11月4日、オンセミは縦型窒化ガリウム(vGaN)パワー半導体を発表した。この次世代GaN-on-GaNパワー半導体は、電流が化合物半導体を垂直方向に流れることで、高い動作電圧と高速なスイッチング周波数を達成する。
この技術で構築されたハイエンドパワーシステムは、損失を約50%低減することが可能である。市販の横型GaNと比較して、vGaNデバイスはサイズが約3分の1となる。
オンセミはニューヨーク州シラキュースの製造拠点で開発しており、基盤となるプロセス、デバイス設計、製造、システムイノベーションに関する130件以上のグローバル特許を保有している。
現在、700Vおよび1,200Vの両デバイスについてサンプルを準備中である。AIデータセンター、電気自動車、再生可能エネルギー、航空宇宙・防衛・セキュリティなどの分野での活用が見込まれる。
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オンセミ、縦型GaN半導体を発表:AIおよび電動化に向けた技術革新
【編集部解説】
半導体業界において、パワー半導体の効率化競争は新たな局面を迎えています。オンセミが発表した縦型窒化ガリウム(vGaN)技術は、単なる性能向上にとどまらず、AIと電動化が加速する現代社会におけるエネルギー制約という根本的な課題に対する解決策として位置づけられます。
従来のGaN半導体は、シリコンやサファイア基板の上にGaNを成長させる「横型構造」が主流でした。この構造では電流がチップの表面を横切るように流れます。一方、オンセミのvGaN技術は、GaN基板の上にGaNを成長させる「GaN-on-GaN」という独自のアプローチを採用しています。この構造では電流が垂直方向に流れるため、より高い電圧と大電流を効率的に処理できます。
技術的な優位性は明確です。横型GaNと比較して、vGaNデバイスはサイズが約3分の1に小型化されます。さらに、エネルギー損失を約50%削減できることから、発熱の抑制と冷却コストの低減が実現します。1,200ボルト以上の高電圧をモノリシックダイで処理できる能力は、従来の横型GaNでは実現困難だった領域です。
この技術が注目される背景には、AIデータセンターのエネルギー消費の爆発的増加があります。国際エネルギー機関(IEA)の推計では、2024年に世界のデータセンターは約415テラワット時の電力を消費しました。これは世界の電力消費の約1.5%に相当します。さらに深刻なのは、2030年までにこの数字が2倍以上の945テラワット時に達する見込みだという点です。
典型的なAIデータセンターは10万世帯分の電力を消費し、最大規模のものはその20倍にも達します。こうした状況下で、1ワットの節約さえも重要な意味を持ちます。オンセミのvGaN技術は、AIシステム向け800V DC-DCコンバーターにおいて部品点数を削減し、電力密度を向上させることで、ラック当たりのコストを大幅に改善できる可能性があります。
電気自動車市場においても、この技術の意義は大きいと言えます。より小型・軽量で高効率のインバーターを実現することで、EVの航続距離延長に貢献します。現在、EV市場は一時的な停滞期を迎えていますが、2026年以降の回復が予想されており、800V充電システムへの移行が加速すると見込まれています。
オンセミはニューヨーク州シラキュースの製造拠点で、基盤となるプロセス、デバイス設計、製造、システムイノベーションに関する130件以上の特許を保有しています。これは単なる数の問題ではなく、垂直統合された知的財産ポートフォリオを構築していることを意味します。現在、700Vおよび1,200Vのデバイスについてアーリーアクセス顧客向けにサンプル提供を開始しており、量産化への準備が進んでいます。
GaNパワー半導体市場全体は急成長しており、Yole Groupの予測では2024年の3億5500万ドルから年平均成長率42%で拡大し、2030年には約30億ドルに達する見込みです。この市場では、Infineon Technologies、Navitas、GaN Systems、Innoscienceなどが競合していますが、縦型GaN技術を大規模に市場投入できる企業は限られています。
一つの懸念材料は、GaN基板の製造コストと供給能力です。現在、バルクGaN基板は100mmサイズより大きなものが広く入手できず、これがvGaNデバイスのコストを押し上げています。しかし、オンセミは自社製造拠点を持つことで、この制約を克服しようとしています。
注目すべきは、この技術が単一の用途に限定されない汎用性を持つ点です。再生可能エネルギー、エネルギー貯蔵システム、産業オートメーション、航空宇宙・防衛など、多岐にわたる分野での応用が見込まれています。特に、高周波動作によってコンデンサーやインダクターなどの受動部品も小型化できるため、システム全体の小型化と軽量化が実現します。
