PepMLM、AI技術でアンドラッガブルタンパク質の治療薬設計に成功 – がんやハンチントン病への新治療法

PepMLM、AI技術でアンドラッガブルタンパク質の治療薬設計に成功 - がんやハンチントン病への新治療法 - innovaTopia - (イノベトピア)

マクマスター大学、デューク大学、コーネル大学の研究チームが2025年8月13日にNature Biotechnology誌で発表した研究で、PepMLMというAIツールを開発した。

このツールは、タンパク質の3D構造を知らなくてもアミノ酸配列のみからペプチド薬物を設計できる。元々人間の言語理解用に開発されたアルゴリズムをタンパク質の言語理解に応用した。

実験では、がん、生殖障害、ハンチントン病、ウイルス感染に関わるタンパク質に結合し分解するペプチドの設計に成功した。研究の筆頭著者はプラナム・チャッタージー(現ペンシルバニア大学教員)で、マクマスター大学のクリスティーナ・ペンがハンチントン病実験を主導した。

研究チームはPepTuneやMOG-DFMなど次世代AIアルゴリズムも開発中である。研究はCHDI財団、ウォレス・H・クルター財団、ハートウェル財団、国立衛生研究所、トロントのクレンビル財団が支援した。

From: 文献リンクAI breakthrough designs peptide drugs to target previously untreatable proteins

【編集部解説】

今回発表されたPepMLMは、従来の創薬の常識を覆すゲームチェンジングな技術と言えます。これまで「アンドラッガブル(創薬不可能)」とされてきた疾患の治療に、新たな扉を開く可能性を秘めています。

なぜ今、この技術が重要なのか

2024年のノーベル化学賞はGoogle DeepMindのAlphaFoldに贈られましたが、実は多くの疾患関連タンパク質は安定した3D構造を持ちません。がんや神経変性疾患に関わるタンパク質の多くは、まさにこの「構造のない」状態にあります。従来の創薬アプローチは、鍵と鍵穴のような精密な結合を前提としていたため、これらの標的に対しては無力でした。

PepMLMの革新性は、タンパク質の構造情報を一切必要とせず、アミノ酸配列のみから創薬候補を設計できる点にあります。これは、人間の言語を理解するために開発されたアルゴリズムを、タンパク質の「言語」理解に応用した独創的なアプローチです。

この技術が可能にするもの

実験データによると、PepMLMは38%を超えるヒット率を記録し、既存の最先端技術であるRFDiffusionの29%を上回る成績を示しています。これは創薬開発における実用性を大きく向上させる数値です。

具体的には、ハンチントン病の毒性タンパク質の分解、がん関連タンパク質への結合、さらにはウイルス感染に関わるタンパク質の無力化まで、幅広い疾患領域での応用が実証されています。特に注目すべきは、細胞内で実際に毒性タンパク質を分解できることが確認された点です。

潜在的なリスクと課題

一方で、AIによる創薬設計には慎重な検討が必要な側面もあります。ペプチド薬物は細胞毒性、アレルゲン性、内毒素、神経毒性などの副作用を示す可能性が報告されています。また、AI モデルの予測精度は学習データの質と多様性に大きく依存するため、生物学的システムの複雑性を完全に捉えきれない可能性があります。

さらに、AI生成結果の解釈可能性と実験的検証の重要性は、業界全体で議論されている課題です。現在のところ、AI設計によるペプチド治療薬で市販されているものは存在せず、多くが前臨床段階や初期臨床試験段階にあります。

長期的インパクトと展望

研究チームは既に次世代アルゴリズムであるPepTuneやMOG-DFMの開発を進めており、これらはペプチドの体内での安定性と標的特異性をさらに向上させる設計です。これらの進歩により、「配列から実際の薬物まで」の一貫したプラットフォームの実現が視野に入ってきました。

