Last Updated on 2025-03-21 14:13 by admin
NASA宇宙飛行士のニック・ヘイグ、スニ・ウィリアムズ、バッチ・ウィルモア、およびロスコスモスの宇宙飛行士アレクサンドル・ゴルブノフが搭乗したCrew-9ミッションは、2025年3月18日に国際宇宙ステーション(ISS)を出発し、フロリダ沖に無事着水した。ウィリアムズとウィルモアにとっては286日間の宇宙滞在を終えることとなった。
ウィリアムズとウィルモアは2024年6月6日、ボーイング・スターライナー宇宙船の最初の有人試験飛行でISSに到着したが、「災厄のカプセル」と呼ばれた同船の問題により、カプセルは無人で地球に返送され、2人はCrew-9の一員となった。ヘイグとゴルブノフは2024年9月29日にISSに到着し、4人は2025年3月18日にISSを出発した。
この帰還をめぐり、アメリカのドナルド・トランプ大統領と実業家イーロン・マスクが政治的な発言を行った。トランプは1月の投稿で、マスクに「事実上放棄された」宇宙飛行士を「回収するよう」指示したと主張した。しかし実際には、宇宙飛行士たちはすでにCrew-9/Crew-10の交代の一環として帰還する予定だった。
NASAの一部では、ミッション計画の仕組みを説明し誤解を正すのではなく、政権の主張に沿う姿勢を見せている。米国宇宙軍のXアカウントも、Crew-9とCrew-10に関する混乱した情報を投稿するなど、誤情報が広がっている状況である。
なお、Crew-10は2025年3月14日に打ち上げられ、NASA宇宙飛行士のアン・マクレーン、ニコール・エアーズ、JAXA(日本宇宙航空研究開発機構)宇宙飛行士の大西卓哉、ロスコスモスの宇宙飛行士キリル・ペスコフが搭乗している。
from:Crew-9 splashes down while NASA floats along with Trump and Musk nonsense
【編集部解説】
NASAのCrew-9ミッションの無事帰還は、宇宙探査の成功という側面だけでなく、宇宙開発における政治的な側面も浮き彫りにした事例として注目に値します。
まず、この事案の背景を整理しておきましょう。ウィリアムズとウィルモア両宇宙飛行士は当初、ボーイング・スターライナーの初の有人テスト飛行として短期間のミッションを予定していました。しかし、スターライナーの技術的問題により、彼らは予定外の長期滞在を余儀なくされたのです。
複数の報道によれば、NASAは2024年8月の時点で、ウィリアムズとウィルモアをCrew-9の一員として帰還させる計画を立てていました。これは国際宇宙ステーション(ISS)の米国管理部分を適切に人員配置するための通常の運用計画の一部でした。
しかし、この状況がトランプ大統領とイーロン・マスク氏によって政治的に利用されたことが、今回の事態の特異点です。トランプ氏は「バイデン政権が宇宙飛行士を放棄した」と主張し、自身がマスク氏に救出を指示したかのような発言を行いました。
興味深いのは、NASAという通常は超党派的な科学機関が、こうした政治的主張に対して明確な反論を避け、むしろ同調する姿勢を見せたことです。これは宇宙開発における政治と科学の境界線の曖昧さを示しています。
技術的な観点から見ると、宇宙飛行士の帰還は複雑な計画と準備を要する作業です。SpaceXのCrew Dragonを使った「救出ミッション」は理論的には可能だったかもしれませんが、数億ドルのコストと運用上の混乱を招いたでしょう。
実際には、Crew-10の打ち上げが予定通り行われ、Crew-9の帰還も計画に沿って実施されました。元記事によれば、NASAの内部では、Crew Dragon宇宙船を切り替える決定はトランプ氏のマスク氏への要請の後に行われたという立場をとっているようです。
この事例は、宇宙開発が純粋な科学的・技術的な営みではなく、政治的な影響を強く受ける分野であることを改めて示しています。特に現在の政治状況において、宇宙ミッションの「成功」が政治的アピールとして利用される構図は注目に値します。
また、民間企業であるSpaceXとボーイングの対比も興味深いポイントです。ボーイングのスターライナーが技術的問題を抱える一方、SpaceXのCrew Dragonは信頼性の高い宇宙船として機能しています。この対比は、宇宙開発における民間企業の役割と競争の重要性を示唆しています。
今後の宇宙開発においても、技術的な成功と政治的な文脈の両方を理解することが、私たちが宇宙ニュースを読み解く上で重要になるでしょう。宇宙は最後のフロンティアであると同時に、地球上の政治的駆け引きの舞台でもあるのです。
宇宙飛行士自身は「放棄された」という表現に反発しており、長期ミッションは彼らの仕事の一部だと述べています。彼らの視点からすれば、政治的な論争よりも、ミッションの科学的成果や安全な帰還の方が重要だったことでしょう。
このような事例は、テクノロジーの進化と政治の関係性について考えさせられる機会を私たちに提供しています。最先端技術の成果が、時に政治的なレトリックによって異なる文脈で語られることがあるという現実を、私たちは批判的に読み解く必要があるのかもしれません。
【用語解説】
NASA(米国航空宇宙局): アメリカの宇宙開発を担当する政府機関。日本のJAXAに相当する。
SpaceX(スペースX): イーロン・マスクが2002年に設立した民間宇宙企業。再利用可能なロケットの開発で宇宙輸送コストを大幅に削減し、宇宙産業に革命をもたらした。
ボーイング・スターライナー: ボーイング社が開発した有人宇宙船。NASAの商業有人宇宙船プログラムの一環として開発されたが、技術的問題により遅延を繰り返している。
Crew Dragon(クルードラゴン): SpaceXが開発した有人宇宙船。現在、国際宇宙ステーション(ISS)への主要な輸送手段となっている。
ISS(国際宇宙ステーション): 地球の低軌道を周回する有人宇宙施設。アメリカ、ロシア、日本、欧州、カナダの国際協力で運用されている。
ロスコスモス: ロシアの宇宙機関。
【参考リンク】
NASA公式サイト(外部)
NASAの最新ミッション情報、宇宙探査プログラム、科学研究などの情報を提供している。
SpaceX公式サイト(外部)SpaceXのロケット、宇宙船、打ち上げ情報などを掲載している企業サイト。
ボーイング公式サイト(外部)ボーイング社の航空機、宇宙船、防衛システムなどの情報を提供している。
【参考動画】
【編集部後記】
宇宙開発の裏側には、技術的挑戦だけでなく政治的な側面も存在します。皆さんは宇宙ニュースを読む際、どのような視点で情報を捉えていますか? 純粋な科学的成果として?それとも国家間の競争や政治的文脈も含めて? 宇宙という最後のフロンティアは、私たち人類の未来を映す鏡でもあります。宇宙飛行士たちの活動や各国の宇宙開発戦略から、これからの社会や技術の在り方について考えるきっかけになれば幸いです。