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量子アニーリング技術が切り拓く新たな物性物理―自発的対称性の破れを再現

 - innovaTopia - (イノベトピア)

国際的な研究チームが、量子コンピュータを用いて絶対零度(ゼロ温度)における自発的対称性の破れ(Spontaneous Symmetry Breaking, SSB)を実験的にシミュレーションすることに初めて成功した。この成果は2025年7月2日(現地時間、日本時間7月3日)に発表された。

研究では、デジタル量子アニーリングアルゴリズムを用いて、短距離相互作用を持つ超伝導量子ビット(キュービット)による樹状格子(tree-like lattice)上で、ゼロ温度での自発的対称性の破れを観測した。従来、アナログ型量子シミュレーターを用いた一次元や二次元格子での長距離相互作用下でのSSBは報告されていたが、デジタル量子回路による短距離相互作用系でのゼロ温度SSBの観測は世界初となる。

実験では、古典的なニール状態(Néel state)を初期状態とし、系をSSBによる相転移へと導いた。ニール状態とは隣接するスピンが互いに逆向きで配列した状態を指し、今回の格子トポロジーでは世代ごとに交互にスピンが並ぶよう設計されている。量子プロセッサ自体の温度は約10ミリケルビンだが、デジタル量子回路による進化は理想的なゼロ温度のユニタリー進化を忠実に再現している。ノイズやゲートエラー、熱揺らぎの影響がある中でも、ゼロ温度でのSSBの特徴的な振る舞いが明確に観測された。

この成果は、量子多体系の基礎物理や量子計算技術の発展に寄与するものであり、今後の量子シミュレーションや量子マテリアル研究に新たな道を開くものと期待されている。

https://www.nature.com/articles/s41467-025-57812-8(論文)

 DOI: 10.1038/s41467-025-57812-8

from:https://phys.org/news/2025-07-quantum-simulates-spontaneous-symmetry-temperature.html#google_vignette

【編集部解説】

自発的対称性の破れ(Spontaneous Symmetry Breaking, SSB)は、現代物理学の根幹をなす現象の一つです。今回、国際研究チームが超伝導量子プロセッサを用い、ゼロ温度(絶対零度)での自発的対称性の破れを初めて実験的にシミュレーションしたことは、量子計算と物性物理の両分野において重要なマイルストーンとなります。

まず「自発的対称性の破れ」とは、理論的には対称な状態が、実際の物理現象ではある特定の状態に落ち着いてしまう現象です。たとえば、磁石のスピンが最初はランダムでも、最終的には全て同じ向きに揃うことで対称性が破れる現象が挙げられます。この現象は素粒子物理、超伝導、宇宙論など幅広い分野で観測されており、物質の質量の起源や宇宙の進化にも深く関わっています。

今回の研究で特筆すべきは、量子コンピュータの「デジタル量子アニーリング」アルゴリズムを用い、従来は理論的・数値的にしか扱えなかったゼロ温度でのSSBを、実験的に忠実に再現した点です。量子アニーリングは、最適化問題の解探索や物質の基底状態の発見に非常に強力な手法として知られ、複雑なエネルギー地形を効率的に探索できるため、科学者やエンジニアにとって極めて魅力的な技術となっています。特に組み合わせ最適化や材料科学、機械学習、金融など多様な分野で応用が期待されています。

今回の成果は、量子シミュレーションが理論物理の「紙の上の計算」から、実験的な現象解明や応用技術の創出へと進化したことを示しています。将来的には、より大規模な量子システムの制御や、より複雑な物理現象のシミュレーション、さらには産業応用への展開も視野に入ります。量子アニーリングの進化は、最適化問題だけでなく、自然界の根源的な謎の解明や新素材開発など、人類の知識基盤そのものを拡張する可能性を秘めています。

一方で、量子コンピュータのノイズやエラー耐性、スケールアップの課題も依然として残っています。今後は、より高精度な量子デバイスの開発や、量子アルゴリズムの改良、理論・実験の連携強化が求められるでしょう。

このような研究は、量子技術が「人類の進化を助けるテクノロジー」として社会に浸透していく過程の重要な一里塚といえます。

【用語解説】

自発的対称性の破れ(Spontaneous Symmetry Breaking, SSB)
物理系が本来持っている対称性が、実際の安定状態では失われてしまう現象を指す。たとえば、磁石のスピンが一方向に揃う現象や、ヒッグス機構による素粒子の質量の起源など、物性物理や素粒子物理、宇宙論など幅広い分野で重要な概念である

量子アニーリング
量子力学的なゆらぎを利用し、組み合わせ最適化問題の解を探索するアルゴリズム。イジング模型を基盤とし、量子ゆらぎの強さを徐々に減らしていくことで、最適解(基底状態)を見つけ出す。従来の計算機では困難な大規模最適化問題にも適用できるため、科学・産業両面で注目されている

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野村貴之
理学と哲学が好きです。昔は研究とかしてました。
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