ニュージャージー州のマシュー・プラトキン司法長官は2025年10月22日、Amazonが州内の施設で働く数千人の妊娠中の従業員および障がいのある従業員の権利を侵害したとして、エセックス郡上級裁判所に訴状を提出した。
訴状によると、州の公民権部門による数年にわたる調査の結果、Amazonは2015年10月から現在に至るまで、配慮を要請した労働者を無給休暇に置く、合理的な配慮を拒否する、要請への回答を遅延させる、といった行為を繰り返した。
訴状では、配慮が認められた従業員が会社の生産性要件を満たせず解雇された事例や、15ポンド以下の制限を受けた妊娠中の従業員が1か月足らずで梱包数不足により解雇された事例が記載されている。
州は金額未定の補償的損害賠償と民事罰金、5年間の監視要件などを求めている。Amazonは妊娠に関する配慮要請の99%以上を承認していると述べ、訴えを否定した。
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New Jersey sues Amazon for allegedly discriminating against thousands of pregnant warehouse workers
【編集部解説】
今回のニュージャージー州によるAmazon提訴は、テクノロジー企業における労働環境の問題が法的措置へと発展した重要な事例です。特に注目すべきは、この訴訟が数年にわたる州の公民権部門による調査に基づいている点でしょう。単発的な苦情ではなく、組織的なパターンとして認識されたことを意味します。
Amazonはニュージャージー州最大の民間雇用主であり、全米でも第2位の民間雇用主として、物流ネットワークの要となる倉庫労働者は数十万人規模に及びます。同社が主張する「99%以上の配慮要請を承認」という数字は一見高いように見えますが、訴状が指摘するのは配慮が認められた後の扱いです。つまり、書類上は配慮を承認しながら、実際には厳格な生産性基準を変更せず、結果として労働者が基準を満たせず解雇されるという構造的な問題が浮き彫りになっています。
この問題の背景には、Amazonの倉庫業務における高度に最適化された生産性管理システムがあります。AIやアルゴリズムによって従業員一人ひとりのパフォーマンスが分単位で追跡され、目標達成率が評価される仕組みは効率性を追求する一方で、個別の事情への柔軟な対応を困難にしている可能性があります。
法的な観点では、この訴訟は他州にも波及する可能性を秘めています。実際、ニューヨーク州が2022年に同様の訴状を提出し、連邦雇用機会均等委員会も2024年に調査を開始したことから、全米規模での労働慣行の見直しが求められる流れとなっています。
テクノロジー企業が直面する課題は、効率性と人権保護のバランスをいかに取るかという点に集約されます。自動化やデータ駆動型の管理手法が進化する中で、妊娠や障がいといった個人の状況に応じた配慮をシステムにどう組み込むかが、今後の企業経営における重要なテーマとなるでしょう。
5年間の監視要件という州の要求は、単なる罰則ではなく、長期的な労働環境改善を目指したものです。この訴訟の行方は、急成長するEC業界全体の労働基準に影響を与える可能性があり、技術が人間を支援する存在であり続けるための重要な転換点となるかもしれません。
【用語解説】
エセックス郡上級裁判所(Essex County Superior Court)
ニュージャージー州エセックス郡に所在する州裁判所。民事・刑事事件を扱う一般管轄権を持つ裁判所で、今回のような州による企業への訴訟も審理する。
雇用機会均等委員会(EEOC:Equal Employment Opportunity Commission)
米国連邦政府機関で、雇用における差別を禁止する連邦法の執行を担当する。人種、性別、妊娠、障がいなどを理由とする差別に関する苦情調査や訴訟提起を行う権限を持つ。
差別禁止法(Law Against Discrimination)
ニュージャージー州が制定している州法で、雇用、住居、公共施設などにおける差別を禁止する。妊娠中の労働者や障がいのある労働者への合理的配慮を雇用主に義務付けている。
【参考リンク】
ニュージャージー州司法長官事務所(New Jersey Office of the Attorney General)(外部)
ニュージャージー州の法執行を担当する州政府機関で、マシュー・プラトキン司法長官が率いる組織。今回の訴訟を提起した。
Amazon(アマゾン)(外部)
米国を拠点とする世界最大級のEC・クラウドサービス企業。全米第2位の民間雇用主として約100万人以上を雇用している。
米国雇用機会均等委員会(EEOC)(外部)
雇用における差別を防止・是正する連邦政府機関。妊娠差別、障がい者差別などの苦情を受け付け、調査や訴訟を通じて権利を保護。
ニュージャージー州公民権部門(New Jersey Division on Civil Rights)(外部)
ニュージャージー州司法長官事務所の下部組織で、州内の差別問題の調査と是正を担当。今回の調査を数年にわたって実施。
【参考記事】
New Jersey claims Amazon discriminated against pregnant, disabled warehouse workers(外部)
ロイター通信による報道。2015年10月以降の差別的慣行と配慮要請後の無給休暇配置について詳述している。
Attorney General Platkin and Division on Civil Rights File Complaint Against Amazon(外部)
ニュージャージー州司法長官事務所の公式発表。広範囲にわたる妊娠および障がい差別のパターンを指摘した訴状内容を公開。
NJ lawsuit says Amazon discriminated against pregnant workers, those with disabilities(外部)
ノースジャージー紙の報道。15ポンド制限の配慮を受けた妊娠中従業員が1か月以内に解雇された具体的事例を詳述。
Senators urge investigation into Amazon over alleged pregnancy discrimination(外部)
2021年に6人の上院議員がEEOCに調査を要請した経緯を報じる。「懸念される虐待のパターン」として問題視された。
New York files discrimination complaint against Amazon(外部)
2022年のニューヨーク州人権部による訴状提出を報道。今回のニュージャージー州訴訟と類似した構造的問題を指摘。
【編集部後記】
テクノロジー企業の効率性追求と人間らしい働き方のバランスについて、皆さんはどう感じますか。AIやアルゴリズムが労働現場をより最適化していく一方で、個人の事情に寄り添う柔軟性が失われているとしたら、それは本当の進化と言えるのでしょうか。
今回のAmazonの事例は、私たち自身が利用するサービスの裏側で何が起きているのかを考える機会になるかもしれません。便利さを享受する消費者として、そして働く一人の人間として、この問題をどう捉えるべきか。皆さんと一緒に考えていきたいテーマです。






















