脊髄損傷を持つ2人のカナダ人男性が、米国外で初めてNeuralinkの脳インプラントを受けた。
トロント大学健康ネットワーク(UHN)は今週これを確認し、手術はトロント・ウエスタン病院で実施された。オンタリオ州とアルバータ州出身の30代前半の患者2人がアンドレス・ロザノ博士の指導下、2025年8月27日と9月3日に受けた。
両患者にはNeuralinkのデバイスTelepathyが埋め込まれ、思考だけでテクノロジー機器と相互作用することが可能となった。最初の患者は数分でカーソルをコントロールできるようになり、両者とも手術翌日に退院した。
患者は少なくとも1年間監視され、追加参加者も募集中である。
From: Neuralink expands beyond US with breakthrough brain … – Teslarati
【編集部解説】
今回のNeuralinkのカナダ進出は、医療技術の国際展開において画期的な転換点です。これまで米国のFDA規制の下でのみ実施されていた脳コンピューターインターフェース(BCI)の臨床試験が、初めて海外で承認・実行されたことは、同技術が国際的な医療標準として認知され始めたことを示しています。
特筆すべきは「数分以内」という驚異的な学習速度です。従来のリハビリテーション技術では、脳卒中患者が基本的な運動機能を回復するまでに数ヶ月から数年を要するのが一般的でした。Telepathyデバイスでは、1024個の電極が64本のスレッドに配置された高密度電極アレイにより、脳の運動野から直接信号を読み取り、AIが瞬時に解析・変換することでこの速度を実現しています。
しかし、技術的課題も残されています。2024年の初期臨床試験では、埋め込まれたスレッドの約85%が脳組織から後退し、データ伝送能力の大幅な低下が発生しました。この問題はソフトウェアアップデートで解決されたものの、長期的な機械的安定性については継続的な検証が必要です。
商業化への道筋も具体化しています。Neuralinkは2031年までに年間20,000人への埋め込み手術と年間収益10億ドルを目標に掲げており、現在のBCI市場規模61.6億ドル(2032年予測)において年平均成長率14.4%を大幅に上回る拡大を計画しています。
規制面では、米国FDAから「画期的デバイス(Breakthrough Device)」指定を受けており、視覚復元技術「Blindsight」とともに優先審査の対象となっています。カナダでの臨床試験「CAN-PRIME」は4年間の予定で実施され、最大4人の追加参加者を募集中です。
この技術の社会実装が進めば、脊髄損傷やALS患者の生活支援にとどまらず、パーキンソン病治療、視覚復元、さらには健常者の認知能力拡張まで応用範囲は広がる可能性があります。一方で、動物実験での安全性問題や、脳に恒久的デバイスを埋め込むことの倫理的懸念も指摘されており、医療界では慎重な議論が継続しています。
「Tech for Human Evolution」というinnovaTopiaの理念の下、この技術は人類の進化に寄与する可能性を秘めていますが、その実現には技術的完成度の向上と社会的合意の両方が不可欠でしょう。
【用語解説】
脳コンピューターインターフェース(BCI)
脳の神経信号を直接電子機器へ伝える技術。
脊髄損傷
運動や感覚機能が失われる神経疾患の一種。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
運動ニューロン障害により進行性筋力低下が生じる疾患。
Telepathy
Neuralinkの脳インプラント製品名。思考制御でコンピュータ操作が可能。
臨床試験
新医療技術や薬品の効果・安全性を患者対象に検証する試験。
電極スレッド
脳内で信号収集・伝送を担う極細導線。
FDA(米食品医薬品局)
アメリカの医薬品・医療機器の認可・規制機関。
【参考リンク】
Neuralink公式サイト(外部)
脳インターフェース技術の詳細やTelepathyについての最新情報を掲載している。
University Health Network公式サイト(外部)
トロントの医療・研究ネットワーク。最先端治療や臨床試験情報も充実。
Toronto Western Hospital公式ページ(外部)
UHN傘下の病院。高度医療・神経科学の専門施設として知られる。
【参考動画】
【参考記事】
CBC: Neuralink brain chip clinical trial(外部)
カナダでのNeuralink臨床試験の状況・技術内容・患者体験が詳細に記載されている。
AIinvest: Neuralink’s Expansion & Market Impact(外部)
Neuralinkの世界展開やBCI市場への影響・成長予測など数値情報が中心の分析記事。
Tech4HumanityLab: Telepathy技術考察(外部)
Telepathyの技術的概要や倫理面・社会的波及効果まで幅広く論じるコラム。
【編集部後記】
日々加速するテクノロジーの進化のなか、「思考だけで機械が動く」という未来がすぐそばまできています。Neuralinkの実験は、病や障がいを乗り越えるためだけでなく、私たちの暮らしの新しい可能性を広げています。
もし、脳で直接意思を伝えてみたい場面があれば、どんなシーンを思い浮かべますか?