ダイソン、イチゴ収穫量2.5倍の垂直農業システム実用化へ|ロボット・AI活用で英国農業革新

 - innovaTopia - (イノベトピア)

ダイソンの創設者兼CEOジェームズ・ダイソンが、イギリス・リンカンシャー州キャリントンの温室で開発したハイブリッド垂直栽培システムのテストを最近完了したと発表した。このシステムは高さ5.5メートルの回転構造でイチゴを栽培し、従来の農法と比較して収穫量を2.5倍に向上させた。

2つのアルミニウム製リグは、それぞれ2台の2階建てバスを連結した長さを超える規模で、イチゴの植物トレイを回転させて最適な自然光を確保し、冬季の低照度時にはLEDライトで補完する。温室内では視覚センシングと物理的操作を使用するロボットが最も熟した果実を選別・収穫し、別のロボットがレール上を移動してUV光を照射してカビの発生を防ぐ。

ダイソン・ファーミングは2013年に開始され、イングランドの4つの郡で36,000エーカー(約14,570ヘクタール)の農地を運営している。

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文献リンクThis Dyson doesn’t suck … it grows

【編集部解説】

ダイソンの垂直農業システムは、単なる技術的な進歩を超えて、イギリスの農業構造そのものを変革しようとする試みです。特に注目すべきは、イギリスが冬期イチゴの90%を輸入に依存している現状に対し、年間を通じた国内生産を実現する技術的解決策を提示していることです。

この技術の核心は、高さ5.5メートルの回転システムによって植物の光合成効率を最大化する点にあります。従来の温室栽培では、植物の一部が日陰になることで光の利用効率が低下しますが、回転することで全ての植物が均等に自然光を受けられるようになります。これにより、従来比2.5倍の収穫量を実現していることは、技術的な優位性を示す重要な指標といえるでしょう。

しかし、垂直農業には深刻な課題が存在します。最も重要な問題はエネルギー消費量の多さです。業界データによると、垂直農業は1kgの農産物を生産するのに平均38.8kWhのエネルギーを消費し、これは従来の温室栽培の5.4kWhと比較して約7倍に相当します。LED照明、空調システム、水の循環システムなど、全て電力に依存するためです。

ダイソン・ファーミングの財務データを見ると、2023年の税引き前利益は520万ポンドです。なお、全投資額の正確な数値は公開されていませんが、これまでに相当な投資が行われています。これは通常の農業事業としては決して高い収益性とは言えず、長期的な事業継続性について疑問を投げかけています。

労働面での影響も見逃せません。視覚センシングを使用した収穫ロボットや、UV光照射を行う自動システムは、従来の農業労働者の役割を大きく変化させる可能性があります。一方で、システムの保守や監視といった技術的な職種への転換が必要となり、農村部での雇用構造の変化が予想されます。

環境面では、温室効果ガスの削減効果と高エネルギー消費というトレードオフが存在します。輸送距離の短縮は確実に排出量を削減しますが、電力源が化石燃料由来であれば、全体的な環境負荷は必ずしも改善されません。イギリスの再生可能エネルギー比率の向上が、この技術の真の環境効果を左右する重要な要素となっています。

この技術が農業政策に与える影響も考慮すべき点です。高度な技術システムを導入できる大規模事業者と、従来の手法に依存する小規模農家との間で、競争力の格差が拡大する可能性があります。また、食料安全保障の観点から、技術的な複雑さが増すことで、システム障害時のリスクも高まることが懸念されます。

長期的な視点では、この技術は農業の都市化を促進する可能性があります。土地や気候条件に左右されない生産システムが確立されれば、消費地により近い場所での食料生産が可能となり、農業の地理的制約を根本的に変革する可能性を秘めています。

【用語解説】

ハイブリッド垂直栽培システム(Hybrid Vertical Growing System)
高さ5.5メートルの回転構造を持つ農業システム。植物を垂直に配置し、回転させることで全ての植物が均等に光を受けられるようにする技術。

LED補光システム
自然光が不足する冬季や夜間に、LED照明を使用して植物に必要な光を供給するシステム。植物の光合成を促進し、年間を通じた栽培を可能にする。

視覚センシング技術
カメラやセンサーを使用して、イチゴの熟度や品質を自動的に判定する技術。ロボットが最適なタイミングで収穫を行うために使用される。

UV光照射システム
紫外線を植物に照射することで、カビの発生を防ぎ、作物の健康を維持するシステム。夜間に自動的に実行される。

循環型農業システム
農業廃棄物を再利用し、エネルギーや肥料として活用する持続可能な農業手法。ダイソン・ファーミングでは嫌気性発酵装置なども併用している。

【参考リンク】

Dyson Farming(外部)
ジェームズ・ダイソンが2012年に設立した農業事業会社の公式サイト

Dyson公式サイト – 農業技術(外部)
ダイソンの農業技術に関する公式情報ページ

xFarm Technologies(外部)
ダイソン・ファーミングと技術提携したデジタル農業管理企業

【参考動画】

James Dyson reveals the future of farming
ダイソン公式チャンネルが公開したハイブリッド垂直栽培システムの紹介動画。ジェームズ・ダイソン自身が技術の詳細を説明している。(2分56秒)

How Dyson Farming produces British strawberries in Winter
ダイソン公式チャンネルによる冬季イチゴ栽培の解説動画。年間1,200トンの生産について紹介している。(1分42秒)

【参考記事】

Dyson Farming increases profit to £5.2m in 2023(外部)
ダイソン・ファーミングの2023年財務実績と事業規模について

Vertical Farms Have The Vision, But Do They Have The Energy?(外部)
垂直農業のエネルギー消費問題について詳しく分析した記事

Dyson’s vertical farming revolutionizes strawberry growth(外部)
ダイソンの垂直農業システムの技術的詳細について

【編集部後記】

この技術を見て、皆さんはどのような未来を想像されるでしょうか。ダイソンの垂直農業システムは確かに画期的ですが、高いエネルギー消費や初期投資の課題も抱えています。

私たちの食卓に並ぶ食材が、今後どのように変わっていくのか。従来の農業と最新テクノロジーの融合は、果たして本当に持続可能な解決策となるのでしょうか。

皆さんがお住まいの地域でも、このような技術革新が食料生産に与える影響について、ぜひ一緒に考えてみませんか。テクノロジーの進歩と私たちの生活がどう結びついていくのか、引き続き注目していきたいと思います。

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乗杉 海
新しいものが大好きなゲーマー系ライターです!

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