10月31日【今日は何の日?】「バチカンがガリレオ裁判の誤りを認める」ー私たちは何を信じすぎているのか?

 - innovaTopia - (イノベトピア)

1992年10月31日、バチカン

1992年10月31日。バチカンの「王の間(Sala Regia)」——システィーナ礼拝堂への入り口にある、豪華な装飾に彩られた会議室——に、20人の枢機卿が集まりました。教皇ヨハネ・パウロ2世が、ある重要な発表を行うためです。

その日、教皇は語りました。ガリレオ・ガリレイに対する1633年の教会の断罪は、「痛ましい誤解(painful misunderstanding)」であり、「悲劇的な相互誤解(tragic mutual incomprehension)」だったと。地球が太陽の周りを回ると主張したガリレオは正しかった。そして教会は、359年間、間違っていた。

この日が重要なのは、単に宗教的な謝罪があったからではありません。それは、人類史上最も強力な組織の一つが、「私たちは確信していたが、間違っていた」と認めた瞬間だからです。しかし、ここで私たちが問うべきは別のことかもしれません。私たちは今、何を信じすぎているのでしょうか?

1633年、見えるものと信じるもののあいだで

1610年1月7日の夜、ガリレオ・ガリレイは自作の望遠鏡で木星を観察していました。そして彼は、木星の近くに3つの小さな光点を発見します。数日後、彼はこれらが木星を周回する衛星であることに気づきました。1610年9月からは、金星が月のように満ち欠けすることも観測しました。

これらは単なる観測事実でした。望遠鏡を覗けば、誰でも見ることができる現象です。しかし当時の人々にとって、「見えるもの」と「信じられるもの」の間には、巨大な溝がありました。

木星の周りを回る衛星の存在は、「すべての天体は地球の周りを回る」という天動説と矛盾しました。金星の満ち欠けは、プトレマイオスの地球中心モデルでは説明不可能でした。人々は言いました。「悪魔の仕業だ」「望遠鏡が目を欺いている」と。

1632年、ガリレオは『天文対話』を出版しました。地動説を「仮説」として扱うという条件で教会から許可を得ていましたが、内容は明らかに地動説を支持するものでした。1633年4月、ガリレオはローマの異端審問所に召喚されます。彼は70歳近く、病を抱えた老人でした。

6月22日、判決が下されました。「異端の疑いが極めて濃厚」。ガリレオは跪き、自らの生涯の業績の多くを撤回する声明を読み上げさせられました。刑罰は終身刑でしたが、翌日には自宅軟禁に減刑されました。彼は1642年、軟禁されたまま生涯を終えます。

なぜ、真実を見ても信じられないとき、私たちは何を見ているのでしょうか?

地動説がもたらした認知革命

地動説は、単なる天文学の修正ではありませんでした。それは、人類の自己認識を根底から揺るがす「認知革命」だったのです。

「地球は宇宙の中心ではない」——この事実が意味するのは、物理的な配置の変更だけではありません。それは「人間は特別な存在ではない」という、耐え難い真実でした。神が創造した宇宙の中心に置かれた特別な被造物としての人間。その世界観が、望遠鏡という小さな筒によって崩壊したのです。

19世紀の生理学者エミール・デュ・ボア=レイモンは、1882年のダーウィン追悼演説でこう語りました。「コペルニクスは地球を取るに足らない惑星へと格下げすることで、人間中心的理論に終止符を打った」と。後に精神分析の創始者フロイトは、この考えをさらに発展させます。

フロイトは1917年の論文で、人類のナルシシズムが科学から受けた「3つの重大な打撃」について語りました。第一の打撃はコペルニクス——地球は宇宙の中心ではない。第二の打撃はダーウィン——人間は動物の子孫であり、特別な創造物ではない。そして第三の打撃は精神分析——自我は自分の家の主人ではなく、無意識に支配されている。

人類は段階的に、自らの「中心性」を剥奪されてきました。そして私たちは今も、この「脱中心化」のプロセスの途中にいます。

私たちはまだ、何かの「中心」だと思い込んでいないでしょうか?

359年という時間——誤りを認めることの困難さ

では、なぜ教会は359年もの時間を必要としたのでしょうか?

それは単なる頑固さや無知ではありませんでした。1757年には地動説の書物は禁書目録から削除され、1835年にはガリレオの『天文対話』も解禁されています。教会は科学的事実を、少しずつ受け入れていました。

しかし、公式に「誤りだった」と認めることは、まったく別の問題でした。それは権威の問題であり、プライドの問題であり、何より「世界観の崩壊」を認めることでした。組織は、個人よりも誤りを認めることが困難です。なぜなら組織の正当性そのものが、「正しさ」の上に築かれているからです。

1979年11月10日、教皇ヨハネ・パウロ2世はアインシュタイン生誕100周年記念演説で、ガリレオ事件の再調査を呼びかけました。1981年7月3日、委員会が設立されます。そして1992年10月31日、11年の調査を経て、公式な声明が発表されました。

ヨハネ・パウロ2世という教皇だからこそ、この決断ができたのかもしれません。彼は哲学の博士号を持ち、科学に深い理解を示した教皇でした。彼は1948年にローマのアンジェリクム大学で哲学の博士号を、1953年にはクラクフのヤギェウォ大学で神学の博士号を取得していました。科学と信仰が対立する必要はない——彼はそう信じていました。

しかし、それでも359年かかりました。

今、私たちが認めたくない「誤り」は何でしょうか?

2025年、私たちの確信

さて、ここで振り返ってみましょう。1633年の人々は、自分たちが「信じすぎている」とは思っていませんでした。地球が宇宙の中心にあることは、聖書にも、日常の経験にも、学問的権威にも裏付けられた「明白な事実」でした。

では、2025年の私たちはどうでしょうか?

