ノルウェー工科大学が開発、ビール醸造粕から医薬品カプセルを製造する革新技術

[更新]2025年9月24日07:05

ノルウェー工科大学が開発、ビール醸造粕から医薬品カプセルを製造する革新技術 - innovaTopia - (イノベトピア)

ノルウェー工科大学(NTNU)のバイオテクノロジー・食品科学科のPhD研究員トクタム・ファルジャミ氏が、ビール醸造時に発生するブルワーズ・スペント・グレイン(醸造粕)を活用した新技術を開発した。この研究は学術誌Food Hydrocolloidsに掲載された。

現在は主に動物飼料の添加物として使用されるか廃棄されている醸造粕を、タンパク質濃縮物として医薬品や健康食品の原料に転用する技術である。研究では醸造粕のタンパク質が持つ撥水性と乳化特性を活用し、魚油やオメガ3脂肪酸を含むマイクロカプセルの壁材として利用することに成功した。実験では40度で15日間保存後も魚油の品質を新鮮な状態に保持できることが確認された。

指導教官のエヴァ・ファルク教授は、一つの産業の残留物が別の産業の機能性成分になる学際的イノベーションの重要性を強調している。国連食糧農業機関は2050年までに肉消費が73%増加すると予測しており、この技術はタンパク質不足の解決策としても期待される。

From: 文献リンクCan beer be turned into useful fats and medicines?

【編集部解説】

この研究が注目される理由は、従来「廃棄物」として扱われてきた醸造粕が、実は高機能な生体材料として活用できる可能性を科学的に実証した点にあります。ノルウェー工科大学の研究チームは、アルカリ抽出法という化学的手法を用いて醸造粕からタンパク質を効率的に分離し、さらに塩酸をクエン酸に置き換えることで品質向上を実現しました。

特に興味深いのは、このタンパク質が持つ両親媒性(水にも油にもなじむ性質)を活用した点です。これにより魚油やオメガ3脂肪酸といった酸化しやすい成分を安定的に保護できるマイクロカプセルの製造が可能になります。40度での15日間保存テストは、実用化における品質保証の観点から重要な意味を持っています。

この技術の応用範囲は医薬品、化粧品、機能性食品と多岐にわたり、特に高齢化社会における健康維持分野での需要が期待されます。また、ビール業界にとっても新たな収益源となる可能性があり、循環型経済モデルの具体例として注目されています。

一方で、実用化には食品安全性の確認、大規模生産技術の確立、コスト競争力の獲得といった課題があります。特に医薬品グレードの品質管理基準をクリアするには、さらなる研究開発が必要でしょう。

国連食糧農業機関(FAO)が予測する2050年の肉消費73%増加という数値は、代替タンパク源への注目度を高める重要な背景となっています。この技術は食糧安全保障の観点からも、持続可能な社会実現への一歩として評価できます。

【用語解説】

ブルワーズ・スペント・グレイン(BSG)
ビール醸造過程で麦芽から糖分を抽出した後に残る穀物の残渣。通常は動物飼料として利用されるか廃棄される副産物だが、タンパク質や食物繊維が豊富に含まれている。

マイクロカプセル化技術
微細な粒子を薄い膜で包み込み、内容物を保護する技術。医薬品や化粧品分野で広く活用され、有効成分の安定性向上や徐放性制御を可能にする。

両親媒性タンパク質
水にも油にもなじむ性質を持つタンパク質。界面活性剤として機能し、本来混ざりにくい物質同士を安定的に混合させることができる。

アルカリ抽出法
強アルカリ性の溶液を使用してタンパク質を効率的に抽出する化学的手法。工業的に広く採用されている分離精製技術の一つである。

【参考リンク】

ノルウェー工科大学(NTNU)(外部)
ノルウェー最大の理工系大学で、バイオテクノロジーや食品科学分野で世界的な研究成果を上げている高等教育機関である。

Food Hydrocolloids(学術誌)(外部)
食品コロイド科学分野の権威ある国際学術誌で、食品の物理化学的特性や機能性成分に関する最新研究を掲載している。

【参考記事】

Brewer’s spent grain: Unveiling innovative applications in sustainable food production(外部)
2025年4月に発表された論文で、ブルワーズ・スペント・グレインの持続可能な食品生産への革新的応用について包括的に解説している。

Extracting proteins from Brewers’ spent grain using emerging technologies(外部)
デンマーク工科大学による2025年の研究報告書で、新興技術を用いた醸造粕からのタンパク質抽出方法について詳細に分析している。

Upcycling sustainable protein from brewer’s spent grain(外部)
アルファ・ラバル社が2025年2月に発表した記事で、醸造粕からの持続可能なタンパク質アップサイクリング技術について産業的観点から解説している。

Recent Developments in the Microencapsulation of Fish Oil(外部)
2022年10月に発表された魚油のマイクロカプセル化技術に関する最新動向をまとめた包括的レビュー論文である。

The role of brewing in the emerging circular economy(外部)
2025年7月に発表された醸造業界における循環型経済の役割について、ケーススタディを交えて分析した記事である。

【編集部後記】

この記事を読んで、「これまで廃棄されていたビールの副産物が医薬品になる」という発想の転換に驚きませんでしたか?実は私たちの身の回りには、まだまだ価値を見出されていない「廃棄物」がたくさん眠っているのかもしれません。

皆さんの日常生活や職場で、「これって何かに使えないかな?」と感じるものはありませんか?例えばコーヒーの出がらしや果物の皮、製造業の端材など、新しい視点で見直してみると意外な可能性が見つかるかもしれません。循環型経済の考え方は、私たち一人ひとりの小さな気づきから始まります。この記事をきっかけに、持続可能な未来について一緒に考えてみませんか?

投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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