SpaceXは現在、1日に約2.6機のStarlink衛星を大気圏で燃焼させており、この数は今後増加する見込みだ。
ハーバード大学の天体物理学者ジョナサン・マクダウェルは、Starlinkをはじめとする低軌道コンステレーションが計画通り数万機規模に達すれば、大気圏に再突入する衛星の数は現在から劇的に増加すると予測している。Starlink衛星は600キロメートル以下の低軌道で運用され、スラスターで軌道を下げて大気圏で燃焼させる方式を採用している。マクダウェルは、計画中の3万機のうち1パーセントが軌道上で故障しても300機となり、ケスラー症候群を引き起こす可能性があると指摘した。
米国海洋大気庁によると、成層圏のエアロゾル粒子の約10パーセントにロケットや衛星由来のアルミニウムや希少金属が含まれており、この数値は最大50パーセントまで増加する可能性がある。マクダウェルは、上層大気への影響が不透明であることに懸念を表明している。
From: Starlink burns up one to two satellites a day – The Register
【編集部解説】
このニュースは、宇宙開発の新時代における予期せぬ環境問題を浮き彫りにしています。Starlinkが1日に約2.6機という頻度で衛星を意図的に大気圏で燃焼させている事実は、私たちが想像する以上のスピードで宇宙インフラが「消費財化」していることを示しています。
注目すべきは、ケスラー症候群という従来から懸念されてきたスペースデブリ問題とは別に、大気圏そのものへの影響という新たな環境リスクが浮上している点です。成層圏のエアロゾル粒子の10パーセントがすでに衛星由来の金属を含んでおり、これが50パーセントまで上昇する可能性があるという米国海洋大気庁のデータは衝撃的といえます。
マクダウェル氏が「上層大気を焼却炉として使用している」と表現したように、私たちは知らず知らずのうちに大規模な実験を行っているのかもしれません。特に懸念されるのは、オゾン層を含む成層圏への長期的影響が科学的に未解明である点です。研究結果が「問題にならない」から「すでに終わっている」まで幅広く分かれているという現状は、リスク評価の難しさを物語っています。
一方で、Starlink自体は能動的な衝突回避システムを持ち、600キロメートル以下という比較的低い軌道を選択することで、制御不能なデブリ化のリスクを最小限に抑えています。むしろマクダウェル氏が警告するのは、600~1,000キロメートルの高度帯、特に中国が計画する1,000キロメートル以上のコンステレーションです。この高度では大気抵抗による自然な軌道減衰に数世紀を要するため、廃棄計画なしに衛星が故障すれば、文字通り永続的な障害物となってしまいます。
この問題が示唆するのは、宇宙開発における環境アセスメントの枠組みが現実に追いついていないという事実です。地上の環境規制と同様に、軌道環境と大気環境の両面から包括的な国際ルールの策定が急務となっています。
【用語解説】
ケスラー症候群
地球軌道上でスペースデブリ同士が衝突し、その破片がさらなる衝突を引き起こすという連鎖反応が発生する現象。NASAの科学者ドナルド・ケスラーが1978年に提唱した理論で、一度始まると制御不能となり、特定の軌道帯が衛星運用に使用不可能になる可能性がある。
低軌道(Low Earth Orbit / LEO)
地球表面から高度160~2,000キロメートルの範囲にある軌道。大気抵抗の影響を受けやすく、衛星は定期的に軌道修正が必要となる。通信遅延が少ないため、Starlinkのような通信衛星コンステレーションに適している。
コンステレーション
特定の目的のために協調して動作する複数の衛星群。Starlinkは数万機規模の衛星を配置し、地球全体をカバーする通信ネットワークを構築している。
【参考リンク】
Starlink(SpaceX)(外部)
SpaceXが運営する衛星インターネットサービス。低軌道に配置された数千機の小型衛星により、世界中で高速インターネット接続を提供している。
Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics(外部)
ジョナサン・マクダウェル氏が所属する天体物理学研究機関。宇宙観測と理論研究を行い、衛星追跡データベースの管理でも知られている。
NOAA(米国海洋大気庁)(外部)
米国の大気、海洋、気象に関する研究と観測を行う政府機関。衛星再突入による大気への影響についての調査も実施している。
Amazon Kuiper(外部)
Amazonが開発中の衛星インターネットサービス。Starlinkと同様に低軌道に衛星コンステレーションを構築し、グローバルなブロードバンド接続を提供する計画。
【参考記事】
Starlink’s Approach to Satellite Demisability(外部)
衛星の持続可能性と、地上へのリスクをなくすための安全な再突入に関するSpaceX社の公式見解
Thousands of Falling Satellites Put the Atmosphere at Risk(外部)
耐用年数を終えた数千の人工衛星が、大気圏で燃え尽きる際に放出する汚染物質について警鐘を鳴らす科学者たちのレポート
【編集部後記】
夜空を見上げたとき、私たちの頭上を飛び交う無数の人工衛星を意識されたことはあるでしょうか。innovaTopiaでは以前、宇宙ゴミの増加がもたらす衝突リスクについて警鐘を鳴らす記事「宇宙ゴミの増加がもたらす未来への警鐘」 をお届けしました。
当時は衛星同士の衝突が主な懸念点でしたが、今回の記事は、衛星を「焼却炉」として利用することによる大気圏への化学的な影響という、さらに踏み込んだ問題を提起しています。便利なインターネットの裏側で、毎日1〜2機の衛星が燃え尽きているという事実。技術の進歩がもたらす恩恵と、私たちがまだ知り得ていない環境リスクとのバランスをどう取るべきか。この問いは、ますます深まっているように感じます。皆さんは、この進化し続ける課題について、どのようにお考えになりますか?ぜひご意見をお聞かせください。