私たちは今、いくつかのことを「疑いようのない事実」として信じています。例えば:

AIに意識はない——これは現代の科学者の大半が同意する見解です。しかし「意識」の定義すら、私たちは完全には理解していません。50年後、100年後の人類は、「2025年の人々は、機械に意識がないと信じていたが、それは測定方法を知らなかっただけだった」と言うかもしれません。

経済成長は続く——現代の経済システムは、永続的な成長を前提としています。しかし有限の惑星で、無限の成長は可能なのでしょうか?

人間には自由意志がある——しかし神経科学は、私たちの「決断」が意識に上る前に脳内で既に決定されていることを示しています。

科学的方法そのもの——科学は真実へ到達する最良の方法です。しかしそれ自体も、一つのパラダイム、一つの認識の枠組みではないでしょうか?

これらを「間違っている」と言っているのではありません。重要なのは、確信と真実の間には、常にズレがあるということです。そして、そのズレを私たちは、どう扱うべきなのでしょうか?

ガリレオの時代、望遠鏡を覗いた人々の多くは、木星の衛星を「見ても信じませんでした」。今の私たちも、何かを「見ても信じていない」のかもしれません。あるいは逆に、「見えないものを盲信している」のかもしれません。

確信は人間にとって必要です。しかし確信しすぎることが、真実を遠ざけます。

真実の勝利には時間がかかる

ガリレオの真実は、彼の死後350年経って公式に認められました。しかし考えてみれば、真実は最初から真実だったのです。木星の衛星は1610年から木星を周回していましたし、地球は1633年以前も以後も太陽の周りを回り続けていました。

時間が証明するのは真実そのものではなく、私たちの認識の遅れです。

バチカンの声明から33年が経った2025年、教会と科学の関係は大きく変化しました。2025年1月28日、バチカンは人工知能(AI)に関する公式文書を発表し、「技術の進歩は神の創造計画の一部である」としながらも、人間の尊厳を守る責任について論じています。科学と信仰の対話は続いています。

しかし、これで終わりではありません。300年後の人類は、2025年の私たちの何を「遅れている」と見るのでしょうか?私たちが今「常識」と思っていることの中で、未来の人類が首を傾げるものは何でしょうか?

答えは、私たちにはわかりません。もしわかっていたら、もう今すぐ変えているはずですから。

問い続ける勇気

1992年10月31日、バチカンは「私たちは間違っていた」と言いました。359年の遅れは嘆くべきことかもしれません。しかし、認めたこと自体は希望です。

なぜなら、それは人類が「完璧ではない」ことを認める勇気を持てることを示しているからです。誤りを認められる社会、組織、個人こそが、進化できます。

ガリレオ裁判が私たちに教えるのは、「正しさ」の危うさです。17世紀の教会は正しいと確信していました。21世紀の私たちも、何かについて正しいと確信しています。しかし、どちらの確信も、完璧ではないかもしれません。

重要なのは、答えを持つことではなく、問い続けることです。

あなたが今、疑いなく信じていることは何ですか?それは、本当に疑いようがないほど確かでしょうか?私たちは、「わからない」と言える勇気を持っているでしょうか?

1992年10月31日、バチカンは実質的に「わからなかった」「間違っていた」と言いました。その謙虚さこそが、人類を前進させます。

私たちは今、何を信じすぎているのでしょうか?——この問いを忘れないこと。それこそが、ガリレオが望遠鏡を通じて私たちに残した、最も重要な遺産なのかもしれません。


【Information】

参考リンク

ヨハネ・パウロ2世の1992年演説(原文) https://www.pas.va/en/magisterium/saint-john-paul-ii/1992-31-october.html 教皇がガリレオ事件について語った完全な演説。科学と信仰の関係についての深い考察が含まれています。

ガリレオの観測:NASAによる解説 https://science.nasa.gov/solar-system/galileos-observations-of-the-moon-jupiter-venus-and-the-sun/ ガリレオの望遠鏡観測と、それが現代天文学に与えた影響についての詳細な解説。

スタンフォード哲学百科事典:ガリレオ・ガリレイ https://plato.stanford.edu/entries/galileo/ ガリレオの科学的業績と教会との対立について、学術的に詳細な記述。

バチカンとAIに関する2025年文書 https://www.vatican.va/roman_curia/congregations/cfaith/documents/rc_ddf_doc_20250128_antiqua-et-nova_en.html 現代におけるバチカンの科学技術に対する姿勢を示す最新文書。

用語解説

地動説(Heliocentrism) 太陽が宇宙(太陽系)の中心にあり、地球を含む惑星が太陽の周りを公転しているとする説。16世紀にコペルニクスが体系的に提唱し、ガリレオの観測によって裏付けられました。

天動説(Geocentrism) 地球が宇宙の中心にあり、太陽や惑星、星々が地球の周りを回っているとする説。古代ギリシャのプトレマイオスが体系化し、中世ヨーロッパでは聖書の解釈とも結びついて広く信じられていました。

異端審問(Inquisition) 中世から近代にかけてカトリック教会が設置した、異端を取り締まる裁判制度。ガリレオが裁かれたのはローマの異端審問所です。

コペルニクス的転回(Copernican Revolution) 二つの意味で使われます。(1)天文学における地動説への転換。(2)哲学者カントが用いた比喩で、「対象が認識に合わせるのではなく、認識が対象を構成する」という認識論の転換を指します。

パラダイムシフト(Paradigm Shift) 科学哲学者トーマス・クーンが提唱した概念。科学における基本的な枠組み(パラダイム)が根本的に変化すること。地動説への転換はその代表例です。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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