Last Updated on 2025-07-28 09:58 by 荒木 啓介
Starcloudは2024年12月に1,100万ドル、2025年2月に1,000万ドルを調達し、総額2,100万ドルでSpaceXライドシェア打ち上げによる軌道データセンター実証を計画している。
構想では4 km×4 km、5 GWの太陽光パネルと多数のコンテナ型計算モジュールを使用する。軌道到達には秒速7.8 kmの加速が必要で、市販サーバーは振動で破損するため宇宙仕様への改造が不可欠である。技術者派遣費用はLEOで最低2人・1人あたり2,000万〜5,000万ドル。
2025年のNASA論文は太陽嵐でStarlink衛星が早期機能停止した事例を報告した。宇宙デブリ連鎖衝突(ケスラー症候群)もリスクとなる。
From: Orbital datacenters subject to launch stress, nasty space weather, and expensive house calls
【編集部解説】
打ち上げ時の大加速度と振動に耐える宇宙仕様サーバー開発は、現行データセンター機器の設計思想を根底から見直す作業です。米ヒューレット・パッカード・エンタープライズがISSで行うSpaceborne Computer計画は1U級サーバーを対象としていますが、Starcloudが目指すコンテナ級ラックは桁違いの熱密度を抱えます。宇宙真空は放熱先が限定されるため、ラジエーター面積の確保と流体ループの冗長化が必須になります。
宇宙天気の影響も深刻です。2025年3月26日に公表された論文では、同年2月の質量放出イベントがStarlink衛星43機を早期廃棄に追い込みました。キャリントン級では3 mm厚アルミ遮蔽後で10 krad超の線量が想定され、半導体の累積耐性を上回るおそれがあります。システムレベルのフォールトトレランスと自己修復機構が要件化するでしょう。
SpaceX Starshipは2025年5月27日までに9回飛行し、4回は主要目標を達成しました。完全再使用ロケットの打ち上げ単価低減が進む一方、現状でも大型機材の輸送費は1 kgあたり2,000ドル規模で、ODC本体だけで数億ドルに達します。
一方、防衛向けセンサーデータ即時解析、月面産業基地の制御、SAR衛星データ前処理など、地球帰還を待てない用途では小型ODCが現実解となりつつあります。Axiom SpaceとRed Hatは2025年春にISSへAxDCU-1を打ち上げ、Linuxベースのエッジ処理を評価する予定です。段階的な小規模実証を積み重ねることで、将来の大規模ODCへの技術的階段が築かれると見込まれます。
国際宇宙法上、衛星は打ち上げ国の管轄下に置かれるため、軌道データセンターは事実上の「宇宙データ駐在公館」となります。データ主権を巡る国家間交渉や、宇宙ゴミ除去を義務化する新しい保険スキームの設計が、今後の規制議論を左右するでしょう。
【用語解説】
Starcloud
Y Combinator出身の宇宙データセンター開発スタートアップ。2024年12月と2025年2月に計2,100万ドルを調達し、4km×4km・5GWソーラーパネルによる軌道データセンター構想を推進。
軌道データセンター(ODC)
低地球軌道など宇宙空間に設置するデータ処理施設。
低地球軌道(LEO)
地表160〜2,000 kmの軌道領域。通信遅延が短い。
ケスラー症候群
宇宙デブリ衝突が連鎖的に増える理論。
キャリントン事象
1859年の最大級太陽嵐。
合成開口レーダー(SAR)
雲や夜間でも撮影できる高解像度レーダー。
Y Combinator
米スタートアップアクセラレーター。
【参考リンク】
Starcloud(外部)
Y Combinator出身の宇宙データセンター開発スタートアップ。4km×4km・5GWソーラー構想を推進。
Starcloud White Paper(外部)
Starcloudの軌道データセンター構想を示すホワイトペーパー。太陽光発電、冷却、モジュール構成など技術詳細を掲載。
OrbitsEdge(外部)
宇宙対応データセンターモジュールを開発する米フロリダの企業。
