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12月23日【今日は何の日?】トランジスタ発明の日。なぜ「省エネ」技術がAI電力危機を招いたのか?

12月23日【今日は何の日?】トランジスタ発明の日。なぜ「省エネ」技術がAI電力危機を招いたのか? - innovaTopia - (イノベトピア)

1947年12月23日、ニュージャージー州マレーヒルにあるベル研究所の一室。
ジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンは、研究所の幹部たちを前に、ある奇妙な装置のデモンストレーションを行っていました。

ゲルマニウムの塊に、金箔を貼ったプラスチックの三角形を押し付けただけの、不格好な装置。しかし、それがマイクからの音声を確かに増幅し、スピーカーからクリアな音を響かせた瞬間、歴史は決定的に変わりました。「トランジスタ」が公式に産声を上げた瞬間です。

当時、この発明が熱狂的に迎えられた最大の理由は、「熱くない」ことでした。

それまでのコンピュータの主役であった「真空管」は、文字通り「熱」との戦いでした。1946年に完成した世界初の汎用電子計算機「ENIAC」は、17,468本の真空管を稼働させるために150kWもの電力―一般家庭およそ100軒分―を消費し、総重量は27トンに及びました。稼働中の部屋はサウナのような熱気に包まれ、真空管は頻繁に焼き切れ、そのたびに計算は停止しました。

それに比べ、トランジスタはヒーターもガラス管も不要。電力消費はごくわずかで、発熱もほとんどありません。人類はついに、計算能力を「熱と電力の呪縛」から解放した――誰もがそう信じました。

あれから78年。
私たちの手元にあるスマートフォン(例えばiPhone 15 Pro)には、ENIACの100万倍にあたる約190億個のトランジスタが搭載されています。重量はわずか187グラム、消費電力は豆電球1個分にも満りません。

しかし皮肉なことに、2025年の私たちは、かつてのENIAC開発者たちと同じ悩みを抱えています。
「電力が足りない」そして「熱が冷やせない」という悩みです。

生成AIの爆発的な普及により、データセンターの電力消費量は国家レベルにまで膨れ上がっています。GoogleやMicrosoftといったテックジャイアントでさえ、環境目標の達成が危ぶまれる事態に直面しています。「省エネ」のために生まれたはずの技術が、なぜ歴史上類を見ないエネルギー爆食を引き起こしているのか?

その答えは、経済学の奇妙な法則「ジェボンズのパラドックス」に隠されていました。
1947年の「1個の革命」から始まった物語を紐解きながら、シリコンの限界と、私たちが向かうべき「グリーン・コンピューティング」の未来について考えます。


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真空管からの解放、本来は「エコ」な技術だった

まず、1947年の時点に立ち返りましょう。
ベル研究所がトランジスタ開発を急いだ動機は、現代で言う「サステナビリティ」そのものでした。当時の電話網は増幅器として大量の真空管を使用していましたが、その消費電力と、頻繁な交換に伴うメンテナンスコストが事業の限界になりつつあったのです。

12月23日に披露された点接触型トランジスタは、まさに「効率化の魔法」でした。
何百度にも熱せられるフィラメントが不要で、電子の移動だけで信号を制御する。この「冷たいデバイス」の登場により、計算機は倉庫サイズから卓上サイズへ、そしてポケットサイズへと小型化の道を歩み始めました。

「より少ないエネルギーで、より多くの計算を」。
この理念は数十年もの間、ムーアの法則(集積回路上のトランジスタ数は18ヶ月〜2年で倍増する)と共に守られ続けてきました。実際、トランジスタ1個あたりの消費電力は、78年間で数億分の一にまで低下しています。

では、なぜ今、私たちは電力不足に陥っているのでしょうか?

歴史の皮肉「ジェボンズのパラドックス」

ここで登場するのが、19世紀の経済学者ウィリアム・スタンレー・ジェボンズが提唱した「ジェボンズのパラドックス」です。

「技術の進歩により資源利用の効率が向上すると、消費量が減るのではなく、かえってその資源の総消費量が増加する」

トランジスタの歴史は、このパラドックスの最も顕著な例と言えます。
効率が良くなり、コストが下がった結果、人類は「エネルギーを節約する」方向ではなく、「圧倒的な物量で計算能力を拡張する」方向に舵を切りました。

  • 1個の消費電力が半分になるなら、2倍詰め込めばいい。
  • さらに半分になるなら、100倍詰め込んで、もっと高度なことをさせよう。

このループを繰り返した結果、現代のハイエンドGPU(NVIDIA H100など)は、1つのチップの中に800億個以上のトランジスタを搭載し、ピーク時には700W(ワット)もの電力を消費するようになりました。これはもはや、小さな電子レンジを常時稼働させているようなものです。

