2025年8月、モロッコとスペインの両政府がジブラルタル海峡を横断する海底鉄道トンネルプロジェクトを正式承認した。
両政府は技術的実現可能性研究の更新に160万ユーロを配分した。このプロジェクトのアイデアは1979年にさかのぼり、2023年以降に再び推進力を得た。スペイン、ポルトガル、モロッコが共同開催する2030年FIFAワールドカップが背景にある。
トンネルは全長約42キロメートル、うち28キロメートルが海底区間となる予定で、タリファ近くのスペイン南部海岸とモロッコのタンジェ・メッド港を結ぶ。最深部は海面下475メートルに達する。ドイツのトンネル建設会社ヘレンクネヒトAGが技術パートナー候補として挙げられている。
複数のエンジニアリング評価では総コストを60億から150億ユーロと見積もっている。モロッコのジブラルタル海峡研究国営会社(SNED)とスペイン側のカウンターパートが二国間委員会を再始動させ、最終的な実現可能性報告書は2026年半ばまでに完成予定である。本格建設が承認されればプロジェクトは2040年頃の完成を目指している。
【編集部解説】
今回のジブラルタル海峡海底トンネルプロジェクトは、単なる夢物語から現実的な計画への転換点を迎えています。しかし、複数のメディア報告を検証すると、記事間で数値に一部相違があることが確認できました。スペインの情報源によると、トンネルの総延長は38.5キロメートル、海底部分は27.7キロメートルとされており、Daily Galaxyの42キロメートル(海底部分28キロメートル)とは若干の差異があります。また、最深部についても175〜475メートルの範囲とする報告もあります。
この技術的挑戦を理解するには、海峡の地質学的複雑さを知る必要があります。ジブラルタル海峡は地震活動が活発な地域であり、海底にはフリッシュ層と呼ばれる複雑な地質構造があります。これらの条件下での建設は、ドーバー海峡のユーロトンネル(全長50キロメートル、建設期間6年、当時の建設費約50億ポンド)を上回る技術的困難を伴うとされています。
経済的インパクトの観点では、このトンネルは地中海地域の物流網を根本的に変革する可能性があります。特に注目すべきは、EUが推進する「地中海インフラ回廊」構想との連携です。この構想には、ポルトガルからドイツまでを結ぶH2med水素パイプラインプロジェクト(総延長2,500キロメートル、投資額107億ユーロ)も含まれており、エネルギー・物流・デジタル接続の統合的な欧州・アフリカ間ネットワークの一部として位置づけられています。
技術パートナーとして名前が挙がるヘレンクネヒトAGは、ハンブルクのエルベ川横断トンネルやイスタンブールのボスポラス海峡トンネルなど、世界の困難なトンネルプロジェクトを手がけてきた実績があります。同社のミックスシールド技術は、複雑な地質条件と高い水圧に対応できる特殊な工法として注目されています。
ただし、インフレーション、地震活動、地政学的変動など、長期プロジェクト特有の不確実性があります。また、建設費の見積もりも60億から150億ユーロと幅があり、最終的な投資規模は今後の詳細設計に大きく依存します。
2026年半ばに予定される最終実現可能性報告書の結果が、このプロジェクトの真の実現可能性を示す重要な節目となるでしょう。
【用語解説】
SNED(Société Nationale d’Etudes du détroit de Gibraltar)モロッコのジブラルタル海峡研究国営会社。同海峡横断プロジェクトの技術的検討を担当する政府機関である。
タンジェ・メッド港モロッコ北部に位置する北アフリカ最大のコンテナ港。地中海に面し、年間取扱量500万TEU超を誇る戦略的物流拠点である。
フリッシュ層
堆積岩の一種で、砂岩と頁岩が交互に積層した地質構造。ジブラルタル海峡周辺に分布し、トンネル建設における技術的課題の要因となっている。
ミックスシールド工法
トンネルボーリングマシン(TBM)の一種で、軟弱地盤から硬岩まで様々な地質条件に対応できる掘削技術である。
【参考リンク】
ヘレンクネヒトAG(外部)
ドイツの世界最大手トンネル建設機械メーカー。複雑な地質条件での海底トンネル建設技術を提供
Morocco World News(外部)
モロッコの英語ニュースメディア。北アフリカ・中東地域の最新情報を発信する信頼性の高い情報源
【参考記事】
Morocco–Spain tunnel: Studies restart(外部)
スペイン政府が160万ユーロを配分し、40年間停滞していたジブラルタル海峡横断トンネルの実現可能性研究を再開
Spain Allocates €1.6 Million for Morocco-Spain Underwater Tunnel Study(外部)
2025年5月のスペイン政府による予算配分の詳細と、プロジェクト再始動の背景について詳しく解説
Europe and Africa Could Be Linked by Ambitious Underwater Tunnel(外部)
総工費60-150億ユーロ、完成目標2040年とする計画の技術的困難さとドーバー海峡トンネルを上回る挑戦を分析
German Firm Herrenknecht to Study Spain-Morocco Undersea Rail Tunnel Project(外部)
ヘレンクネヒトAGの技術的関与と、同社の海底トンネル建設における専門技術について詳述
Spain revives ambitious undersea tunnel project to connect with Morocco(外部)
トンネル総延長38.5km、海底部分27.7kmという具体的数値と、地質学的課題について詳細な技術的分析を提供
【編集部後記】
このジブラルタル海峡トンネルプロジェクトを見ていて、改めて「つながること」の持つ力について考えさせられました。技術的な挑戦もさることながら、40年という歳月を経てようやく実現に向けて動き出した背景には、地政学的な変化や気候変動への対応など、私たちの時代ならではの要因があるように思います。
皆さんはこうした大規模インフラプロジェクトが完成した時、最も恩恵を受けるのは誰だと思われますか?
また、日本でも本州と九州を結ぶ関門トンネルのような海底トンネルがありますが、国境を越える海底トンネルが生み出す価値とは何なのでしょうか。
技術の進歩が人々の移動や物流をどう変えていくのか、一緒に考えてみませんか。