2025年7月2日、OpenAIはRobinhoodの新しいブロックチェーンプラットフォームで同社名義で取引されているデジタルトークンがOpenAIの株式を表すものではなく、同社の同意なしに上場されたと発表した。OpenAIはX(旧Twitter)上で「これらのOpenAIトークンはOpenAI株式ではない。私たちはRobinhoodと提携しておらず、これに関与しておらず、これを支持していない。OpenAI株式の譲渡には私たちの承認が必要だが、一切の譲渡を承認していない」と声明を出した。
この問題は、2025年6月30日にフランス・カンヌで開催されたRobinhoodのイベント「To Catch a Token」で、同社CEOのVlad Tenevが自社の今後のレイヤー2ブロックチェーン上でOpenAIポジションのトークン化株式取引をデモンストレーションしたことに端を発している。RobinhoodはArbitrumテクノロジーで構築されたレイヤー2ブロックチェーンを通じて、適格なヨーロッパユーザーが200以上の米国株式と上場投資信託を24時間、平日5日間、手数料・スプレッドなしで取引できるサービスを発表した。このプレゼンテーション後、RobinhoodのクラスA株は約11%上昇し、過去最高の92ドルに達し、約1か月間で約34%の上昇ラリーを延長した。市場ではデモ資産を事実上のOpenAI株式として扱う動きが生じていた。
【編集部解説】
今回のOpenAI騒動を理解するために、まず2021年1月28日に起きた「GameStop事件」を振り返る必要があります。この日、アメリカの金融市場において歴史的な事態が発生しました。
当時、業績不振により株価が低迷していたゲーム販売チェーンGameStopの株を、Reddit上の個人投資家コミュニティが大量に購入し始めました。この動きは、GameStop株を空売りしていたヘッジファンドのポジションに影響を与えることを意図したものでした。
結果として、GameStopの株価は数日で20倍以上に上昇し、空売りポジションを持つヘッジファンドは数千億円規模の損失を計上しました。これは「個人投資家と機関投資家の市場における力関係」を象徴する出来事となりました。
その後、Robinhoodを含む複数のブローカーがGameStop等の銘柄の買い注文を制限。「金融の民主化」を企業理念に掲げ、手数料ゼロモデルで個人投資家層を拡大してきたRobinhoodにとって、重要な局面での取引制限は大きな決断でした。この措置により株価は下落し、多くの個人投資家が影響を受けました。
Robinhoodは当初「流動性の問題」を制限の理由として説明しましたが、後に同社が清算機関から37億ドルという巨額の証拠金要求に直面していたことが明らかになりました。つまり、極端な市場変動に伴うリスク管理要件への対応として、取引制限を実施せざるを得ない状況にあったのです。この事件に関連して、Robinhoodは後に規制当局から7000万ドルの制裁金を科されることになります。
今回のOpenAI騒動は、この歴史的文脈の中で見ると新たな視点が浮かび上がります。Robinhoodは今回、企業の事前承認なしにトークン化株式の取引を開始し、その後OpenAIから公式に否認されるという展開となりました。GameStopの時は「市場の安定性と個人投資家の利益」、今回は「企業の権利とイノベーション」という異なる価値観が衝突する際に、既存のシステムでは適切な調整メカニズムが存在しないという事が浮き彫りになっています。
注目すべきは、GameStop事件以降のRobinhoodの規制対応履歴です。2025年に入ってからも、1月に4500万ドル、3月に2975万ドルの制裁金が科されており、継続的に規制上の課題に直面しています。それにもかかわらず、同社の株価は上昇傾向を維持しています。これは市場が、Robinhoodの革新的なビジネスモデルと規制リスクの両面を評価した上での結果と解釈できます。
GameStop事件は、結果的に金融業界に大きな変化をもたらしました。多くの証券会社が手数料を撤廃し、個人投資家の市場への影響力は確実に増大しました。同時に、市場の安定性と投資家保護のバランスをどう取るかという課題も明確になり、規制当局は新たな対応を迫られました。
今回のトークン化株式も、同様に「イノベーション→普及→衝突→規制→新秩序」という展開を辿る可能性があります。24時間365日の株式取引、非上場企業への投資機会の拡大——これらは確かに革新的なビジョンです。しかし、企業の同意なしに株式をトークン化するという手法は、所有権と企業統治に関する根本的な問題を提起しています。
私たちが目撃しているのは、テクノロジーが既存の金融システムに変革をもたらし、新たな市場構造を形成していく過程です。GameStopの教訓を踏まえた上で、今回は適切な規制フレームワークを構築できるのでしょうか。それとも、また新たな市場の混乱が生じるのでしょうか。この答えは、規制当局、市場参加者、そして投資家一人一人の選択と行動によって決まることになるでしょう。