Axiom Space(外部)
商業宇宙ステーション「Axiom Station」を建設し、AxDCU-1実証を計画。
Red Hat(外部)
オープンソース基盤のエンタープライズLinuxを提供し、宇宙エッジ実証に協力。
SpaceX(外部)
Starshipによる再使用ロケットで軌道輸送コスト低減を目指す。
Lonestar Data Holdings(外部)
月面データ保全サービス「RaaS」を開発する米企業。
【参考記事】
SpaceX reached space with Starship Flight 9 launch, then lost control(外部)
2025年5月27日のStarship Flight 9の結果と再使用状況を詳報。
HPE Spaceborne Computer-2 Launches to ISS(外部)
宇宙空間でのサーバー運用実証データを提供。
【編集者のつぶやき:Starcloud社のWPの内容についてざっくり解説】
【ホワイトペーパーの主要内容】
基本構想
Starcloudは軌道上でのAI訓練が地上よりも効率的であると主張しています。主な理由として:
- 太陽からの24時間連続電力供給
- 宇宙の真空による効率的な熱放散
- 地上の電力網制約からの解放
技術仕様
ソーラーアレイ: 4km×4kmの巨大太陽光パネル、総発電容量5GW
配電システム: HVDC(高電圧直流)による効率的な電力分配
冷却システム: 二相冷却と展開可能ラジエーターによる熱管理
コンピューティングモジュール: 海上コンテナサイズの計算ユニット群
経済性の主張
- 地上データセンターの電力コスト(kWhあたり約10セント)に対し、軌道上では太陽光による「無料」電力
- 冷却コストの大幅削減(地上DCの消費電力の30-40%が冷却)
- スケール効果により1GW級施設でコスト競争力を実現
展開計画
- Phase 1: 60kgの実証衛星(2025年夏予定)
- Phase 2: 1MW級パイロット施設
- Phase 3: 1GW級商用施設
- Phase 4: 5GW級大規模展開
【技術的課題への言及】
ホワイトペーパーでは以下の課題についても触れています:
放射線対策: 3層遮蔽システム(アルミニウム外殻、電磁遮蔽、内部冗長化)
軌道力学: 高度500-600kmのSSO(太陽同期軌道)を選択し、デブリ密度の低い領域を活用
通信システム: レーザー通信による高速データリンク(10Gbps以上)
【現実性の検証】
楽観的な想定
- SpaceX Starshipによる劇的な打ち上げコスト削減(現行の1/100を想定)
- 完全自律運用による人的介入ゼロ
- 10年間の無故障運用を前提とした投資回収計算
見落とされがちなリスク
- 宇宙天気による予期しないダウンタイム
- マイクロメテオライトによる太陽光パネル劣化
- 軌道修正燃料の長期確保
【編集部後記】
Starcloudのホワイトペーパーを読み込んでいて感じたのは、この構想が単なる「宇宙版データセンター」を超えた、人類の計算能力に対する根本的な問い直しだということです。
確かに技術的課題は山積しています。4km×4kmの巨大構造物を軌道上で組み立てる複雑さ、キャリントン級宇宙嵐への対応、1人5000万ドルという現地メンテナンス費用—これらは決して軽視できない現実的制約です。しかし、それでも私たちが注目すべきは、彼らが描いているビジョンの先にある可能性ではないでしょうか。
60kgの実証衛星から始まる段階的アプローチには、確実な技術蓄積への意志を感じます。防衛センサーデータの即時解析、SAR画像の軌道上処理—これらの特定用途での成功が、やがて私たちの想像を超える新しいコンピューティング体験を生み出すかもしれません。
宇宙という無限のキャンバスに、人類の知的活動を拡張していく。その第一歩を踏み出そうとする企業や研究者たちの挑戦を、私たちはどのような視点で見守っていけばよいのでしょうか?みなさんが考える「宇宙時代のコンピューティング」について、ぜひお聞かせください。未来は、私たち一人ひとりの想像力の中にあるのですから。