Googleは2025年8月13日、Geminiアプリに「Personal Context」機能を追加したと発表した。
この機能はデフォルト設定として有効になり、過去の会話履歴から学習してパーソナライズされた応答を提供する。まず選択された国のGemini 2.5 Proで展開され、数週間後に2.5 Flashに拡張される予定である。
同時に「Temporary Chat」機能も追加される。この機能により一回限りの会話が可能となり、これらのチャットは将来の会話に影響を与えず、AIモデルの訓練にも使用されない。チャットは最大72時間保存され、他のアクティビティは3か月、18か月、36か月の間隔で自動削除される。
新たなデータ制御機能では、ユーザーが自分のデータを将来のGoogleモデル訓練に使用させないよう設定できる。GeminiアプリのプロダクトマネジメントシニアディレクターであるMichael Siliskiが今回の更新について説明した。
これらの機能は、2024年にChatGPTが導入し、2024年11月にAnthropicがClaude向けに「Styles」機能を追加した後を追う形となる。
From: 
Google adds limited chat personalization to Gemini, trails Anthropic and OpenAI in memory features
【編集部解説】
GoogleのGeminiにパーソナライゼーション機能「Personal Context」が追加されたニュースは、単純な機能アップデート以上の意味を持っています。これは、AI業界における競争の激化と、AIアシスタントのあり方に関する重要な転換点を示す出来事です。
今回のアップデートで注目すべきは、Googleの戦略的な立ち位置の変化でしょう。これまでGoogleは自社の検索履歴を活用したパーソナライゼーション機能を実験していましたが、ユーザーからの反発を受けて一度撤回した経緯があります。今回の「Personal Context」は、その失敗を踏まえた改良版といえます。
この機能により、Geminiは過去の会話から自動的に学習し、ユーザーの趣味や仕事の詳細、プロジェクトの進行状況などを記憶するようになります。例えば、以前にあるコミックの話をしていれば、誕生日パーティーのテーマ提案時にそのキャラクターを基にしたアイデアを出してくれるといった具合です。
しかし、競合他社との比較を見ると、Googleの後手に回った感は否めません。OpenAIのChatGPTは2024年から記憶機能を段階的に導入し、現在では全ての過去の会話を参照できる機能を2025年4月に実装済みです。AnthropicのClaudeも2024年11月に「Styles」機能を導入し、今週にはすべての会話を参照できるアップデートを配信しました。
技術的な制約も見逃せない要素となっています。Googleは競合他社とは異なり、ユーザーが設定を編集や削除することを許可していません。これは、AIの記憶精度や制御性の面で劣る可能性を示唆しているからです。ChatGPTでは手動でメモリを設定できるのに対し、Claudeは自動抽出に特化しており、それぞれ異なるアプローチを取っています。
プライバシーとセキュリティの観点では、今回のアップデートは両刃の剣といえるでしょう。「Temporary Chat」機能の追加により、一時的な会話は72時間後に削除され、AIの訓練にも使用されないという配慮は評価できます。ただし、Personal Contextがデフォルトで有効になっている点は、プライバシーを重視するユーザーにとって懸念材料となります。
ビジネス活用の観点から見ると、この機能は企業ユーザーにとって特に価値があります。継続的なプロジェクトにおいて、企業のブランディングガイドラインやトーンを記憶し、一貫した出力を提供できることは、業務効率化に大きく貢献するためです。ただし、機密情報の取り扱いについては、企業側での慎重な運用ポリシーの策定が必要になります。
長期的な視点で見ると、このパーソナライゼーション機能の導入は、AIアシスタントが単なる質問応答ツールから、真の「個人秘書」へと進化する過程の一部といえるでしょう。しかし、AIが私たちをより深く理解することで生じる潜在的なリスク—偏見の強化や思考の狭小化—についても注意深く監視していく必要があります。
このアップデートは、AI業界の競争が新たなフェーズに入ったことを示すシグナルでもあります。今後は、単純な性能向上だけでなく、ユーザーとの関係性構築能力が差別化要因となっていくと予想されます。
【用語解説】
Personal Context
GoogleのGeminiアプリに導入されたパーソナライゼーション機能である。過去の会話から学習して、ユーザーの好みや関心事を記憶し、より関連性の高い個別化された応答を生成する機能である。
Temporary Chat
一度限りの会話を可能にする機能である。この会話は将来の会話に影響を与えず、パーソナライゼーションやAIモデルの訓練に使用されることもない。チャットは72時間後に自動削除される。
Michael Siliski
GoogleのGeminiアプリ製品管理担当シニアディレクターである。今回のパーソナライゼーション機能追加について公式発表を行った。
【参考リンク】
Google Gemini（外部）
GoogleのAIアシスタントGeminiの公式サイト。文章生成、計画作成、ブレインストーミングなど多機能を備えている。
Anthropic（外部）
安全で解釈可能なAIシステムの研究と開発を行うAI企業。Claude AIアシスタントを提供している。
OpenAI（外部）
ChatGPTなどの高度なAI技術を開発する米国の企業。汎用人工知能の実現を目指している。
Claude AI（外部）
Anthropicが開発した次世代AIアシスタント。安全性、正確性、セキュリティを重視した設計。
Google AI Studio（外部）
Googleの開発者向けAIプラットフォーム。Geminiモデルへのアクセスを提供する。
【参考記事】
Google Gemini について（外部）
Google公式のGeminiサービス説明ページ。今回追加された機能の文脈理解に役立つ。
Anthropic bets on personalization in the AI arms race（外部）2024年11月にAnthropicがClaude向けに導入したStyles機能について詳述した記事。
【編集部後記】
GoogleのGeminiがPersonal Context機能を導入したことで、私たちは新たな時代の入り口に立っています。これまでAIアシスタントは「誰でも使える共用ツール」でしたが、今後は「個人専用の秘書」へと変貌していくでしょう。
この変化が意味するのは、『ちょっとAI貸してー』という何気ない一言が、実は相当にデリケートな要求になってしまうということです。あなたのGeminiには、あなたの趣味、仕事の詳細、家族構成、将来の計画まで記憶されているかもしれません。それを他人に貸すということは、まさに「日記を貸して」と言われるような感覚になってくるのではないでしょうか。
興味深いのは、GoogleがPersonal Contextをデフォルトで有効にしたという判断です。これは「パーソナライゼーションが当たり前の時代」への移行を示唆しています。一方で、Temporary Chat機能の同時実装は、プライバシーを重視するユーザーへの配慮も忘れていないことを物語っています。
私たちinnovaTopiaでも、AI記事を執筆する際に複数のアシスタントを使い分けていますが、それぞれが異なる「記憶」を持つようになれば、用途に応じた使い分けがより重要になってきます。ビジネス用、プライベート用、実験用といった具合に、AIアシスタントのアカウント管理が必要な時代が到来するかもしれません。
AIが私たちをより深く理解することで得られる利便性と、それによって失う可能性のあるプライバシーや思考の自由度。この絶妙なバランスを保ちながら、テクノロジーと付き合っていく知恵が、これからの私たちには求められているのでしょう。
