Ankerに経産省が初の行政指導、モバイルバッテリー52万台リコール|サプライチェーンの安全性はどう担保されるのか

 - innovaTopia - (イノベトピア)

アンカー・ジャパンは2025年10月21日、モバイルバッテリー「Anker PowerCore 10000」(製品型番A1263)およびBluetoothスピーカー「Soundcore 3」(製品型番A3117)、「Soundcore Motion X600」(製品型番A3130)、会議用スピーカー「Anker PowerConf S500」(製品型番A3305)の計4製品について自主回収を発表した。

対象販売期間は2022年12月から2025年10月21日。日本国内で特定製品の発火事象が発生し、調査の結果、セル製造を委託しているサプライヤーの製造工程において特定時期に電極体切断時の異物処理が適切に行われず、電池セル内に異物が混入した可能性が判明した。使用時に内部短絡が発生する可能性があるため回収を決定した。

経済産業省によると、本件に関する重大製品事故報告は41件に上る。同社は該当サプライヤーとの契約を終了し、他のセル製造サプライヤーへの管理体制強化を進めている。対象製品はシリアルナンバーによる確認が可能である。

From: 文献リンク【アンカー・ジャパン】Ankerグループ4製品に関するお詫びと自主回収のお知らせ

【編集部解説】

今回のアンカー・ジャパンによる自主回収は、単なる製品不具合のニュースではありません。グローバルサプライチェーンの品質管理という構造的課題、そして急成長する中国系テック企業のガバナンス問題を象徴する出来事として、私たちは注目すべきです。

経済産業省は今回、販売事業者への初の行政指導としてアンカー・ジャパンに対し、リチウムイオン蓄電池を搭載する全製品の総点検と、製造・品質管理体制の報告を求めました。背景には、同社が2019年7月以降に実施した8回にわたるリコールがあり、その累計は約100万台に上ります。今回の52万台を加えると、市場に流通した不具合製品は150万台規模となり、これは一企業の問題を超えた社会的な安全性の課題といえます。

重大製品事故の報告が41件に達している点も見逃せません。リチウムイオン電池の内部短絡(ショート)による発火は、家屋火災や人身事故につながる深刻なリスクです。電極体の切断時に発生する微細な異物の混入という製造工程上の問題は、一見すると技術的なミスに思えますが、実はサプライチェーンの監視体制の不備を浮き彫りにしています。

アンカーは2024年の日本市場でモバイルバッテリーの販売台数シェア32.3%を占める国内最大手です。同社製品は「コストパフォーマンスが高く信頼できる」という評価を得てきましたが、その裏側では複数のサプライヤーから調達したバッテリーセルを使用しており、品質管理の複雑さが増していました。

興味深いのは、Ankerが2025年6月に実施したサプライヤーの刷新です。同社は問題のあったApex(Wuxi)との契約を終了し、AppleやSamsungにバッテリーを供給する業界最大手のAmperex Technology Limited(ATL)と戦略的パートナーシップを締結しました。初回発注分として4,500万個のリチウムイオンバッテリーを調達する計画で、これは単なるサプライヤー変更ではなく、品質を最優先する戦略転換を意味します。

ATLはリチウムイオン電池業界で「ゴールドスタンダード」と呼ばれる存在です。厳格な品質管理プロセスと先進的な電池技術で知られ、世界トップクラスのスマートフォンメーカーが採用しています。Ankerがコスト重視からプレミアム品質重視へと舵を切ったことは、今回の一連のリコールが同社に与えた危機感の大きさを物語っています。

しかし、ここで考えるべきは「なぜこのような事態が繰り返されるのか」という本質的な問いです。中国の越境EC企業として急成長を遂げたAnkerは、スピード重視の経営文化と長期的な品質投資の間で揺れてきました。2025年3月には主要な技術責任者が北京チーム全体を引き連れて退職するなど、組織内部の戦略的一貫性の欠如も指摘されています。

この問題はAnkerに限りません。リチウムイオン電池を搭載する製品は、モバイルバッテリーからポータブル電源、電動工具、さらには電気自動車まで、私たちの生活に深く浸透しています。中国国営メディアCCTVによれば、2025年だけで旅客機内においてモバイルバッテリーが発火または煙を出す事案が15件報告されており、規制強化は喫緊の課題です。

経産省の行政指導は、単にAnkerを罰するものではなく、業界全体の品質管理を底上げする狙いがあると考えられます。国内で流通するモバイルバッテリーの大半は海外製であり、ネット通販では粗悪品が流通するケースも少なくありません。今回の措置は、他の販売事業者にも品質管理の徹底を促す警告となるでしょう。

消費者の視点から見れば、「安価で高性能」というだけでは不十分だということです。製品選びにおいては、メーカーの品質管理体制、過去のリコール履歴、使用されているバッテリーセルのサプライヤーまで、より深い情報を求める必要があります。