長期的な視点では、この技術はシリコンカーバイド(SiC)との競合関係も形成します。SiCは超高電圧領域で優位性を持ちますが、オンセミのvGaNは1,200ボルト以上の電圧にも対応できるため、一部のアプリケーションでは代替となる可能性があります。さらに、GaNの方がスイッチング速度が速く、より高い周波数で動作できるという利点があります。
エネルギー効率は、もはや単なる技術的指標ではなく、競争力の通貨となっています。オンセミのDinesh Ramanathan氏が述べたように、「効率こそが進歩の度合いを測る新たなベンチマークとなっている」という認識は、業界全体で共有されつつあります。この文脈において、vGaN技術は次世代のパワーエレクトロニクスにおける重要なイネーブラーとなる可能性を秘めています。
【用語解説】
縦型窒化ガリウム(vGaN)
窒化ガリウム(GaN)基板上にGaNを成長させたパワー半導体。電流が垂直方向に流れる構造により、横型GaNと比較して高電圧動作、小型化、高効率化を実現する。
GaN-on-GaN技術
GaN基板の上にGaN層を成長させる技術。基板と成長層が同一材料であるため、格子定数と熱膨張係数が完全に一致し、結晶欠陥が少ない高品質なデバイスを製造できる。
横型GaN(ラテラルGaN)
シリコンやサファイア基板の上にGaNを成長させた構造。電流がチップの表面を横切るように流れる。現在市販されているGaNデバイスの主流だが、高電圧化には限界がある。
モノリシックダイ
単一の半導体基板上にすべての回路要素を集積したチップ。複数のチップを組み合わせる方式と比較して、小型化、高信頼性、低コスト化が可能である。
DC-DCコンバーター
直流電圧を別の直流電圧に変換する電力変換装置。データセンターや電気自動車など、異なる電圧レベルの電力供給が必要なシステムで広く使用される。
パワー半導体
電力の変換、制御、供給を行う半導体デバイスの総称。交流から直流への変換、電圧の昇降、スイッチング制御などを担う。
スイッチング周波数
パワー半導体がオン・オフを切り替える速度。高い周波数で動作できるほど、受動部品(コンデンサーやインダクター)を小型化でき、システム全体の効率が向上する。
熱膨張係数(CTE)
温度変化に伴う材料の膨張・収縮の度合い。異なる材料を組み合わせた場合、熱膨張係数の差が大きいと熱ストレスによるクラックや剥離が発生しやすくなる。
【参考リンク】
onsemi – Vertical GaN Technology(外部)
オンセミの縦型GaN技術に関する公式ページ。技術の詳細や応用分野についての情報を提供
オンセミ日本公式サイト(外部)
オンセミの日本語公式サイト。製品情報、技術資料、企業情報などが掲載されている
onsemi Vertical GaN Technology FAQ(外部)
縦型GaN技術に関するよくある質問をまとめた公式FAQ。技術的な疑問点を解消できる
【参考記事】
onsemi Unveils Vertical GaN Semiconductors(外部)
オンセミの公式プレスリリース。縦型GaN半導体の技術仕様、130件以上の特許、サンプル提供開始の詳細
Energy demand from AI – IEA(外部)
国際エネルギー機関による報告書。2024年のデータセンター電力消費415TWh、2030年945TWh予測など
Data centers are booming – NPR(外部)
典型的なAIデータセンターが10万世帯分の電力を消費し最大20倍に達する実態を報告
onsemi introduces vertical GaN – Charged EVs(外部)
電気自動車業界の視点からvGaN技術を解説。3倍小型化と約50%損失削減の具体的メリット
Power GaN device market growing at 42% CAGR(外部)
Yole Groupによる市場予測。2024年3億5500万ドルから年42%成長、2030年30億ドル到達見込み
Vertical GaN Advantages in the Industry(外部)
縦型GaN技術の優位性を技術的観点から解説。熱膨張係数の整合性、1,200V以上の高耐圧動作能力分析
Utilities grapple with AI data center power demand(外部)
2030年までにデータセンターだけで60GWの追加電力需要。イタリアのピーク需要に相当する規模
【編集部後記】
エネルギー効率が「競争力の通貨」となる時代が始まっています。オンセミの縦型GaN技術は、AIデータセンターの電力消費が都市レベルに達し、EVの航続距離がバッテリー容量だけでは決まらなくなった今、単なる技術革新を超えた意味を持ちます。私たちが日常的に使うChatGPTの一つ一つの応答も、裏側では膨大な電力を消費しています。この技術がどのように私たちの未来を形づくるのか、そしてエネルギー制約という21世紀最大の課題にどう向き合うべきか、皆さんはどのようにお考えでしょうか。
























