iatricSystems社のプロダクトマネージャーであるCarolyn Bourke氏は、2025年8月15日、ヘルスケアにおけるAIを活用した医薬品不正流用監視について解説した。同氏は同社の製品「DetectRx」を担当する。従来の手作業による監査は、一貫性に欠け、人間のバイアスが課題であった。これに対しAIは、大規模なデータセットを客観的に分析し、異常なパターンを特定する。これにより、調査は憶測ではなくデータに基づいて行われ、より公正で正確なプロセスが実現される。Bourke氏は32年以上の経験を持つ看護師である。
From: Fair, Focused, and Forward: How AI is Changing Drug Diversion Monitoring in Healthcare
【編集部解説】
今回のニュースは、単に「AIが医療現場の不正を発見する」という話に留まりません。テクノロジーが、医療という極めて人間的な現場の「文化」そのものを、より公正で前向きなものへと変革していく未来の輪郭を示しています。
元記事の背景には、特に米国で深刻な社会問題となっているオピオイド危機など、処方薬の不正流用や依存の問題があります。これまでの監視体制は、事後的に膨大な記録を人手で確認する対症療法的なアプローチが中心で、無実の医療従事者に精神的な負担を強いることも少なくありませんでした。
AIによる監視システムが画期的なのは、電子カルテや薬剤管理棚のログといった膨大なデータを24時間365日、偏見なく解析できる点にあります。例えば、「特定の看護師だけが、特定の時間帯に、特定の鎮痛剤の破棄記録が多い」といった、人間では見過ごしてしまうような僅かな異常パターンを、同僚の行動パターンと比較しながら客観的に検出します。これは、個人の勘や印象に頼った調査から、データに基づいた公正な調査への移行を意味します。
このテクノロジーがもたらす最も大きな価値は、「監視」から「支援」への転換でしょう。AIが検知するのは、必ずしも悪意ある不正だけではありません。過重労働による手順の省略や、あるいは医療従事者自身が依存症などの問題を抱えているサインかもしれません。テクノロジーがその兆候を早期に発見することで、懲罰ではなく、適切なトレーニングやカウンセリング、業務改善といった支援につなげることが可能になります。
もちろん、課題も存在します。AIの判断がブラックボックス化し、なぜその人物が「疑わしい」と判断されたのかが不透明であってはなりません。また、AIの学習データに偏りがあれば、特定の部署や個人に対して不公平な判断を下す「アルゴリズムバイアス」のリスクも考慮する必要があります。システムを導入する側には、常にその公平性を問い続ける姿勢が求められます。
将来的には、このようなシステムは不正の「検知」から「予測・予防」へと進化していくと考えられます。高リスクな状況を事前に予測し、問題が発生する前に介入することで、患者と医療従事者の双方を守るセーフティネットとしての役割を担うようになるはずです。これは、未来の病院における標準的なリスク管理の姿なのかもしれません。
【用語解説】
医薬品不正流用(Drug Diversion)
合法的に処方・管理されている医療用医薬品が、正規のルートから外れ、不正な目的で他者へ渡ったり、本来の目的外で使用されたりすることである。医療従事者による窃取や、患者が不正に入手した薬剤を転売するケースなどが含まれる。
オピオイド危機(Opioid Crisis)
オピオイド系鎮痛剤の過剰処方や乱用により、依存症患者や過剰摂取による死亡者が急増した社会問題である。特に米国で深刻化しており、医療システムの大きな負担となっている。この問題が、より厳格で効果的な医薬品管理システムの必要性を高める一因となった。
アルゴリズムバイアス
AI(人工知能)の学習に使用されるデータに偏りがあったり、アルゴリズムの設計が不完全だったりすることで、AIが特定の属性を持つ人々に対して不公平または差別的な判断を下してしまう現象である。医療分野では、診断や治療方針の決定において人種や性別による格差を助長するリスクが指摘されている。
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【編集部後記】
AIによる「監視」と聞くと、少し冷たい印象を受けるかもしれません。しかし今回の事例は、テクノロジーが「公正さ」や「支援」という形で、現場で働く人々を守る視点を与えてくれました。
職場や身の回りでは、テクノロジーが単なる効率化の道具としてだけでなく、人を支え、より良い文化を育むために貢献できる場面は、他にどのようなものが考えられるでしょうか。