この技術が成熟すれば、創薬期間の大幅な短縮と、従来は治療選択肢のなかった疾患への新たなアプローチが可能になります。特に、個別化医療の観点から、患者固有のタンパク質変異に対応したオーダーメイド治療薬の開発にも道を開く可能性があります。

innovaTopiaが注目するのは、この技術が単なる効率化ではなく、医学そのものの可能性を根本的に拡張する「Tech for Human Evolution」の典型例だからです。人類が長らく諦めていた疾患への挑戦を、AIとの協働によって現実のものとする。まさに私たちが追い求める「未来」がここにあるのです。

【用語解説】

ペプチド薬物
アミノ酸が短く連なった分子で、タンパク質に結合して機能を調整または阻害することができる新世代の治療薬候補である。

アンドラッガブル(undruggable)タンパク質
従来の薬物設計手法では構造が不安定、あるいは機能が標的化しにくく、治療薬の開発が困難なタンパク質である。

ヒット率
設計したペプチドが目標タンパク質に効果的に結合する割合のこと。PepMLMは38%超のヒット率を報告し、従来技術のRFDiffusionの30%を上回る性能を示している。

ESM-2
FacebookのFair社が開発したタンパク質の言語理解に特化した大規模言語モデル。PepMLMはこのモデルをベースにペプチド設計用に調整されている。

NCAM1
急性骨髄性白血病の重要なマーカーとして知られるタンパク質である。

AMHR2
多嚢胞性卵巣症候群の調節因子として機能するタンパク質である。

【参考リンク】

マクマスター大学(外部)
本研究に参加したカナダの研究大学。生化学・生物医学科学部に所属するレイ・トルアント教授の研究室で重要な実験が行われた。

コーネル大学(外部)
マシュー・デリサとヘクター・アギラーの研究室でウイルスタンパク質に対するペプチドの構築・テストが実施された米国の名門大学。

デューク大学(外部)
プラナム・チャッタージーが在籍し、AIモデルの開発と初期検証実験を実行した米国の研究大学。現在チャッタージーはペンシルバニア大学に移籍。

Google DeepMind(外部)
2024年ノーベル化学賞を受賞したAlphaFoldを開発した英国の人工知能研究機関。タンパク質構造予測分野のパイオニア。

【参考記事】

Protein Language Model Hits Undruggable Targets, No Structure Required – GEN(外部)
PepMLMが構造情報なしで創薬困難なタンパク質に38%のヒット率で結合可能であることを報告。

AI-Powered Breakthrough Enables Drug Design Against Previously Undruggable Proteins – Hyper.ai(外部)
Nature Biotechnology誌掲載の研究を詳細に紹介し、PepMLMの技術的背景と治療可能性を解説。

Nobel Prize in Chemistry 2024 – NobelPrize.org(外部)
2024年ノーベル化学賞がAlphaFoldの開発者に授与されたことの公式発表。

PepMLM: Target Sequence-Conditioned Generation of Therapeutic Peptide Binders – Nature Biotechnology(外部)
今回の研究の原著論文。PepMLMの技術詳細、実験結果、38%超のヒット率データが記載された科学的根拠。

Chemistry Nobel goes to developers of AlphaFold AI – Nature(外部)
ノーベル化学賞受賞を受けたAlphaFoldの科学的インパクトと創薬分野への影響を学術的観点から分析。

【編集部後記】

PepMLMの登場により、これまで諦めるしかなかった疾患への挑戦が現実のものとなろうとしています。皆さんは、AI技術が医療にもたらす可能性について、どのようにお感じでしょうか。

私たち編集部も、この技術がどこまで発展し、実際の治療現場でどう活用されるのか、大変興味深く見守っています。特に、従来の「アンドラッガブル」な疾患に対する新たなアプローチが、患者さんやご家族にとってどれほどの希望となるのか、その可能性に胸が高鳴ります。

読者の皆さんの中にも、この分野の研究に携わっている方、医療現場で働かれている方がいらっしゃるかもしれません。ぜひ現場の視点や期待について、お聞かせいただければと思います。

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TaTsu
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