Commonwealth Fusion Systems(CFS)、米国エネルギー省のプリンストン・プラズマ物理学研究所(PPPL)、オークリッジ国立研究所の官民パートナーシップが、HEAT-MLと呼ばれる新しい人工知能システムを開発した。
このAIは核融合容器内の「磁気シャドウ」を発見する処理を大幅に高速化する。磁気シャドウは、プラズマの強烈な熱から保護された安全な領域である。従来のHEATプログラムでは単一のシミュレーションに約30分を要していたが、HEAT-MLは同じ計算を数ミリ秒で実行できる。この技術は深層ニューラルネットワークを使用し、約1,000のSPARCシミュレーションデータベースで訓練された。
SPARCはCFSが建設中のトカマクで、2027年までに正味エネルギー利得の実証を目指している。HEAT-MLは現在、SPARC排気システムの15個のタイルを代表する特定部分に特化しているが、研究チームは将来的にあらゆる形状・サイズの排気システムに適用範囲を拡大することを計画している。この研究成果はFusion Engineering and Design誌に掲載された。
From: AI finds hidden safe zones inside a fusion reactor
【編集部解説】
今回の研究成果は、核融合エネルギーの実用化に向けた重要な技術的ブレークスルーです。核融合炉の内部では、プラズマが太陽の中心温度を超える1億度以上まで加熱されるため、炉壁への熱負荷管理は生死を分ける課題となっています。
従来のHEATシステムでは、磁気シャドウの計算に30分という時間を要していましたが、HEAT-MLはこれを数ミリ秒まで短縮しました。この劇的な高速化により、リアルタイムでの炉内状況の監視と制御が可能になります。
特に注目すべきは、この技術がCommonwealth Fusion Systemsの次世代トカマクSPARCに特化して開発されている点です。SPARCは2027年の正味エネルギー利得実証を目標としており、この技術はその実現に向けた重要な基盤となります。
深層ニューラルネットワークを活用したこのアプローチは、従来の物理シミュレーションとAIの融合という意味で画期的です。約1,000のシミュレーションデータから学習したAIが、複雑な3D幾何学計算を瞬時に処理できるようになったことで、核融合炉の設計プロセス全体が根本的に変革される可能性があります。
一方で、現在のHEAT-MLはSPARCの特定部分(底部の15タイル)に限定されており、汎用性の拡大が今後の課題となります。研究チームは将来的にあらゆる形状・サイズの排気システムへの適用を目指していますが、各炉の個別設計に対応するには更なる技術開発が必要でしょう。
この技術革新は、核融合エネルギーの商業化スケジュールを大幅に前倒しする可能性を秘めています。設計段階での迅速な検証が可能になることで、開発コストの削減と安全性の向上を同時に実現できる道筋が見えてきました。
【用語解説】
HEAT-ML
Heat flux Engineering Analysis Toolkitの機械学習版。核融合炉内の磁気シャドウを高速計算するAIシステム。
磁気シャドウ
核融合炉内でプラズマの直接的な熱から遮蔽される安全な領域。他の内部構造物の「影」になる部分。
トカマク
ドーナツ型の核融合炉。強力な磁場でプラズマを閉じ込める方式の代表的な核融合装置。
深層ニューラルネットワーク
複数の隠れ層を持つ人工知能の一種。大量のデータから複雑なパターンを学習する。
プラズマ対向構成要素
核融合炉内でプラズマに直接面する部品。高温プラズマからの熱負荷を受ける重要部位。
【参考リンク】
Commonwealth Fusion Systems(外部)
SPARCトカマクを開発する民間核融合エネルギー企業。2018年にMITからスピンアウトして設立され、2027年の正味エネルギー利得実証を目指している。
プリンストン・プラズマ物理学研究所(外部)
米国エネルギー省の国立研究所でプラズマ物理学と核融合科学の研究機関。トカマクやステラレーターの開発で世界的に知られる。
オークリッジ国立研究所(外部)
米国エネルギー省傘下の多分野研究機関。核融合、材料科学、スーパーコンピューティング分野で先進的研究を行う。
【参考動画】
【参考記事】
US HEAT-ML breakthrough accelerates fusion plasma heat protection(外部)
HEAT-ML技術の詳細と核融合炉の熱保護システムへの影響について、30分から数ミリ秒への計算高速化を中心に解説している。
AI to search for shadows in tokamaks and protect reactors from plasma heat(外部)
トカマク内のシャドウ検索にAIを活用する技術的意義と、プラズマ熱からの炉体保護メカニズムについて詳しく分析している。
New AI Tool Cuts Fusion Reactor Design Time from Hours to Milliseconds(外部)
HEAT-MLによる設計時間の劇的短縮効果と、核融合炉開発プロセス全体への波及効果について具体的な時間短縮データを提示している。
Accelerating Detection of Shadows in Fusion Systems Using AI(外部)
約1,000のSPARCシミュレーションデータベースを用いた深層ニューラルネットワークの訓練プロセスと技術的詳細を解説している。
【編集部後記】
今回のHEAT-ML技術は、核融合エネルギーの商業化に向けた重要な技術的マイルストーンだと感じています。30分かかっていた計算を数ミリ秒に短縮するという驚異的な進歩を見ると、私たちが想像していたよりも早く核融合発電の実用化が現実になるかもしれませんね。
特に興味深いのは、SPARCが2027年の正味エネルギー利得実証を目指していることです。みなさんは、この核融合技術が実用化された際、私たちのエネルギー環境や社会全体にどのような変化をもたらすと思われますか?また、AI技術と核融合技術の融合について、他にどのような可能性があると考えますか?ぜひSNSでご意見をお聞かせください。