芝浦工業大学システム理工学部の大谷拓也准教授、早稲田大学理工学術院の高西淳夫教授、富士通株式会社が、量子コンピューターを活用したロボットの姿勢制御手法を開発した。
この手法は複数関節を持つロボットの逆運動学計算を量子技術で効率化するもので、ロボットの各部の向きや位置を量子ビットで表現し、親関節の動きが子関節に影響する構造を量子もつれで再現する。理化学研究所と富士通が共同開発した64量子ビットの実機で検証を行った。
富士通の量子シミュレーターを用いた検証では、従来手法と比較して最大43%の誤差低減を達成した。17個の関節を持つ全身多関節モデルの運動計算を30分程度で実行できる試算が得られた。
論文は「Scientific Reports」Nature Portfolio社に掲載され、DOIは10.1038/s41598-025-12109-0である。
From: 量子コンピューターによるロボットの姿勢制御手法を開発
【編集部解説】
今回の研究成果は、量子コンピューティングとロボティクスという二つの最先端分野の融合を実現した画期的な取り組みです。
従来のロボット制御における最大の課題は、複雑な逆運動学計算の計算負荷でした。特に人間の関節数と同じ17個の関節を持つヒューマノイドロボットでは、解空間が膨大すぎて直接計算が困難であり、実用的には7個の関節に簡略化せざるを得ませんでした。これは動作の滑らかさに大きな制約をもたらしていました。
量子もつれの活用が今回の技術的ブレークスルーの核心部分です。親関節の動きが子関節に自然に影響を与える構造を量子回路上で再現することで、従来の古典的計算では実現できなかった効率性を達成しました。
この技術の実用的な意義は、現在のNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)環境でも実装可能な点にあります。完全な量子コンピューターの実現を待つことなく、現在の量子デバイスで実際に応用できる技術として設計されています。
将来的には、ヒューマノイドロボットのリアルタイム制御、障害物回避、エネルギー最適化といった分野への応用が期待されます。特に介護ロボットや産業用マニピュレータにおいて、より人間らしい自然な動作を実現する基盤技術となる可能性があります。
一方で、量子コンピューターと古典コンピューターのハイブリッド処理における通信ボトルネックや、量子デバイスの環境ノイズへの対処など、実用化に向けた技術的課題も残されています。これらの課題解決が、この革新的技術の社会実装への鍵となるでしょう。
【用語解説】
逆運動学計算:ロボットの手先が目標位置に到達するために必要な各関節の角度を求める計算。ロボット制御の基本となる技術であり、関節数が増えるほど計算が複雑になる。
量子もつれ:2つ以上の量子ビット間に生じる量子力学的な相関関係。一方の量子ビットの状態が決まると、他方の状態も瞬時に決定される現象で、量子コンピューティングの基本原理の一つである。
NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum):現在の量子コンピューター技術の段階を表す用語。ノイズがある中規模量子デバイスという意味で、完全な量子誤り訂正機能を持たない現在の量子コンピューターを指す。
順運動学計算:ロボットの各関節角度が与えられた時に、手先の位置と姿勢を求める計算。逆運動学計算とは逆の処理である。
【参考リンク】
芝浦工業大学(外部)
1927年設立の私立工科大学。東京都江東区に本部を置き、今回の研究を主導した大谷拓也准教授が所属
早稲田大学(外部)
1882年創立の総合大学。理工学術院の高西淳夫教授が参画し、ロボット工学分野で世界的に著名
富士通 量子コンピューティング(外部)
富士通の量子コンピューティング研究開発の公式ページ。64量子ビット超伝導量子コンピューターの情報を提供
【参考動画】
【参考記事】
Shibaura Institute of Technology, Waseda University and Fujitsu develop quantum computer-based robot posture control method(外部)
富士通の公式プレスリリース英語版。64量子ビット実機での検証結果や量子もつれ導入による43%の誤差低減効果について詳細に説明
Japanese scientists develop ‘quantum computer-based robot control’(外部)
ロボティクス専門メディアによる解説記事。従来の古典的計算手法の限界と量子コンピューティングがもたらす革新について分析
Fujitsu, Waseda & Shibaura Institute Develop Quantum Robot Posture Optimisation(外部)
量子技術専門メディアによる詳細分析。NISQ環境での実装可能性や将来的な応用分野について専門的な視点から解説
Shibaura, Waseda partner with Fujitsu to control robot posture(外部)
技術メディアによる報道。17個関節を持つ全身多関節モデルの30分計算実現という具体的な性能数値を含む技術的詳細を報告
【編集部後記】
量子コンピューターとロボットが融合した今回の研究は、私たちが想像している未来のロボット社会への大きな一歩かもしれません。人間と同じ17個の関節を持つロボットが、これまでできなかった滑らかで自然な動作を実現する日が近づいているのではないでしょうか。
みなさんは、どのような場面でこうした高精度なロボットが活躍すると思われますか?介護現場での優しい動作、災害救助での複雑な作業、それとも日常生活でのパートナーとしての役割でしょうか。量子技術がもたらすこの変化が、私たちの生活にどんな影響を与えるのか、一緒に考えてみませんか。