Amazonは配達ドライバー向けにAI搭載のスマートグラスを開発中だ。コードネームは「Amelia」で、2026年第2四半期に初回10万台の生産を予定している。危険物検知、荷物スキャン、配達証明の撮影、ターン・バイ・ターンナビゲーション機能を備える。右レンズに単一のwaveguide（導波路）を採用し、運転中は作動せず、駐車後にのみ起動する安全設計が特徴だ。配達ベスト装着型の小型コントローラーには交換式バッテリーと緊急ボタンを搭載。
将来的にはEcho Framesシリーズとの技術統合も視野に入れ、AIとARを組み合わせた物流支援の現場実装が進む見通しである。
From: 
Amazon is Developing Smart Glasses to Allow Delivery Drivers
【編集部解説】
Amazonが発表した配達ドライバー向けスマートグラスは、単なる効率化ツールではなく、AIとARが「ラストワンマイル物流」の最難関区間を再定義する試みです。コードネーム「Amelia」として開発されるこのデバイスは、2026年第2四半期に初回10万台の生産を予定し、配達現場で数百人のドライバーがすでにテストを実施しています。
最も注目すべきは、Amazonが狙う「ラスト100ヤード（約91メートル）」の最適化戦略です。物流コストの約半分がこの最終区間に集中しており、エレベーターからの出口、門扉や階段といった障害物、さらには攻撃的なペットの回避まで、ドライバーは無数の判断を瞬時に迫られます。Reuters報道によれば、Amazonの試算では、このスマートグラスによって1日あたり30分の時間短縮が可能とされており、数百万件規模の配送網では膨大なコスト削減効果が期待できます。
デモでは、右レンズに搭載された単一のwaveguide（導波路）が緑色単色ディスプレイを投影し、AI搭載のコンピュータービジョンが物体認識とリアルタイム経路補正を行っていました。従来ドライバーが使用していた大型GPS端末を不要にし、両手で荷物を運べる設計は、配送能力の向上に直結します。さらに配達ベスト装着型のコントローラーには交換式バッテリーと緊急通報ボタンが搭載され、長時間労働と安全性のバランスを意識した設計になっています。
興味深いのは、Amazonがこの技術を自社物流網で「自社実証」する戦略的優位性です。MetaやGoogleといった競合がコンシューマー市場でARグラスの普及に善戦する中、Amazonは自社が管理する数十万人規模のドライバーネットワークで技術を磨き上げることができます。これは単なるハードウェア開発ではなく、配送現場から得られる膨大な視覚データを活用したAIモデルの訓練基盤となります。
将来的には、障害物検出、低照度環境での自動レンズ調整、誤配検知（配達先住所とパッケージ番号の照合）など、AIによる高度な支援機能の追加が予定されています。また、The Informationの報道では、消費者向けARグラスの開発も並行して進められており、Echo Framesシリーズの進化版としてフルカラーディスプレイを搭載したモデルが検討されているとされます。
一方で、常時カメラが稼働する環境はプライバシーと労働監視の両面で懸念を生みます。配達先住民の顔や家屋内部、さらにはドライバー自身の行動が記録される可能性があり、欧州のGDPR（一般データ保護規則）をはじめとする規制当局の監視対象となる可能性が高いでしょう。Amazonがこうしたデータをどう管理し、透明性を確保するかが、技術の社会実装における最大の課題となります。
総じて、Amazonのスマートグラス構想は「人間とAIの協働型物流」の最前線を示すものであり、物理空間におけるAI活用の新たなフェーズを象徴しています。配送現場という実利的な環境で技術を成熟させ、その後に一般消費者市場へ展開するというAmazonの戦略は、Fire PhoneやEcho Framesの経験を経て、より慎重かつ計算されたアプローチと言えるでしょう。
【用語解説】
Smart Delivery Glasses（スマートデリバリーグラス）：配達ドライバー向けにAIとARを統合したAmazon独自の業務支援用ウェアラブル機器。
Waveguide（導波路）：光をレンズ表面に導く光学技術で、スマートグラスのディスプレイに使用される。
コンピュータービジョン：AIがカメラ映像から物体や環境を認識する技術。
Jayhawk（ジェイホーク）：Amazonのスマートグラス開発プロジェクトのコードネーム。
自社実証：企業が自社製品や技術を自社業務で使用して検証する手法。
Transitional Lens（調光レンズ）：光量に応じて自動で暗くなるレンズ。屋外配送での視認性を改善。
【参考リンク】
【参考動画】
【参考記事】
【編集部後記】
配達ドライバーの視界に直接情報を投影するという発想は、効率と安全のバランスをどこまで実現できるのでしょうか。ハンズフリー化により作業時間が1日あたり30分短縮されるとAmazonは試算していますが、常時カメラが稼働する環境は新たな監視社会への一歩となる可能性も否定できません。顔認識技術との統合、配達先住民のプライバシー、ドライバー自身のデータ管理といった課題にどう対応するのか注目されます。一方で、物流現場でAIとARが融合する先には、消費者向けスマートグラス市場への大規模参入も見え隠れしています。技術革新と倫理的配慮の境界線は、今後どこに引かれるべきなのでしょうか。