【用語解説】
トークン化証券(Tokenized Securities)
従来の株券や債券などの金融商品をブロックチェーン上のデジタルトークンに変換したもの。24時間取引可能で決済時間の短縮が実現される。
レイヤー2ブロックチェーン(Layer-2 Blockchain)
Ethereumなどの主要ブロックチェーンの処理能力を拡張するために構築された補助的なネットワーク。取引手数料の削減と処理速度の向上を実現する。
特別目的事業体(SPV:Special Purpose Vehicle)
特定の投資目的のために設立される法人。今回の場合、OpenAIの株式を保有する投資ファンドのような役割を果たす。
SEC(Securities and Exchange Commission)
米国証券取引委員会。アメリカの金融市場を監督し、投資家保護を担う連邦政府機関である。
非上場企業(Private Company)
株式を一般公開していない企業。株主は限定され、株式の売買には厳格な制限が設けられている。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTを開発したAI研究企業。人工汎用知能の実現を目指している。
Robinhood(外部)
手数料無料の株式取引アプリを提供するアメリカの金融サービス企業。
Arbitrum(外部)
Ethereumのスケーリングソリューションを提供するレイヤー2プラットフォーム。
【参考動画】
Robinhood CEOのVlad Tenevがトークン化株式サービスについて詳しく説明している公式インタビュー動画(Yahoo Finance、9分52秒)。
CNBC公式チャンネルでのVlad TenevによるRWA(実世界資産)トークン化の展望について語った動画(2分14秒)。
【参考記事】
OpenAI says it has not partnered with Robinhood for stock token – Reuters(外部)
OpenAIがRobinhoodとの提携を公式に否定した記事。投資家への注意喚起も含む。
OpenAI condemns Robinhood’s ‘OpenAI tokens’ – TechCrunch(外部)
OpenAIの否認声明の詳細とSPVを通じた仕組みの説明が含まれる包括的記事。
Robinhood Launches Stock Tokens, Reveals Layer 2 Blockchain – Robinhood Newsroom(外部)
Robinhoodによる公式発表。トークン化株式サービスの詳細仕様を説明。
Robinhood (HOOD) News: Launches Tokenized Stocks on Arbitrum – CoinDesk(外部)
Arbitrumベースのブロックチェーン開発について技術的側面から解説した記事。
Robinhood launches layer-2 blockchain for stock trading in Europe – Cointelegraph(外部)
ヨーロッパ市場でのサービス開始の意義と業界への影響について分析。
【編集部後記】
このニュースを追いかけながら、ひとつの疑問が浮かんできました。Robinhoodが類似の問題を繰り返している背景には、どのような要因があるのでしょうか。GameStop騒動から4年が経過し、定期的に規制当局からの処分を受けているにも関わらず、今回は企業の同意なしに株式をトークン化するという新たな問題が発生しています。
この状況について、異なる視点から考えてみることもできるかもしれません。Robinhoodにとって規制当局からの処分は、事業戦略の一部として計算されている可能性があります。新しい市場開拓のためのコストとして、年間数千万ドルの支払いを想定しながら事業を展開している可能性も考えられます。実際、同社の株価は過去最高値を更新しており、投資家の間では一定の評価を受けているようです。
私たちが目撃しているのは、テクノロジーの進歩と既存の規制システムとの間に生じている構造的な課題なのかもしれません。従来の規制枠組みでは想定していなかった事態が次々と発生し、法整備が後追いになる状況が続いています。そうした環境において、Robinhoodのような企業が新しい業界標準の形成を試みているという見方もできるでしょう。
これは金融業界に限った現象ではないようです。AI、バイオテクノロジー、宇宙開発など、多くの分野で同様の状況が見られます。私たちは、技術革新のスピードと規制整備のタイミングに時間差が生じやすい時代を生きているのかもしれません。そして、こうした変化の過程において、私たち一人一人が未来の在り方を考える機会に直面しているとも言えるでしょう。