イーロン・マスクが2025年9月10日、SpaceXによるEchoStarからの170億ドルの無線スペクトラム取得を受けて、All-Inポッドキャストで発言した。
マスクはStarlinkが家庭用インターネットサービスとモバイルを組み合わせ、接続のワンストップショップになる可能性があるとした。
Verizonの買収についても「可能性がないわけではない」と述べた。SpaceXは軌道上の8,140基の衛星のうち657基を直接携帯通信用に使用している。残りはStarlinkのインターネットサービス用である。
新スペクトラムにより衛星から携帯電話へ直接高帯域幅接続が可能になるが、携帯電話のハードウェア変更が必要で、約2年かかるとマスクは推定している。
7月にSpaceXはT-Mobileとパートナーシップを開始し、T-Satelliteサービスでは現在SMSテキスト送信が可能で、来月にはAccuWeather、AllTrails、WhatsApp、Xなどのサードパーティアプリでのデータサポートに拡張予定である。
Wave7 Researchのジェフ・ムーアはStarlinkの役割を大手キャリアのサポートと分析した。
From: Elon Musk Says Starlink Could Replace Your Cellphone Carrier
【編集部解説】
SpaceXによる170億ドルという巨額のスペクトラム取得は、通信業界における根本的な変革の始まりを意味しています。従来の携帯電話サービスは地上の基地局に依存していましたが、Starlinkが提案する「宇宙の基地局」というコンセプトは、物理的インフラの制約を超越する可能性を秘めています。
技術的な側面を詳しく見ると、今回取得されたAWS-4とH-blockスペクトラムは2000-2020MHz、2180-2200MHz、1915-1920MHz、1995-2000MHzの周波数帯域で、これらは5G通信に最適化された帯域です。SpaceXは現在657基の直接携帯通信用衛星を運用していますが、新たなスペクトラムにより通信容量を100倍に拡大できると発表しています。
この技術が実現すれば、地震や台風などの災害時に地上インフラが破壊されても通信が維持される可能性があります。日本のような災害多発国にとって、この冗長性は極めて重要な意味を持ちます。また、過疎地域や海上、山間部といった従来の携帯電話サービスでは採算が合わない地域でも、衛星経由で安定した通信サービスを提供できます。
ただし、課題も少なくありません。イーロン・マスク氏が言及した通り、既存の携帯電話には新しいスペクトラムに対応するチップセットが必要で、完全な移行には約2年を要すると予想されています。これは消費者にとって新たな端末への買い替えを意味し、コスト負担の問題が生じます。
規制面では、各国の電波法や通信事業法への対応が必要になります。特に日本では総務省による免許制度があり、Starlinkが本格的な携帯電話サービスを提供するには複雑な規制クリアが求められるでしょう。
さらに注目すべきは、マスク氏のVerizon買収への言及です。これが実現すれば、衛星通信企業が既存の通信キャリアを吸収するという前例のない業界再編が起こる可能性があります。現在のT-Mobileとの協力関係も、将来的な買収への布石と見ることもできます。
長期的な視点では、この動きは「通信の民主化」を加速させる可能性があります。地理的制約や経済格差による通信格差の解消、そして災害に強い通信インフラの構築は、まさに人類の持続可能な発展を支える革新的技術の具現化と言えるでしょう。
【用語解説】
AWS-4スペクトラム(2000-2020MHz、2180-2200MHz)
元々モバイル衛星サービス(MSS)用に割り当てられた周波数帯域で、地上系通信と異なり直接携帯通信(D2C)サービスの「黄金帯域」とされる。地上の基地局と干渉せずに衛星から携帯電話に直接通信できる特性がある。
H-blockスペクトラム(1915-1920MHz、1995-2000MHz)
5G通信に最適化された中周波数帯域で、高速データ通信と広域カバレッジの両立が可能。従来の地上波通信では基地局密度に制約があったが、衛星通信では全球的なカバレッジを実現できる。
直接携帯通信(Direct-to-Cell、D2C)
従来の基地局を経由せず、衛星から携帯電話に直接通信する技術。SpaceXは衛星を「宇宙の基地局」と表現し、標準的なスマートフォンで利用可能な点が特徴である。
低軌道衛星(LEO: Low Earth Orbit)
高度550km付近を周回する衛星で、従来の静止衛星(36,000km)と比較して大幅な低遅延(30-50ms)を実現する。衛星の移動により生じるドップラーシフトはソフトウェア定義無線機(SDR)で補正される。
T-Satellite
T-MobileとSpaceXが2025年7月23日に開始した商用衛星通信サービス。現在はSMS送信が可能で、2025年10月にはサードパーティアプリでのデータ通信に対応予定。
【参考リンク】
SpaceX(外部)
イーロン・マスクが設立した宇宙開発企業。Starlink衛星インターネットサービスを運営し、現在8,140基以上の衛星を軌道上に展開している。
Starlink(外部)
SpaceXが運営する衛星インターネットサービス。家庭用から企業用まで幅広いサービスを提供し、Direct-to-Cellサービスも展開している。
Starlink Direct To Cell(外部)
標準的なスマートフォンで利用可能な衛星直接通信サービスの公式ページ。技術仕様や対応エリア情報を提供している。
T-Mobile Satellite Phone Service(外部)
T-MobileとStarlinkが提携したT-Satelliteサービスの公式ページ。料金プランやサービス詳細を掲載している。
【参考記事】
SpaceX buys wireless spectrum from EchoStar in $17 billion deal(外部)
SpaceXが2025年9月8日に発表した170億ドルでのEchoStarスペクトラム取得について、取引の詳細と市場への影響を報告。
SpaceX expands Starlink satellite network with $17bn EchoStar deal(外部)
アルジャジーラによる取引分析で、新スペクトラムにより携帯ネットワーク容量を100倍以上拡大できると報告。
SpaceX scoops up EchoStar spectrum for $17B(外部)
取引の詳細構造として、85億ドルの現金と85億ドルのSpaceX株式による支払い構成を報告。
Huge significance of EchoStar’s AWS-4 spectrum sale to SpaceX(外部)
IEEE通信学会による技術解説で、AWS-4帯域がD2Cサービスの「黄金帯域」である理由と影響を分析。
【編集部後記】
今回のSpaceXの動きは、私たちの日常の通信体験が根本から変わる可能性を示しています。山間部や海上でも、災害時でも途切れることのない通信が当たり前になる未来を想像できるでしょうか。一方で、既存の通信キャリアにとっては大きな変革の時期を迎えることになりそうです。
みなさんは、衛星から直接携帯電話に通信が届くこの技術に、どんな期待や不安を感じますか。また、通信インフラが宇宙ベースになることで、私たちの生活やビジネスはどう変化していくと思われるでしょうか。ぜひ、この技術革新がもたらす未来について一緒に考えてみませんか。