1989年11月20日、国連総会で「アフリカ工業化の日」が制定されました。当時のアフリカは、債務危機の真っ只中にありました。1980年代に入って原油価格が急落すると、一次産品輸出に依存していた経済は停滞。一人当たりGDPは年平均3.1%ずつ低下し続けていました。世界には「アフリカ悲観論(アフロペシミズム)」が広がり、援助疲れの空気が支配的だったのです。
それでも国連は、アフリカの工業化に希望を託しました。しかし誰も予想していなかったでしょう。36年後、アフリカが世界のイノベーションを牽引する存在になるとは。
何が起きたのでしょうか。
銀行がないから、モバイルマネーが生まれた
2007年3月、ケニアで「M-Pesa」というサービスが始まりました。ガラケーのSMS(ショートメッセージ)だけで、送金や決済ができるシステムです。
開発の背景には、いくつもの「ないもの」がありました。銀行口座を持てない人々。治安が悪く、現金を持ち歩けない環境。都市部に出稼ぎに出た労働者が、地方の家族に送金する手段がない。農村部では、お金を地中に埋めた壺に隠して貯金していたといいます。盗難や水害のリスクを抱えながら。
ケニアのMoi大学の学生が開発した送金ソフトウェアに、通信会社Safaricomが目をつけました。そして生まれたのが、M-Pesa。MはMobile、PESAはスワヒリ語で「お金」を意味します。
このシステムは、驚くほどシンプルでした。代理店で現金を預けると、自分のM-Pesa口座にチャージされる。SMSで相手の携帯番号と金額を送信すれば、送金完了。受け取った相手は、近くの代理店で現金を引き出せる。
サービス開始から数年で、ケニア国民の70〜80%、2700万人が利用するようになりました。年間取引総額はケニアGDPの 約5〜6割程度(例:2018年時点で約4.5兆円、2023年にはGDPの約59%に相当)とみられます。代理店は全国に13万カ所。日本のコンビニ5万店舗の2.6倍の密度です。
技術的には、決して「最先端」ではありません。スマートフォンではなく、ガラケー。インターネット接続も不要。SMSだけです。
しかし、それこそが強みでした。シンプルで、低コスト。誰でも使える。完璧なインフラがないという制約が、かえって革新を生んだのです。
道路がないから、ドローンが飛んだ
2016年10月、ルワンダ西部。ユーカリの雑木林とバナナ農園を抜けた先に、白いコンテナが点在する広大な敷地が現れました。
「ウィーン」。空に向けて斜めに伸びる発射台から、大型のドローンが勢いよく飛び立ちます。飛行機のような固定翼。数秒で時速100キロメートル以上に達し、キガリ郊外の病院へ直行しました。
これは米国のスタートアップZiplineが運営する、世界初の医薬品ドローン配送センターです。輸血用血液、ワクチン、医療器材を保管し、全国約20の病院に届けています。
ルワンダは、平地が少なく険しい傾斜地が多い国です。幹線道路を一本外れると未舗装の悪路が広がり、雨季には道が泥と化して通行不能になります。血液を車で運ぶと、2時間以上かかることも珍しくありません。
しかも、多くの病院に冷蔵庫がなかったり、頻発する停電で使えなかったりします。血液を在庫として保管できないのです。
Ziplineのドローンは、この状況を一変させました。
全幅3メートル、重さ21キログラム。機体は発泡スチロール製で軽量です。1.75キログラムの荷物を積んで、往復160キロメートルを飛行。最高時速は130キロメートルに迫ります。14メートル毎秒の強風や、50ミリ毎時の激しい雨の中でも、安定して飛べる設計です。
病院の上空に到着すると、手作りの紙製パラシュートを開いて血液パックを投下。病院スタッフが受け取ります。配送時間は平均15分。緊急時には、依頼から2分でドローンを飛ばせます。
2023年現在、ルワンダでは2つの拠点で国土のほぼ全域をカバー。首都キガリ周辺を除く全国の血液流通量の約75%を、このドローンが運んでいます。廃棄される血液は7割以上減少しました。
この技術は、タンザニア、ガーナ、そして日本の長崎県五島列島にも展開されています。道路インフラが未整備という制約が、空という新しい物流網を生み出したのです。
送電網がないから、太陽が電気を届けた
ケニアのナイロビ。「シリコンサバンナ」と呼ばれるスタートアップの集積地で、もう一つの革新が生まれました。
「M-Kopa Solar」。太陽光パネル、LED照明、ラジオ、携帯電話充電器がセットになった製品です。
サブサハラ以南には、6億人以上が未電化地域に住んでいます。送電網の整備は遅れ、多くの家庭が灯油ランプやロウソクで生活していました。火災の危険、煤煙による健康被害。子どもたちは薄暗い明かりで勉強するしかありません。
電力網に接続する費用は、約1万6000円。配線やスイッチなどの備品も自分で購入する必要があり、実際には2万5000円以上かかります。農村部の家庭には、手の届かない金額でした。
