.1℃という厳しい自然環境が特徴である。

【参考リンク】

Scientific Reports(外部)
Nature Publishing Groupが発行するオープンアクセス科学誌。自然科学全分野を対象とし、査読制度による高い品質基準を維持している。今回の研究論文の掲載誌である。

共和光起電公園(Gonghe Photovoltaic Park)(外部)
青海省に位置する世界最大級の太陽光発電所の一つ。総設置容量1,000MW、面積64平方キロメートルに及ぶ大規模施設で、年間204.7万トンのCO2削減効果を実現している。

Xi’an University of Technology(外部)
中国陝西省西安市に位置する理工系総合大学。今回の砂漠太陽光発電所生態系影響研究を主導した研究機関で、環境工学・エネルギー工学分野で実績を持つ。

【参考記事】

Assessment of the ecological and environmental effects of large-scale photovoltaic development in desert areas(外部)
今回のニュース記事の原著論文。Xi’an University of Technologyらの研究チームによる包括的研究で、57指標のDPSIRモデルを用いて共和光起電公園の生態系影響を定量評価。

China has confirmed that covering a desert with photovoltaic panels changes the ecosystem for the better(外部)
スペインの再生可能エネルギー専門サイトによる研究解説記事。DPSIR評価モデルの詳細と、太陽光パネルによる微気候変化が土壌特性と植生多様性に与えるポジティブな影響について分析。

Large-scale PV has positive environmental effect on desert areas(外部)
太陽光発電業界専門誌による研究報告。共和光起電公園の年平均気温4.1℃、降水量246.3mm、蒸発量1,716.7mmという厳しい環境条件下でも、太陽光設備が生態系改善効果を発揮することを確認。

Environmental Impacts of Pastoral-Integrated Photovoltaic Power Plants(外部)
甘粛省東能太陽光発電所(50MW、標高3,440m)での環境影響調査。LONGi社製両面受光型パネル(変換効率21.1%)を用い、南向き8m間隔、傾斜角36度で設置した継続観測データを詳細分析。

The Photovoltaic Heat Island Effect: Larger solar power plants increase local temperatures(外部)
アリゾナ大学等による米国砂漠地域での太陽光発電所熱島効果研究。大規模太陽光発電所周辺で夜間3-4℃の温度上昇を観測し、理論モデルとは対照的な結果を報告した学術論文。

【編集部後記】

今回の研究を目にして、皆さんはどう感じられたでしょうか。これまで「クリーンエネルギーの代償」として語られることの多かった大規模太陽光発電所が、実は生態系を改善する可能性を秘めているという発見は、私自身も驚きでした。

日本でも山林を切り開くメガソーラーによる環境破壊が議論されていますが、今回の中国の事例は、設置場所や設計次第で全く異なる結果をもたらすことを示しています。皆さんの地域でも太陽光発電所を見かけることがあるかと思いますが、その下で何が起きているのか、少し興味を持って観察してみませんか?テクノロジーと自然が対立するのではなく、共生する未来への新たな可能性を感じさせる研究だと思いませんか。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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