グローバル・メタンハブは2025年9月10日、Time2Grazeプロジェクトを発表した。このプロジェクトは35の組織が参加し、衛星技術を活用してラテンアメリカとアフリカの放牧地ベース畜牛農業の最適化とメタン削減を目指す世界初の大規模国際的取り組みである。
プロジェクトではSentinel-2衛星が5日ごとに10×10メートル解像度で牧草バイオマスデータを取得し、農家にほぼリアルタイムの牧草地レベル推定値を提供する。
世界資源研究所がリモートセンシングデータシステムを主導し、国際熱帯農業センター、ウルグアイ国立農業研究所、WWFが農家向け意思決定支援ツールを開発する。
7か国で115の農場内試験サイトが設置される。畜産からのメタン排出の80%がグローバルサウスから発生しており、飼料の消化性を10%改善するだけでメタン排出を最大20%削減できるという。
メタンはCO2の86倍の温暖化効果を持つが大気中での寿命が短く、削減により大気中メタンは10年で劇的に減少する可能性がある。
From: Space tech explores a new dimension in methane mitigation
【編集部解説】
Time2Grazeプロジェクトは、従来の作物監視とは異なる画期的なアプローチを採用しています。Sentinel-2衛星による10×10メートル解像度での5日ごとのデータ取得は、これまで農業分野で実現されていない精密度を持っています。これは単なる技術革新ではなく、グローバルな気候変動対策における戦略的転換点と言えるでしょう。
メタンがCO2の86倍の温暖化効果を持ちながら大気中での寿命が短いという特性は、この技術の重要性を物語っています。従来の畜産業界では、牧草の栄養価を正確に把握することが困難でした。農家は経験と勘に頼って放牧タイミングを決定していたのが現状です。
しかし、Time2Grazeが提供する意思決定支援ツールは、この状況を根本的に変革します。近年の研究では、Sentinel-2衛星データと機械学習アルゴリズムの組み合わせが、牧草地のバイオマス推定において有効性を示していることが実証されています。これにより、農家は最適な放牧タイミングを科学的根拠に基づいて決定できるようになります。
プロジェクトのポジティブな側面として、生産性向上と環境負荷削減の同時実現が挙げられます。飼料の消化性を10%改善するだけでメタン排出を20%削減できるという数値は、小さな改善が大きな環境効果をもたらすことを示しています。また、115の農場内試験サイトでの「グランドトゥルース」データ収集により、衛星画像を実際の牧草量に変換するアルゴリズムの精度向上が期待されます。
一方で、潜在的なリスクも存在します。高解像度の衛星技術は小規模農場での効果が限定的な場合があります。特に0.1ヘクタール未満の極小規模農場では、Sentinel-2の10メートル解像度では十分な精度が得られない可能性があります。また、地域特有の牧草種や気候条件への技術適応には時間を要するでしょう。
このプロジェクトは規制面でも重要な意味を持ちます。各国の気候戦略にメタン強度推定値を統合することで、国際的な温室効果ガス削減目標の達成に向けた具体的な測定・報告・検証(MRV)システムの構築が可能になります。これは今後の国際気候協定における畜産業の位置づけに大きな影響を与える可能性があります。
【用語解説】
Time2Graze
2025年に開始された世界初の衛星技術を活用した放牧最適化プロジェクト。ラテンアメリカとアフリカの畜産業におけるメタン排出削減を目的とする。
Sentinel-2衛星
欧州宇宙機関(ESA)が運用する地球観測衛星。可視光・近赤外域において10×10メートル解像度で5日ごとに地球全体を撮影し、13の分光バンドを持つマルチスペクトルイメージャーを搭載している。
腸内メタン(enteric methane)
反芻動物の消化過程で発生するメタンガス。牛などの家畜が草を消化する際に腸内発酵により生成される温室効果ガスである。
グランドトゥルース(ground truth)
衛星画像解析の精度を確保するため、現地で実際に測定したデータ。衛星データをアルゴリズムで実際の牧草量に変換する際の基準値となる。
バイオマス
生物由来の有機物の総量。この文脈では牧草地に存在する草の総重量を指す。衛星データから推定され、放牧管理の重要な指標となる。
【参考リンク】
Global Methane Hub(外部)
世界初のメタン削減特化慈善団体。エネルギー・農業・廃棄物の3分野でメタン排出削減プロジェクトに資金提供
European Space Agency – Sentinel-2(外部)
欧州宇宙機関運用のSentinel-2衛星公式サイト。高解像度マルチスペクトル地球観測ミッション詳細
Global Methane Pledge(外部)
155か国以上署名の国際メタン削減協定。2030年までメタン排出30%削減目標の政策プラットフォーム
【参考記事】
The Global Methane Hub launches international project(外部)
Time2Grazeプロジェクト公式発表。35組織参加、115農場試験サイト設置など具体的実施体制を詳述
Can new satellite project boost grazing efficiency(外部)
AgTechNavigator詳細分析。飼料消化性10%改善でメタン排出20%削減など具体的数値報告
Satellites help farmers find grazing sweet spot(外部)
開発援助専門メディアDevex報告。対象国拡大と畜産業メタン削減の戦略的重要性を解説
【編集部後記】
この衛星技術による放牧革命は、私たちの食卓と地球環境を繋ぐ新しい物語の始まりかもしれません。普段口にする牛肉や乳製品が、遥か上空の衛星データによって最適化された放牧から生まれる日が来るなんて、まさに未来の農業ですよね。でも同時に、技術の恩恵を受けられる農家と受けられない農家の格差が生まれる可能性も気になります。
みなさんは、この技術が本当に世界の小規模農家にまで届くと思いますか?そして、私たち消費者がこの取り組みを支援できる方法があるとしたら、どんなことを想像されるでしょうか。