一方で、Ankerの対応には評価すべき点もあります。問題発覚後の迅速なリコール実施、サプライヤーの刷新、そして消費者への積極的な情報公開は、危機管理の模範といえます。ATLとの提携により、今後発売される製品の安全性は大きく向上することが期待されます。

この事案は、私たちに重要な教訓を与えています。テクノロジーの進化は人類の生活を豊かにしますが、その恩恵を享受するには、製造から流通、使用に至るまでのあらゆる段階で安全性を担保する仕組みが不可欠です。グローバル化したサプライチェーンにおいて、一つの工程のミスが数十万、数百万の消費者に影響を及ぼす時代だからこそ、企業のガバナンスと規制当局の監視強化がより重要になっています。

【用語解説】

リチウムイオン電池(リチウムイオンバッテリー)
リチウムイオンを電解質に用いた二次電池(充電可能な電池)。高エネルギー密度と軽量性が特徴で、スマートフォンやモバイルバッテリー、電気自動車など幅広い製品に使用されている。ただし、ショートが発生すると発熱・発火のリスクがあり、製造時の品質管理が極めて重要である。

内部短絡(ショート)
電池内部でプラス極とマイナス極が異常に接続される現象。電極間を隔てるセパレーター(絶縁膜)に異物が混入したり損傷したりすることで発生し、急激な発熱や発火の原因となる。

電池セル
バッテリーを構成する最小単位の電池。モバイルバッテリーなどは複数の電池セルを組み合わせて構成されている。品質の良否が製品全体の安全性を左右する。

サプライチェーン
原材料の調達から製造、流通、販売に至るまでの一連の供給網。グローバル化により複雑化しており、各段階での品質管理が課題となっている。

重大製品事故
消費生活用製品の使用に伴い、消費者の生命または身体に対する重大な危害が発生した、または発生するおそれがある事故。消費生活用製品安全法により、事業者は経済産業省への報告が義務付けられている。

ATL(Amperex Technology Limited)
香港に本社を置く世界最大級のリチウムイオン電池メーカー。Apple、Samsung、Huaweiなど世界トップクラスのテック企業にバッテリーを供給しており、業界で「ゴールドスタンダード」と評価される品質管理体制を持つ。

越境EC(クロスボーダーEコマース)
国境を越えたオンライン取引。中国企業が海外市場に製品を直接販売するケースが増加しており、Ankerもこのビジネスモデルで成長した代表的企業である。

【参考リンク】

アンカー・ジャパン 製品回収情報ページ(外部)
対象製品のシリアルナンバー確認と回収申込ができる公式ページ

経済産業省 製品安全ガイド(外部)
製品リコール情報や安全に関する最新情報を提供する経産省公式サイト

Anker公式サイト(外部)
モバイルバッテリー、充電器、オーディオ製品などを展開する同社の公式サイト

消費者庁 リコール情報サイト(外部)
各種製品のリコール情報を横断的に検索できる消費者庁運営のデータベース

Amperex Technology Limited (ATL) 公式サイト(外部)
Ankerの新バッテリーサプライヤーであるATLの企業情報と技術紹介ページ

【参考記事】

Anker、バッテリーなど約52万台自主回収 経産省が指導 – 日本経済新聞(外部)
経産省が販売事業者への初の行政指導を実施し全製品総点検を要請

発火事故多発のモバイルバッテリー販売、中国企業の日本法人に行政指導 – 読売新聞(外部)
2024年度シェア32.3%の国内最大手、累計約100万台の製品不具合を問題視

アンカー・ジャパンによるリコール実施について – 経済産業省(外部)
対象製品の詳細な型番・販売期間・台数、重大製品事故報告41件を記載

Anker partners with Apple battery supplier ATL after massive power bank recall – South China Morning Post(外部)
2025年6月にATLと戦略的パートナーシップ締結、初回4,500万個発注

Anker、大規模リコール頻発で露呈する中国越境EC企業の成長限界 – Note(外部)
2023年以降4回目のリコール、組織内部の戦略的一貫性の欠如を指摘

Exclusive: Anker Switches to Apple’s Battery Supplier After Major Power Bank Recall – GSMGo Tech(外部)
ATLがAppleやSamsungに供給する「ゴールドスタンダード」の電池メーカー

モバイルバッテリーでまたリコール、対象は41万台 経産省がアンカーに報告要求 – MONOist(外部)
対象台数の詳細な内訳、総計52万2,237台のリコールであることを明示

【編集部後記】

今回のAnkerの事案は、私たちが日常的に使っているテクノロジー製品の「見えない部分」を照らし出しています。手元にあるモバイルバッテリーやスマートフォン、ノートPCに搭載されているリチウムイオン電池は、どこで、誰が、どのような品質管理のもとで作られているのでしょうか。グローバル化したサプライチェーンの中で、私たち消費者はどこまで製品の安全性を見極められるのか。価格と性能だけでなく、メーカーの品質管理体制や過去の対応履歴まで含めて製品を選ぶ時代が来ているのかもしれません。皆さんは、製品を選ぶ際、どのような基準を持っていますか?

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、あなたと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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