VaxSeer AIがWHOを凌駕|インフルエンザワクチン株の予測精度で10年中9年勝利

VaxSeer AIがWHOを凌駕|インフルエンザワクチン株の予測精度で10年中9年勝利 - innovaTopia - (イノベトピア)

Nature Medicine誌に掲載された研究により、人工知能を使用したVaxSeerというモデルが、世界保健機関(WHO)の従来手法よりも高精度でインフルエンザワクチン株の選定を行えることが実証された。

10年間の後ろ向き分析において、VaxSeerは経験的カバレッジスコアでH1N1株については10年中6年、H3N2株については10年中9年でWHO推奨を上回った。

研究対象期間中、VaxSeerはH1N1で7年間、H3N2株で5年間において最良のワクチン株を選定した。一方、WHO推奨株がH1N1で最良の抗原株とマッチしたのは10年中3回のみで、H3N2では一度も達成しなかった。

2012年から2021年の間、インフルエンザワクチンの有効性は平均40%を下回っており、2014-2015年には19%まで低下した。

VaxSeerの予測カバレッジスコアは、疾病管理予防センター(CDC)、I-MOVE(欧州)、SPSN(カナダ)が推定したワクチン有効性と良好な相関を示した。

From: 文献リンクAI model predicts flu vaccine strains more accurately than WHO

【編集部解説】

今回の研究で注目すべきは、AIが単に既存データの分析に留まらず、未来の予測において人間の専門家集団を上回る成果を示した点です。VaxSeerは2つの機械学習モデルを組み合わせて機能しており、一つは将来のウイルス株の優勢性を予測する「ドミナンス予測モデル」、もう一つはワクチンと流行株の抗原マッチングを評価する「抗原性予測モデル」となっています。

最も興味深いのは、このシステムが従来の疫学手法とは根本的に異なるアプローチを採用している点です。WHOは過去の流行パターンや専門家の経験に基づいて判断しますが、VaxSeerはヘマグルチニンタンパク質の配列変異を深層学習で解析し、常微分方程式を用いてウイルスの動的な拡散をシミュレートします。この数学的モデリングにより、ウイルス間の競合関係まで考慮した予測が可能となっています。

実際の成果を見ると、H3N2株において10年中9年でWHOを上回るという圧倒的な精度を示しており、具体的な例として2016年のケースでは、VaxSeerが推奨したA/Michigan/45/2015株を、WHOは翌年になってようやく採用したという事実があります。これは6-9ヶ月という長いワクチン製造期間を考慮すると、極めて重要な時間的優位性です。

しかし、この技術にはいくつかの制約も存在します。現段階では免疫歴やワクチン製造方法といった複雑な要因は考慮されておらず、また学習データと大きく異なるワクチンに適用する際は追加検証が必要です。開発チームも、VaxSeerはWHOプロセスの代替ではなく補完ツールとして位置づけています。

この技術が実用化されれば、年間数百万人が感染し、数十万人が入院するインフルエンザの社会的負荷を大幅に軽減できる可能性があります。特に高齢者や免疫不全患者など、ハイリスク群への恩恵は計り知れません。また、AIによるワクチン株選定の成功は、新型コロナウイルスや将来の新興感染症への応用も期待されています。

規制面では、従来の承認プロセスにAI予測をどう組み込むかという新たな課題が生まれる一方で、より迅速で精確な意思決定が可能になれば、パンデミック対応の大幅な改善につながるでしょう。

【用語解説】

VaxSeer
マサチューセッツ工科大学(MIT)のコンピュータ科学・人工知能研究所(CSAIL)で開発されたAIシステム。インフルエンザワクチン株の選定において、従来のWHO手法を上回る精度を実現する機械学習モデルである。

ヘマグルチニン(HA)
インフルエンザウイルスの表面タンパク質の一つで、ウイルスが宿主細胞に結合する際に重要な役割を果たす。ワクチン開発における主要な標的抗原であり、ウイルスの抗原性を決定する重要な要素である。

カバレッジスコア
VaxSeerが算出するワクチンの有効性予測指標。将来流行するウイルス株に対して、特定のワクチン株がどの程度の保護効果を発揮するかを数値化したもの。0に近いほど良好な抗原マッチングを示す。

抗原性マッチング
ワクチンによって誘導される抗体が、実際に流行するウイルス株をどの程度中和できるかの適合性。マッチングが良好であるほど、ワクチンの有効性が高くなる。

常微分方程式(ODE)
数学的モデリング手法の一つで、VaxSeerではウイルス株間の競合関係や優勢性の時間的変化をシミュレートするために使用される。

タンパク質言語モデル
自然言語処理の技術をタンパク質配列の解析に応用したAI技術。アミノ酸配列のパターンを学習し、変異の組み合わせ効果を予測する。

【参考リンク】

MIT Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory (CSAIL)(外部)
マサチューセッツ工科大学最大の研究所で、VaxSeerを開発した機関

Nature Medicine(外部)
今回の研究が掲載された世界有数の医学研究誌、厳格な査読制度で有名

世界保健機関(WHO)(外部)
現在のインフルエンザワクチン株選定を担当する国際機関

【参考動画】

【参考記事】

MIT researchers develop AI tool to improve flu vaccine strain selection(外部)
MIT公式ニュースによる研究発表記事、具体的な数値データを詳細に記載

Influenza vaccine strain selection with an AI-based evolutionary and antigenicity model(外部)
Nature Medicine誌に掲載されたオリジナル研究論文、科学的根拠を詳細に提示

VaxSeer: Selecting influenza vaccines through evolutionary and antigenicity modeling(外部)
bioRxivに掲載された論文の詳細版、2016年の具体的事例を図表で提示

【編集部後記】

今回のVaxSeer研究を見て、皆さんはどう感じられますか?私たちが当たり前のように受けているインフルエンザワクチンが、実は「毎年のギャンブル」だったという現実に驚かれた方も多いのではないでしょうか。

この技術は、インフルエンザだけでなく、新型コロナウイルスの変異株対応や、将来の新興感染症への備えにも応用できる可能性があります。実際に、オーダーメイドがんワクチンの開発でも、AI技術が患者個人の細胞データを解析して最適な治療法を見つけ出すという画期的な成果が生まれています。

この分野の技術革新をどう捉えるか、日常生活にどんな変化をもたらすと思うか、ぜひコメントで教えてください。私たちも読者の皆さんと一緒に、テクノロジーの未来を考えていきたいと思います。

投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…