NASAの月面原子炉「核分裂型月面動力システム」が始動。2030年、人類は“月の夜”を克服するか。

[更新]2025年8月17日04:21

 - innovaTopia - (イノベトピア)

NASAは月面に原子炉を設置する計画を前進させ、産業界の関心を測るため情報提供依頼(RFI)を公開した。関心を持つ関係者は8月21日までに意思を登録する必要がある。ショーン・ダフィーNASA長官代理の指示に基づくこの計画は、2030会計年度第1四半期までの打ち上げ準備完了を目標とする。「核分裂型月面動力システム」と名付けられた原子炉の仕様は、質量15メートルトン未満、最低出力100kWeで、クローズド・ブレイトンサイクル動力変換システムを利用する。この出力は国際宇宙ステーション(ISS)を賄う規模に相当する。米国クリーブランドのNASAグレン研究センターに所属するスティーブ・シナコア氏は、これが月経済と将来の火星探査を可能にするための一歩であると述べた。

From: 文献リンクReckon you can put a nuclear reactor on the Moon?

【編集部解説】

今回のNASAによる月面原子炉設置に向けた動きは、人類の宇宙進出が新たなフェーズへと移行する、極めて重要な一歩と言えるでしょう。これは単なる発電所の建設計画ではなく、人類が地球外で持続的に活動するための「エネルギー主権」を確立しようとする試みなのです。 

なぜ今、月で「原子力」なのでしょうか。その最大の理由は、約14日間も続く「月の夜」と、太陽光が全く届かない「永久影」の存在です。太陽光発電はクリーンで実績も豊富ですが、日照がなければ機能しません。これまでの短期的な探査ミッションではバッテリーで乗り切れましたが、恒久的な基地の建設や資源採掘といった長期活動には、昼夜を問わず安定して大電力を供給できる電源が不可欠となります。 

記事にある「核分裂型月面動力システム」は、この課題に対するNASAの答えです。これまで宇宙探査で使われてきた「原子力電池(RTG)」とは根本的に異なります。RTGが放射性物質の崩壊熱を直接電気に変えるのに対し、核分裂炉は核分裂反応で発生した熱でタービンを回して発電します。その出力はRTGの数百倍から数千倍にも達し、記事の通り100kWeという電力は、国際宇宙ステーション(ISS)の全電力を賄えるほどの規模。これは月面に小規模な街のインフラを築くのに匹敵するエネルギー量です。 

この技術が実現すれば、月面での活動は飛躍的に拡大します。例えば、永久影に存在するとされる氷を採掘し、水や呼吸用の酸素、さらにはロケットの推進剤となる水素を生成できます。これは月を、火星やさらに遠い深宇宙への「中継基地」へと変える可能性を秘めています。まさに、月面経済圏(Lunar Economy)の幕開けを告げるエネルギー革命と言えるでしょう。 

もちろん、ポジティブな側面だけではありません。宇宙空間、特に打ち上げ時における核物質の取り扱いには、極めて高度な安全対策が求められます。万が一の事故が地球環境に与える影響も考慮せねばならず、技術的なハードルは依然として高いのが現実です。アポロ13号の事例(※)が示すように、過去の経験に基づいたフェイルセーフ設計が成功の鍵を握ります。
※編集部注:アポロ13号では、事故により月着陸は断念されましたが、月着陸船に搭載されていたプルトニウム燃料の容器は、大気圏再突入の衝撃に耐え、計画通り太平洋の深海へ安全に投棄されました。 

NASAが今回、産業界に広く意見を求めている点も注目に値します。また、このプロジェクトはNASA単独ではなく、原子炉開発の知見を持つエネルギー省(DOE)と緊密に連携して進められています。これは、宇宙開発が官民連携、そして省庁の垣根を越えた国家的な取り組みへと進化していることの証左です。

【用語解説】

クローズド・ブレイトンサイクル (Closed Brayton Cycle)

熱を仕事に変換する熱力学サイクルの一種。気体を密閉された系(クローズド・ループ)内で圧縮・加熱・膨張・冷却を繰り返すことでタービンを回し発電する。宇宙空間のような真空環境でも作動し、効率が高いのが特徴である。 

放射性同位体熱電気転換器 (RTG)

「原子力電池」とも呼ばれる動力源。プルトニウム238などの放射性同位体が自然に崩壊する際に発生する熱を、ゼーベック効果を利用して直接電力に変換する。可動部がなく長寿命で高い信頼性を誇るが、出力は比較的小さい。 

kWe (キロワット電力)

発電設備の電気出力を示す単位であり、”kilowatt electrical”の略。原子炉が生み出す熱エネルギーの総量を示す熱出力 (kWt) と区別するために用いられる。100kWeは、100キロワットの電力を生成する能力があることを示す。 

情報提供依頼 (RFI)

“Request For Information”の略。政府機関などが事業計画の策定や入札仕様の決定に先立ち、民間企業などから関連情報や意見、技術的な提案などを収集するために発行する文書である。 

永久影 (Permanently Shadowed Regions)

月の極域に存在するクレーターの底など、太陽光が数十億年にわたって全く当たらない領域を指す。極低温のため、水の氷が存在する可能性が高いと考えられており、将来の月面基地における貴重な資源として注目されている。

【参考リンク】

  1. NASA (アメリカ航空宇宙局)(外部)
    米国の宇宙開発を担う機関。アルテミス計画を主導し、月面原子炉開発もその一環。
  2. NASA – Fission Surface Power(外部)
    NASAの核分裂型月面動力プロジェクト公式サイト。目的や技術概要、最新情報を掲載。
  3. NASAグレン研究センター(外部)
    オハイオ州にあるNASAの研究拠点。航空宇宙の動力・電力技術を専門とする。
  4. アメリカ合衆国エネルギー省 (DOE)(外部)
    米国のエネルギー政策を管轄。原子力技術の知見を活かしNASAの重要なパートナーとなる。

【参考動画】

【参考記事】

  1. Fission Surface Power(外部)
    NASA公式。エネルギー省(DOE)と提携し、月での実証と将来の火星応用を目指す。
  2. Demonstration Proves Nuclear Fission System Can Provide Space Exploration Power(外部)
    先行プロトタイプ「Kilopower」の成功を報じるNASA発表。月の夜を克服する技術。
  3. National Strategy for Space Nuclear Power and Propulsion(外部)
    米国の宇宙原子力に関する国家戦略。宇宙での優位性維持に不可欠と位置づけている。

【編集部後記】

「月面に原子炉」と聞くと、壮大なSFの世界を思い浮かべた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、この記事が示すのは、人類が地球という揺りかごを離れ、本格的に宇宙で活動を始める未来がすぐそこまで来ているという事実です。

エネルギーの制約から解放された月面で自由に何かを創造できるとしたら、新たな資源開発、壮大な科学実験、あるいは全く新しいエンターテインメントが生まれる可能性を秘めています。


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