Microsoft社員のMatthieu BucchianeiriがWindows MRヘッドセット用の非公式SteamVRドライバ「Oasis」を無料でリリースした。Windows 11 24H2でWindows MRサポートが完全削除され、Acer、Asus、Dell、HP、Lenovo、SamsungのPC VRヘッドセットが使用不能となっていた問題を解決する。
Oasisは徹底的なリバースエンジニアリングにより開発されたネイティブSteamVRドライバで、ヘッドセット・コントローラートラッキング、ハプティクス、バッテリー状態、基本的なカメラパススルー、IPD値中継、HP Reverb G2 Omnicept Editionのアイトラッキングをサポートする。Bluetooth機能のみ非対応で、PC側のBluetoothアダプタが必要だ。
重要な制限として、NvidiaのGPUでのみ動作し、AMDとIntelのGPUには対応していない。BucchianeiriはAMDがEDIDオーバーライドを許可せず、LiquidVR技術が7年以上「死んだ技術」であることを理由に挙げ、AMDに技術詳細を提供済みだが対応は同社次第だと述べている。
From: Windows MR Headsets Revived By Free ‘Oasis’ SteamVR Driver
【編集部解説】
今回のOasisプロジェクトは、大手テクノロジー企業による製品ライフサイクル管理の問題を浮き彫りにしています。MicrosoftがWindows MRプラットフォームを2023年に廃止予告し、2024年のWindows 11 24H2で完全削除したことで、数十万台のVRヘッドセットが突然使用不可能になりました。これは計画的陳腐化(planned obsolescence)の典型例といえるでしょう。
興味深いのは開発者のMatthieu Bucchianeiriの経歴です。Sony時代にPS4と初代PlayStation VRの開発に従事し、SpaceXではFalcon 9とDragonカプセルのフライトソフトウェアを担当、MicrosoftではHoloLensやWindows MRの開発に携わった後、現在はXboxチームでPrincipal Firmware Engineering Managerを務めています。彼はOpenXR ToolkitやVDXR(Virtual DesktopのOpenXRランタイム)の開発者でもあり、VRコミュニティでは著名な存在です。
技術的な観点から見ると、Oasisはダイレクトモードで動作するネイティブSteamVRドライバです。これにより従来必要だったMixed Reality Portalを完全にバイパスし、Windows MRヘッドセットをValve IndexやHTC Viveのような純正SteamVRデバイスとして認識させます。この手法により、より高い安定性と互換性を実現しています。
AMD GPU制限の背景には、EDID(Extended Display Identification Data)オーバーライドとLiquidVR技術の問題があります。AMDのLiquidVR「Direct-to-Display」機能は2017年頃から実質的にサポートが停止しており、Bucchianeiriは「死んだ技術」と厳しく批判しています。彼はAMDに必要な技術詳細を提供済みですが、同社からの協力は得られていません。
このプロジェクトはVRエコシステムに複数の重要な示唆をもたらします。まず、コミュニティ主導の救済プロジェクトが企業の製品廃止決定に対する有効な対抗手段となることを実証しました。また、オープンソースではなくクローズドソースでの配布という選択は、知的財産権とNDAの複雑さを反映しています。
長期的な視点では、このような事例が製品サポート終了における企業の責任や、ユーザーの所有権に関する議論を活性化させる可能性があります。特に環境負荷の観点から、完全に機能するハードウェアの電子廃棄物化を防ぐ意義は大きいでしょう。
一方で潜在的なリスクとして、非公式ドライバの使用によるセキュリティや安定性の問題、長期的なメンテナンス体制の不透明さ、そしてGPUベンダー間の技術格差の拡大が挙げられます。特にAMDユーザーの除外は、VRコミュニティの分断を深める可能性もあります。
【用語解説】
Windows Mixed Reality(Windows MR):Microsoftが開発した複合現実プラットフォーム。VRとARを統合した概念を実現し、2017年にWindows 10に実装された。2024年のWindows 11 24H2で完全廃止。
SteamVR:Valve Corporationが開発したVR向けのプラットフォーム・ランタイム。様々なVRヘッドセットとの互換性を提供し、多くのVRゲームやアプリケーションの基盤となっている。
EDID(Extended Display Identification Data)オーバーライド:ディスプレイの識別情報を上書きする技術。AMDがこの機能を制限していることがOasisでAMD GPU非対応の主因となっている。
LiquidVR:AMDが開発したVR向けのDirect3D 11ベースAPI群。Direct-to-Display機能を含むが、7年以上実質的な開発が停止している「死んだ技術」。
OpenXR:Khronos Groupが策定したVR/AR機器向けのオープンスタンダードAPI。ハードウェア間の互換性向上を目指す業界標準規格。
Principal Firmware Engineering Manager:Microsoftにおける高級技術管理職。ファームウェア開発チームの統括責任者を指し、Bucchianeiriの現在の役職。
【参考リンク】
Microsoft Learn – Mixed Reality(外部)
Microsoftの公式Windows Mixed Reality解説ページ。技術概要、対応デバイス、開発者向け情報を包括的に提供している日本語ドキュメント。
AMD GPUOpen – LiquidVR(外部)
AMDのLiquidVR技術公式ページ。Direct-to-Display、Async Compute、Multi-GPU Affinityなどの技術仕様と開発者向けSDKの詳細情報を提供。
OpenXR公式サイト(Khronos Group)(外部)
VR/AR業界標準APIであるOpenXRの公式サイト。仕様書、開発ガイド、対応ハードウェア情報を提供するKhronos Group管理の権威あるリソース。
Steam – Oasis Driver for Windows Mixed Reality(外部)
Oasisドライバの公式配布ページ。無料ダウンロード、インストール手順、対応デバイス一覧、コミュニティフォーラムへのアクセスを提供。
【参考動画】
【参考記事】
A Microsoft engineer is reviving Windows Mixed Reality(外部)
Windows CentralによるOasisプロジェクトの詳細レポート。Bucchianeiriの背景、技術的課題、AMD制限の経緯について包括的に解説している。
The revival of Windows Mixed Reality VR headsets(外部)
Xpert.digitalによるWindows MR復活プロジェクトの技術分析。Direct Mode動作、EDID制限、VRエコシステムへの影響について詳細に検証している。
Oasis: Reviving Windows Mixed Reality Headsets with Independent SteamVR Driver(外部)
Windows Forumでの技術コミュニティ討議。開発の経緯、技術的制約、将来展望についてユーザー視点からの詳細な分析を提供。
Oasis Driver for Windows Mixed Reality: How to Revive Your VR Headset(外部)
Box This Lapによる実用的なOasisガイド。対応機能、制限事項、セットアップ手順を技術的背景とともに詳しく解説している。
‘Oasis’ WMR Driver Expected Later This Month, Bringing New Life to Discontinued PC VR Headsets(外部)
Road to VRによるOasisプロジェクトの詳細報道。8月29日のリリース予定、Valve承認待ち、AMD GPU制限の技術的背景について包括的に解説している。
【編集部後記】
Windows MRヘッドセットを救うOasisドライバの登場は、旧来デバイスの再活用だけでなく、「計画的陳腐化」への挑戦にも見えます。新機能追加や安定性向上によって、従来品の枠を超えた使い方が想像できます。一方で、Nvidia限定・AMD非対応などベンダー間の技術格差や、今後のメンテナンス・安全面への不安も残っています。あなたは、廃止規格や未対応機能のリスクをどう感じますか?これからのMR・VR市場の技術、ユーザー自治、企業の責任についてどんな未来像を思い描きますか?