オマーン国の国家グリーン水素戦略推進機関Hydromは2025年8月14日、第三回グリーン水素入札ラウンドで採択されるプロジェクトの商業的実現性向上を目的とした新たな財政インセンティブを発表した。
主要なインセンティブは開発段階における土地リース料の90%削減、フロントエンドエンジニアリング設計(FEED)段階での追加緩和措置、生産初期における基本ロイヤリティの大幅削減、最大10年間の法人税免除である。
第三回入札ではドゥクムに最大300平方キロメートルの土地が提供され、各プロジェクトは最低100平方キロメートルのカバーが必要である。グリーン水素バリューチェーン全体の主要業界プレイヤーやコンソーシアムから約100件の登録があった。資格審査書の提出期間は2025年10月31日までとなっている。
From: Oman Unveils New Incentives to Boost Green Hydrogen Projects in Third Auction Round
【編集部解説】
今回のオマーンによる新たなインセンティブ策は、グリーン水素産業における投資環境の複雑さを物語る出来事です。同国は既に第一回と第二回のオークションで8つの大型プロジェクトを獲得し、490億ドル以上の投資確約を得ていますが、なぜ今回このような追加措置が必要になったのでしょうか。
その背景には、グリーン水素プロジェクトが直面する構造的な経済課題があります。初期投資額が巨額になる一方で、プロジェクトの商業的実現性には多くの変数が絡みます。特に開発段階では収益がゼロにもかかわらず、土地リース料やロイヤリティといった固定費が発生するため、キャッシュフローの改善が切実な課題となっているのです。
今回のインセンティブパッケージで特に注目すべきは、内部収益率(IRR)の改善を明確に目標として掲げている点です。これは投資判断において最も重要な指標の一つであり、開発者にとって最終投資決定(FID)を下す際の決定的な要素となります。土地リース料の90%削減という思い切った措置は、プロジェクト初期の負担を大幅に軽減し、投資収益性を向上させる効果が期待されます。
第三回オークションが対象とするドゥクム地区は、オマーンの戦略的なエネルギーハブとして位置づけられています。300平方キロメートルという広大な土地は、最低100平方キロメートルという条件を満たす複数のプロジェクトを同時に展開できる規模であり、開発者にとって柔軟な計画立案が可能になります。
しかし、約100件という登録数は一見順調に見える一方で、実際の入札参加や最終的な投資決定につながるかは別問題です。グリーン水素市場は技術の成熟度、需要の確実性、輸送インフラの整備状況など、多くの要素が絡み合う複雑な市場だからです。特に欧州やアジアの需要地域との距離的な優位性はあるものの、実際のオフテイク契約の確保が課題となる可能性があります。
今回の措置は、オマーンがグリーン水素分野で先行者利益を確保しようとする意図を示しています。サウジアラビアやUAEといった近隣国も同様の戦略を展開する中で、投資家の関心を引きつけるための競争が激化していることの表れでもあります。2025年10月31日の応募締切まで、実際にどれほどの企業が具体的な提案を行うかが、この政策の真の成功を測る指標となるでしょう。
【用語解説】
グリーン水素
太陽光や風力など再生可能エネルギーによる電力を使用して、水の電気分解により製造される水素のこと。製造過程でCO2を排出しないため、脱炭素化の切り札として注目されている。
FEED(Front-End Engineering Design)
プロジェクトの初期工学設計段階を指す。詳細な技術設計、コスト見積もり、リスク評価を行い、最終投資決定(FID)に向けた技術的な実現性を確認する重要なフェーズである。
内部収益率(IRR)
投資プロジェクトの収益性を評価する指標の一つ。投資コストと将来のキャッシュフローから計算され、投資判断において重要な要素となる。
最終投資決定(FID)
プロジェクト開発において、本格的な建設・運営に移行することを正式に決定する重要な節目。技術的実現性、経済性、リスク評価などを総合的に判断して行われる。
ロイヤリティ
資源開発において、生産量や売上に応じて政府に支払われる使用料や権利料のこと。
ドゥクム
オマーンの中部に位置する戦略的な港湾都市。ドゥクム経済特別区(SEZAD)として開発が進められ、グリーン水素プロジェクトの重要な拠点となっている。
【参考リンク】
Hydrom(外部)
オマーンの国家グリーン水素戦略を統括する公的機関の公式サイト
SolarQuarter(外部)
太陽光発電や再生可能エネルギー分野に特化したグローバルメディア
【参考記事】
Oman to offer financial incentives for green hydrogen projects(外部)
水素業界専門メディアによる詳細報道と投資確約実績の説明
Oman Launches Incentives For Third Green Hydrogen Round(外部)
中東エネルギー専門誌による財政インセンティブの具体的内容の解説
Hydrom introduces targeted fiscal incentives(外部)
市場調査結果を受けた政策変更の背景と戦略的位置づけの説明
HyPort Duqm project(外部)
ドゥクムにおける具体的プロジェクト事例と1.3GWの設備計画
Duqm project joins Oman’s green energy framework(外部)
ACME Groupプロジェクトの年間71,000トン生産計画と総投資額
【編集部後記】
オマーンのこの動きは、日本にとっても無関係ではありません。政府が掲げる2050年カーボンニュートラル目標の実現には、グリーン水素の安定調達が不可欠だからです。
中東という地理的優位性を活かしたオマーンからの水素輸入は、将来的に日本のエネルギー安全保障の一翼を担う可能性があります。読者の皆さんは、日本企業がこうした海外プロジェクトにどのような形で参画していくべきだと思われますか?技術提供、資本参加、長期購入契約など、様々なアプローチが考えられますが、どの戦略が最も効果的でしょうか。