NASAは2025年7月25日、トランプ政権が実施する「繰延辞任プログラム(DRP)」により約3,870人の職員を失うと発表した。NASA報道責任者のシェリル・ワーナーが記者への電子メールで明らかにした。DRPは参加者を合意した退職日まで有給の管理休暇に置く制度で、政府支出削減の一環として実施されている。
第1段階では2025年2月の応募締切で約870人(職員の4.8%)が参加を選択した。第2段階では2025年7月25日深夜の締切で約3,000人(職員の16.4%)が参加した。この3,000人にはDRPに加えて、自発的早期退職権限と自発的離職インセンティブ・プログラムの参加者も含まれる。
通常の自然減員約500人と合わせ、NASAの職員数は現在の約18,000人から2026年1月9日までに約14,000人まで削減される見込みで、DRPと関連プログラムによる削減率は約21%に達する(通常の自然減員500人を含む)。トランプ政権は2026年度予算でNASA予算を24%削減し、科学予算をほぼ半分に削減することを提案している。
約300人のNASA科学者が「ボイジャー宣言」に署名し、予算削減への抗議を表明している。
From: NASA losing nearly 4,000 employees to Trump administration’s ‘deferred resignation’ program
【編集部解説】
今回のNASAの大規模人員削減は、単なる政府予算削減を超えた深刻な問題を抱えています。宇宙開発における技術継承の観点から見ると、この事態は極めて憂慮すべき状況と言えるでしょう。
NASAのような高度技術機関では、熟練エンジニアや科学者が長年にわたって蓄積してきた知識とノウハウが組織の財産となっています。アポロ計画時代から続く技術的な知見や、現在進行中のアルテミス計画に関わる専門知識が、人員流出とともに失われるリスクが高まっています。
特に注目すべきは、志願制の買収プログラムのため、優秀な人材ほど民間企業への転職を選択しやすいという構造的な問題です。結果的に組織にとって重要な人材が流出する可能性が高く、NASA内部の技術力低下は避けられない状況となっています。
この人員削減が宇宙開発競争に与える影響も無視できません。中国が2030年までの有人月面着陸を目指し、SpaceXなどの民間企業が急速に技術力を向上させる中で、NASAの競争力低下は避けられない状況です。
一方で、この危機は宇宙産業全体の構造変化を加速させる可能性もあります。NASA退職者の多くが民間宇宙企業に移籍すれば、民間セクターの技術力向上につながり、結果的にアメリカの宇宙産業全体の底上げになるかもしれません。
長期的には、この人員削減がアメリカの宇宙開発における官民のバランスを大きく変える転換点となる可能性が高いと考えられます。
【用語解説】
繰延辞任プログラム(DRP:Deferred Resignation Program)
職員を合意した退職日まで有給の管理休暇に置く制度。政府支出削減の一環として実施され、参加者は即座に業務を離れるが給与は退職日まで支給される。
自発的早期退職権限(VERA:Voluntary Early Retirement Authority)
連邦政府職員が通常の退職年齢に達する前に退職できる制度。年金受給資格を満たした職員が対象となる。
自発的離職インセンティブ・プログラム(VSIP:Voluntary Separation Incentive Program)
連邦政府が職員の自主退職を促すために金銭的インセンティブを提供する制度。一時金が支給される場合が多い。
アルテミス計画
NASAが主導する月面探査プログラム。2020年代後半の有人月面着陸を目指し、持続可能な月面基地建設を最終目標としている。
ボイジャー宣言
NASA科学者らが予算削減に抗議するために署名した声明文。1977年に打ち上げられた惑星探査機ボイジャーにちなんで命名された。
【参考リンク】
NASA(アメリカ航空宇宙局)(外部)
アメリカの宇宙開発を担う政府機関。現在約18,000人の職員を擁する大規模組織である。
ジェット推進研究所(JPL)(外部)
NASAの研究機関の一つ。約5,500人の職員が在籍している。
【参考記事】
Trump’s 2026 budget would slash NASA funding by 24% and its workforce by nearly one third(外部)
トランプ政権が2026年度予算でNASA予算を24%削減し、職員を3分の1近く削減することを提案している内容を詳述した記事。
Nearly 300 NASA scientists sign Voyager Declaration to protest Trump space science budget cuts(外部)
約300人のNASA科学者がボイジャー宣言に署名し、トランプ政権の宇宙科学予算削減に抗議していることを報告した記事。
【編集部後記】
今回のNASAの大規模人員削減は、宇宙開発の未来を大きく左右する出来事です。技術力の継承や民間企業との競争力バランスなど、様々な課題が浮き彫りになっています。
みなさんは、この人材流出が日本の宇宙開発にどのような影響を与えると思われますか?また、JAXAや民間宇宙企業にとって、NASAの優秀な人材を獲得するチャンスとも捉えられるでしょうか?
宇宙開発における官民のバランスや国際競争の行方について、ぜひみなさんのご意見をお聞かせください。