M-Kopaは、この問題を解決しました。頭金約3150円を支払えば、すぐに使い始められます。その後、1日約50円を420日間、M-Pesaで支払い続ければ、製品は完全に自分のものになる仕組みです。
太陽光パネルにはSIMカードが搭載されています。支払いが滞れば、遠隔操作で発電を停止。料金未払いや盗難を防げます。
「買えなければ借りればいい」。創業者のジェシー・ムーアCEOは、こう語ります。「我々は太陽光発電システムで電力を供給し、照明やテレビを割賦販売している。ケニアの有権者は、テレビ討論を見て候補者を選べるようになった」
2018年までに、ケニア、ウガンダ、タンザニアで累計60万台以上を販売。三井物産、住友商事が出資しました。
送電網がないという制約が、家庭ごとに独立した発電システムという解決策を生んだのです。
途上国から先進国へ — 技術の逆流
これらの革新に共通するパターンがあります。
従来の技術移転は、先進国から途上国への一方通行でした。1989年、「アフリカ工業化の日」が制定された当時も、国際社会はこの流れを想定していました。工場を建て、道路を敷き、送電網を張り巡らす。アジアが歩んだ道を、アフリカも辿るはずでした。
しかし、M-Pesa、Zipline、M-Kopaが示したのは、別の道でした。
銀行支店を建てる代わりに、モバイルで送金。道路を整備する代わりに、空を飛ぶ。送電網を敷設する代わりに、太陽光で各家庭に電力を届ける。
これは「リープフロッグ(蛙跳び)現象」と呼ばれています。カエルが跳ぶように、発展段階を飛び越える進化です。
そして、M-Pesaはケニアから、ルーマニアなど欧州へ展開されました。「リバース・イノベーション」。途上国で生まれた技術が、先進国に「輸出」される現象です。
2025年1月現在、アフリカには9つのユニコーン企業(企業価値10億ドル以上)が存在します。そのうち8社がフィンテック。アフリカ初のユニコーンが誕生したのは2019年。わずか6年で9社まで増えました。
2024年の資金調達総額は32億ドル、534件。フィンテック分野だけで13.5億ドル、前年比59%増です。2025年1月の調達額は2.9億ドルに達し、前年同月の3.5倍という好調なスタートを切っています。
ケニア、ナイジェリア、南アフリカ、エジプト。これら4カ国でアフリカのGDPの約半分程度を占めています。ここでは、多様なイノベーションが生まれ続けています。
「工業化」の意味が変わった
1989年、「アフリカ工業化の日」が制定された当時、「工業化」は工場を建設し、製造業を育てることを意味していました。鉄鋼、化学、機械。重厚長大な産業の育成です。
しかし2025年、アフリカの「工業化」は異なる形で実現しつつあります。
物理的な工場ではなく、デジタルプラットフォーム。製造業ではなく、フィンテック、ヘルスケア、物流、アグリテック。コンクリートと鉄ではなく、コードとデータ。
36年間の変化を見てみましょう。
1989年、アフリカ諸国の多くは債務危機に陥り、世界銀行とIMFの構造調整融資に依存していました。製造業輸出はモーリシャスを除いてほぼゼロ。サブサハラ・アフリカの外貨獲得能力は著しく減退していました。
2025年、状況は一変しています。ユニコーン企業9社。年間調達額32億ドル。フィンテックでは世界トップクラスの技術とサービス。経済成長率は5%前後を維持しています。
もちろん、課題は残されています。2024年の投資額は前年比7%減。グローバルな金利上昇の影響を受け、初期段階のスタートアップにとって資金調達環境は厳しさを増しています。インフラ不足、教育格差、政治的不安定。これらは今も存在します。
しかし、潮目は変わりました。
2050年、世界人口の4分の1がアフリカに住むと予測されています。13億人から26億人へ。2100年には30億人を超え、全世界約100億人のうち3割強がアフリカ人になるといわれています。世界最大の若年人口を抱える大陸です。
日本企業も動き始めています。商船三井はアフリカ最大級のベンチャーキャピタルNovastar Venturesに出資。経済同友会は2023年、アフリカの社会課題解決につながるスタートアップ支援に特化したファンド運営会社を設立しました。2024年12月、コートジボワールで開催された「第3回日アフリカ官民経済フォーラム」には、日本とアフリカのスタートアップ9社が登壇し、1200人の聴衆の前でピッチを行いました。
「支援される側」から「世界を変える側」へ。36年間で、アフリカの立ち位置は変わりました。
1989年、「アフリカ工業化の日」は希望を込めて制定されました。
36年後の今、その希望は予想外の形で実現しつつあります。「完璧なインフラ」を待つのではなく、「制約」を創造性に変えることで。
