かつてENIACが抱えていた「熱密度」の問題が、ナノメートルの世界で再来しているのです。

AIデータセンターという「新たな発電所」

このパラドックスが臨界点に達したのが、近年の生成AIブームです。
InnovaTopiaがリサーチした最新のデータは、その深刻さを物語っています。

1. 検索1回のエネルギー格差

従来のGoogle検索と、生成AI(ChatGPTなど)による回答生成を比較すると、消費電力には大きな差があります。

従来型検索平均 0.3 Wh
生成AI平均 2.9 Wh

AIを使うことは、従来の検索の約10倍のエネルギーを消費します。もし世界中の検索がすべてAIに置き換われば、それだけでアイルランド一国分の電力が追加で必要になるとの試算もあります。

2. Googleでさえ止められない排出増

Googleの2024年環境レポートによると、2023年の温室効果ガス排出量は2019年比で48%も増加しました。原因は明確に「データセンターのエネルギー消費とサプライチェーン」にあると述べられています。「2030年ネットゼロ」を掲げる世界最高峰の技術企業でさえ、AIというイノベーションの怪物を前に苦戦を強いられているのです。

3. 国家レベルに達する電力需要

国際エネルギー機関(IEA)のレポート『Electricity 2024』は、さらに衝撃的な予測を発表しています。
データセンター、AI、仮想通貨部門の電力消費量は、2022年の約460 TWhから、2026年には最大1,050 TWhに倍増する可能性があります。この増加分は、ドイツ一国の年間電力消費量に匹敵します。

私たちは今、地球上にもう一つの先進国が出現するのと同じだけのエネルギーを、計算資源のためだけに確保しなければならない局面に立たされています。

未来への解「脱・電子」への挑戦

既存の延長線上――つまり、シリコン製トランジスタをさらに微細化すること――だけでは、このエネルギー危機は解決できません。電子が回路を通る際に発生する「抵抗(=熱)」という物理法則の壁があるからです。

今、世界中の研究機関やスタートアップが、1947年のトランジスタに代わる「次のブレイクスルー」を模索しています。

1. 光電融合(Photonics-Electronics Convergence)

電子の代わりに「光」を使って情報を伝送する技術です。NTTが提唱するIOWN構想などが代表例です。光は電気抵抗による発熱がなく、圧倒的な低消費電力と低遅延を実現します。「チップの中を光が走る」時代が到来すれば、熱問題は劇的に改善されるでしょう。

2. ニューロモーフィック・コンピューティング

人間の脳を模倣したハードウェアです。人間の脳は、スーパーコンピュータ並みの処理を行いながら、わずか20W(電球1個分)程度しかエネルギーを使いません。この究極の省エネ構造をハードウェアレベルで再現しようとする試みです。

3. スピントロニクス

電子の「流れ(電流)」ではなく、電子が持つ磁石のような性質「スピン」を利用する技術です。電流を流し続けなくても情報を保持できるため、待機電力をほぼゼロにできる可能性があります。


新しい「12月23日」を待って

1947年12月23日、バーディーンとブラッテンによるトランジスタのデモは、真空管の熱からコンピュータを救いました。
それから78年が経ち、私たちは再び自らが生み出した熱と電力の問題に直面しています。

しかし、悲観する必要はありません。
歴史が教えてくれるのは、「物理的な限界こそが、次のイノベーションの母体になる」ということです。真空管の限界がトランジスタを生んだように、シリコンの限界は、光回路や量子、バイオコンピュータといった新しいパラダイムを生み出そうとしています。

次の時代の「12月23日」は、もっと速く計算するチップが生まれた日ではなく、「計算がエネルギーの制約から再び解放された日」として記録されることになるでしょう。


【Information】

Nokia Bell Labs(旧ベル電話研究所)(外部)
1947年12月23日にトランジスタのデモンストレーションを行った歴史的研究所の現在です。「トランジスタの発明」に関する詳細なアーカイブだけでなく、現在も続くAI、6G、量子コンピューティングなどの最先端研究の動向を確認できます。

IEA – Electricity 2024 Report(外部)
記事第3章で引用した「データセンター、AI、仮想通貨による電力消費量の予測データ」を含む、国際エネルギー機関(IEA)の公式レポートです。AI時代のエネルギー課題を理解するための最も権威ある一次情報の一つです。

IOWN Global Forum(外部)
記事第4章で解決策として提示した「光電融合技術」や「オール・フォトニクス・ネットワーク(APN)」の実現を目指す国際的な団体です。NTT、Intel、ソニーなどが参画し、電子から光へのパラダイムシフトを推進しています。

Computer History Museum – The Silicon Engine(外部)
カリフォルニア州にあるコンピュータ歴史博物館が公開している、半導体の歴史に特化したオンライン展示です。1947年の点接触型トランジスタから現代のプロセッサに至るまでの技術進化の系譜を、写真付きのタイムラインで詳細に閲覧できます。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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