オーストラリアのAUKUS原子力潜水艦計画が新技術による探知リスクに直面している。
The Guardian紙の2025年9月13日付記事によると、中国を中心とした潜水艦探知技術の急速な発展により、3680億オーストラリアドル規模のAUKUS計画の有効性に疑問が生じている。
オーストラリア潜水艦機関のJonathan Meadは原子力潜水艦を「海洋の頂点捕食者」と称したが、量子センシング、衛星追跡、AIを活用した探知技術の進歩が脅威となっている。
上海交通大学の研究チームは回転するプロペラから生じる電磁波を20km離れた場所から検出可能な海底センサーを開発したと報告した。中国航天科技集団はNATOのMAD-XRシステムと同等の感度を持つドローン搭載量子センサーシステムを開発したと発表している。
フリンダース大学のAnne-Marie Grisogono博士は2020年の報告書「Transparent Oceans」で2050年代までに原子力潜水艦が検出可能になると予測している。
AUKUS計画では2032年に最初のVirginia級潜水艦を取得し、2040年代前半に最初のオーストラリア建造潜水艦が就役予定である。
From: Billion-dollar coffins? New technology could make oceans transparent and Aukus submarines vulnerable
【編集部解説】
AUKUSを取り巻く技術的脅威の現実とは何でしょうか。この記事が指摘する問題の核心は、単なる技術の進歩というレベルを超えた、海洋における戦略バランスの根本的な変化です。
量子センシング技術の具体的な脅威について詳しく見てみましょう。中国航天科技集団が開発したドローン搭載型量子センサーシステムは、従来の光ポンピング磁力計(OPM)が持つ「ブラインドゾーン」問題を解決したとされています。南シナ海のような低緯度地域では、地球の磁場が海面とほぼ平行に走るため、従来のセンサーは効果が著しく低下していました。
このコヒーレント集団トラッピング(CPT)原子磁力計の検出精度は驚異的です。山東省威海沖での実証実験では、2.517ナノテスラ(nT)の検出精度を達成し、ノイズ補正後は0.849nTまで向上しました。これは一般的な冷蔵庫用磁石の約10億分の1という微細さで、潜水艦の金属船体や推進システムが引き起こす磁場の微細な変化を捉えることが可能です。
しかし、検出技術の進歩は中国だけの話ではありません。AI技術と組み合わせた分散型センサーネットワークの発展により、海洋監視は根本的に変化しつつあります。フリンダース大学のAnne-Marie Grisogono博士が指摘するように、単一の技術ではなく「安価な部品の適応メッシュ」による分散システムが、高価な軍事資産を無力化する可能性があります。
コスト面での懸念も深刻です。オーストラリア議会予算局の分析によると、よく引用される3680億オーストラリアドルのうち、実際のプロジェクト費用は2447億ドルで、残りの1229億ドル(50%)は予期せぬ事態への備えです。これは他の防衛プロジェクトの5-10%の予備費と比べて異例の高さで、プロジェクト自体のリスクの高さを物語っています。
潜水艦のステルス技術も進歩しています。無響タイル、機械振動の遮断システム、電磁シグネチャの最小化、熱シグネチャの分散など、多層的な対抗策が開発されています。しかし、これらの対抗技術の発展速度が探知技術の進歩に追いついているかは疑問視されています。
2020年の「Transparent Oceans」報告書は、2050年代までに海洋が透明化する可能性を75-90%と評価しました。この予測が正確であれば、オーストラリアが最初のSSN AUKUS艦艇を配備する時期と、海洋透明化の開始時期が重なることになります。
この状況が示唆するのは、従来の核抑止力の前提条件である「報復確証」の概念が根本的に見直しを迫られる可能性です。潜水艦の「見えない存在」という戦略的価値が失われれば、海洋における軍事バランスは大きく変わることでしょう。
技術革新のスピードを考慮すると、今後10-15年間で海洋戦略の根本的な再設計が必要になる可能性が高まっています。AUKUSプロジェクトの成否は、この技術的軍拡競争における時間との勝負になりそうです。
【用語解説】
量子センシング: 量子力学の原理を活用して従来技術を超える精度と感度で物理量を測定する技術。原子スケールの現象を利用し、磁場、電場、重力場などの微細な変化を検出可能である。
磁力計: 磁場の強さや方向を測定する装置。潜水艦探知においては、金属製潜水艦が引き起こす地球磁場の微細な歪みを検出する用途で使用される。
コヒーレント集団トラッピング(CPT): 原子の電子状態を制御して磁場測定を行う量子センシング技術の一種。従来の光ポンピング磁力計の限界を克服し、低緯度地域でも高精度測定が可能である。
MAD-XR システム: NATO諸国が使用する磁気異常検出システム。航空機搭載型で潜水艦の磁気シグネチャを探知する軍事技術である。
SSN AUKUS: AUKUS協定に基づき共同開発される次世代原子力攻撃潜水艦。英国とオーストラリアが共同で設計・建造を行う予定である。
無響タイル: 潜水艦の船体に貼付する特殊材料で、ソナー波を吸収・分散させてステルス性能を向上させる技術。
消磁: 潜水艦の磁気シグネチャを最小化する技術。電気的手法により船体の磁化を中和し、磁気探知を困難にする。
【参考リンク】
オーストラリア潜水艦機関(ASA)(外部)
オーストラリアの原子力潜水艦プログラムを統括する連邦政府機関。AUKUS計画の実施と監督を担当
Q.ANT GmbH(外部)
ドイツの量子技術企業。室温動作可能な高感度量子磁力計の開発・製造を手がけ20ピコテスラの検出精度を実現
英国政府 AUKUS情報ページ(外部)
英国政府によるAUKUS協定の公式情報提供サイト。三国間協定の詳細と進捗状況を掲載
【参考記事】
China Tests Drone-Mounted Quantum Sensor That Could Reshape Submarine Detection(外部)
中国航天科技集団のドローン搭載量子センサーシステムの詳細。南シナ海実証実験で2.517nTの検出精度を達成と分析
Does AUKUS Pillar I provide capability ‘bang for buck?’(外部)
シドニー大学米国研究センターによるAUKUS第1柱の費用対効果分析。3680億豪ドルの内訳と50%予備費設定を検証
Advances in detection technology could render AUKUS submarines useless by 2050(外部)
豪戦略政策研究所による2023年分析。量子センシング、AI、分散センサーネットワークにより2050年頃潜水艦ステルス性失われるリスク指摘
Transparent Oceans? The Coming SSBN Counter-Detection Task May Be Impossible(外部)
豪国立大学による2020年研究報告書。海洋透明化の可能性を75-90%と評価し2050年代核抑止力前提条件変化リスクを分析
China unveils drone-mounted quantum device for submarine detection in South China Sea(外部)
南華早報による中国量子探知技術詳細報告。威海沖実験でのコヒーレント集団トラッピング技術性能データと低緯度地域従来技術限界克服解説
【編集部後記】
この記事を読んで、皆さんはどう感じられたでしょうか。量子技術が軍事分野に応用される時代に私たちは生きています。一方で、この同じ技術が医療現場での脳磁図測定や、自然災害の早期検知、さらには日常生活に欠かせないGPS精度向上にも活用されています。
技術は中立ですが、その使われ方は私たちの選択次第です。皆さんは量子センシング技術に対してどのような期待や懸念をお持ちでしょうか。また、こうした軍事技術の発展が民生分野に与える影響についても、ぜひ一緒に考えてみませんか。SNSで皆さんの率直なご意見をお聞かせください。