リチウムイオン電池リサイクル市場、2025年53万トン廃棄も回収体制に課題

リチウムイオン電池リサイクル市場、2025年53万トン廃棄も回収体制に課題 - innovaTopia - (イノベトピア)

株式会社矢野経済研究所は2025年11月11日、リチウムイオン電池のリユース・リサイクル世界市場に関する調査結果を発表した。調査期間は2025年7月から9月で、車載用、民生小型用、定置蓄電池用のリチウムイオン電池のリユース・リサイクル事業と技術を対象とした。

2025年の車載用LIBの世界廃棄・回収量は53万2,058tと推計され、地域別構成比では中国が88.2%を占める。中国では政府主導のトレーサビリティシステムが運用されているが、廃棄LIBの多くが非正規ルートに流れ、リサイクル工場の稼働率が低下している。

日本では中古EVの海外輸出が2017年から2024年にかけて増加し、国内での廃棄・回収量に影響を与えている。欧州ではELV規制案にトレーサビリティや監視強化が盛り込まれ、米国では自動車業界団体Alliance for Automotive Innovationが2022年にリユース・リサイクルに関する指針を発表した。

From: 文献リンクリチウムイオン電池のリユース・リサイクル世界市場に関する調査を実施(2025年)(矢野経済研究所)

【編集部解説】

このレポートが示すのは、リチウムイオン電池のリサイクル市場が「理想と現実のギャップ」に直面している現状です。2025年に53万トンを超える車載用LIBの廃棄・回収が見込まれる一方で、実際の回収システムは想定通りに機能していません。

最も象徴的なのが中国の状況です。世界の回収量の88.2%を占め、政府主導でトレーサビリティシステムを整備しているにもかかわらず、廃棄電池の多くが非正規ルートに流れています。その結果、正規のリサイクル工場の稼働率が低下している状況です。

日本では別の課題が浮上しています。中古EVの海外輸出が2017年から増加傾向にあり、国内でのリサイクル原料が不足する事態を招いています。これは、電池が想定よりも長寿命であることの証左でもありますが、国内での資源循環という観点では課題となっています。

欧州では「Missing Vehicle」と呼ばれる行方不明の廃車問題に対処するため、2025年7月に採択されたELV規制案にトレーサビリティ強化が盛り込まれました。2023年8月に施行された新たなEU電池規則に基づき、2027年末までにコバルト、銅、ニッケルの90%回収が義務付けられます。

市場環境も大きく変動しています。2023年に急騰した炭酸リチウム価格は2024年にかけて調整局面に入り、リサイクル事業の経済性が揺らいでいます。中国の正規企業がリサイクル原料調達に苦戦する中、日韓からの原料調達を増やす動きが見られ、各国で「資源が自国に留まらない」という矛盾が生じています。

こうした状況を受けて、業界は委託加工事業モデルへの移行を模索しています。資源価格の変動リスクを分散しながら、加工技術の高度化で差別化を図る戦略です。また、欧州電池規制で求められるデューデリジェンス対応も重要性を増しており、サプライチェーン全体での人権・環境リスクの評価が必須となっています。「経済合理性」と「環境価値」の両立に向け、静脈産業から動脈産業までの業界横断的な体制構築と、政府による実効性のある支援策が求められています。

【用語解説】

BEV(バッテリー電気自動車)
電気モーターのみで駆動する電気自動車のことである。内燃機関を持たず、バッテリーに蓄えた電力のみで走行する。

PHEV(プラグインハイブリッド車)
外部電源から充電可能なハイブリッド車である。電気モーターとガソリンエンジンの両方を搭載し、短距離は電気のみで走行できる。

ブラックマス
使用済みリチウムイオン電池を安全に放電・解体した後、破砕・選別して回収される黒い粉末状の物質。リチウム、ニッケル、コバルトなどの有価金属が含まれており、リサイクル原料として利用される。

LFP(リン酸鉄リチウム)電池
正極材料にリン酸鉄リチウム(LiFePO₄)を使用したリチウムイオン電池である。コバルトやニッケルなどのレアメタルを使用せず、高い安全性と長寿命が特長である。

トレーサビリティシステム
製品や部品の流通経路を追跡可能にする仕組みである。電池の製造から廃棄までの履歴を管理し、適切な回収・リサイクルを実現する。

デューデリジェンス
企業活動における適正評価のことである。欧州電池規制では、サプライチェーン全体での人権侵害や環境リスクの特定・評価・軽減が義務付けられる。

静脈産業・動脈産業
静脈産業はリサイクル事業者など資源循環を担う産業、動脈産業は製造業など製品を生産・供給する産業を指す。両者の連携が循環型経済の実現に不可欠である。

【参考リンク】

株式会社矢野経済研究所(外部)
1958年創立の市場調査・マーケティングリサーチ企業。共同通信グループの一員として各産業分野の市場調査レポートを提供している。

Alliance for Automotive Innovation(外部)
GM、フォード、トヨタ、ホンダなど主要自動車メーカーが加盟する米国自動車業界の統一組織。安全性、環境対応に関する政策提言を行う。

欧州委員会 ELV規制ページ(外部)
EUの使用済み自動車規制に関する公式情報。年間600万台以上の車両が廃棄物となり、資源損失や環境問題を引き起こしていると指摘。

【参考記事】

Advancements in China lithium-ion battery recycling(外部)
中国のリチウムイオン電池リサイクル市場の現状と正規企業の稼働率低下、非正規ルートへの流出問題について詳述している。

New EU Battery Recycling Regulations for 2025(外部)
2027年末までのコバルト、銅、ニッケルの90%回収義務など2025年のEU電池規制について詳しく解説している。

Electric car batteries: EU 2025 rules(外部)
EUの2025年電池規制の概要を説明。2025年8月からの新規制施行と具体的な回収率義務について報告している。

Future Trends in Li-Ion Battery Recycling for 2025 and Beyond(外部)
リチウムイオン電池リサイクル市場の将来展望を分析。技術革新と循環経済への移行、成長トレンドについて論じている。

【編集部後記】

私たちが日常的に使っているスマートフォンやEVに搭載されているリチウムイオン電池は、いずれ必ず廃棄される運命にあります。2025年だけで53万トン以上の車載用電池が廃棄されると予測される中、その多くが非正規ルートに流れたり、海外に輸出されたりしている現実をどう捉えるべきでしょうか。

「経済合理性」と「環境価値」の両立という理想は、資源価格の変動や回収体制の不備という現実の前で揺らいでいます。この課題に対して、私たち一人ひとりができることは何か、一緒に考えてみませんか。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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