2025年9月25日、CNETが報じたところによると、通話録音でAI訓練用データを提供する代わりに報酬を支払うアプリ「Neon」が大きな人気を集めたが、セキュリティ問題により現在サービスが停止している。
木曜日時点で、NeonはiOS無料アプリランキング第4位に位置し、Google、Temu、TikTokを上回った。以前は第2位まで上昇していた。
Neonは、iOSとAndroidで利用可能で、開発元のNeon Mobileは、ユーザーの発信通話を録音し、通常の通話に対して1日最大30ドル、他のNeonユーザーへの通話で1分あたり30セント、Neonユーザー以外への通話で1分あたり15セントを支払う。紹介による報酬として30ドルも提供している。
最初の10セントを稼いだらすぐに換金でき、支払いは通常3営業日以内に処理される。同社は通話の発信者側のみを録音すると約束している。Android版は2.4星の評価で、換金時のネットワークエラーが報告されている。通話データは匿名化され、AI音声アシスタントの訓練に使用される。
AI企業i-Gentic AIのCEOZahra Timsah氏とInfo-Tech Research GroupのValence Howden氏は、プライバシーと同意に関する懸念を表明している。
【最新状況】
TechCrunchの報告によると、Neonアプリは9月25日にセキュリティ上の重大な脆弱性が発見されたため、一時的にサービスを停止している。この脆弱性により、ログインユーザーが他のユーザーの電話番号、通話録音、転写テキストにアクセス可能な状態であったことが判明した。
From: This Free App Pays You to Record Your Calls for AI Training, and It’s a Hit
【編集部解説】
今回のNeonアプリの登場と、その後のセキュリティ問題による急速なサービス停止は、データが新たな「通貨」として機能する時代の光と影を象徴的に示しています。従来、私たちの個人データは企業によって収集・活用されていましたが、直接的な対価を受け取ることは稀でした。Neonは、この構造を逆転させ、ユーザーが自身のデータに対して明確な報酬を受け取るモデルを提示し、大きな注目を集めました。
このアプリが急速に普及した背景には、AI業界におけるデータ不足という深刻な課題があります。特に音声AI技術の発展には、実際の人間の自然な会話データが不可欠です。合成データでは再現できない「間」「言い淀み」「感情の起伏」といった要素は、AI音声アシスタントの品質向上に直結します。
しかし、法的な観点から見ると、Neonの運営方法には複数の課題が存在します。アメリカでは州によって通話録音に関する法律が異なっており、カリフォルニア州のように全当事者の同意を必要とする州での運用は、現状では不透明な状況です。
プライバシーの観点では、その懸念が現実のものとなりました。データの匿名化が約束されていたものの、AI技術の進歩により「匿名化されたデータから個人を特定する」リスクが指摘されていました。そして今回、Neonアプリでユーザーの電話番号や通話録音そのものが外部からアクセス可能になる脆弱性が実際に発見され、サービス停止に至ったのです。音声データには、話者の特徴や会話相手との関係性など、高度に個人的な情報が含まれているため、不完全な匿名化やセキュリティ対策の不備がもたらすリスクの大きさを改めて示す結果となりました。
長期的な視点では、このようなデータ取引モデルが普及することで、「個人データの所有権」に関する社会的議論が活発化する可能性があります。ユーザーが自身のデータに対してより積極的に価値を主張するようになれば、従来のビッグテックの収益モデルにも変化をもたらすかもしれません。
一方で、当初指摘されていたAndroidバージョンでの技術的問題や低評価に加え、今回発覚した致命的なセキュリティ脆弱性は、急速な成長の裏にある基本的なガバナンスとサービス品質の課題を浮き彫りにしています。新興テクノロジー企業にとって、イノベーションの速さと、ユーザーの信頼を担保するセキュリティ・プライバシー保護とのバランスは常に重要な課題となります。
【用語解説】
AI音声アシスタント: 人間の音声を認識し、自然言語で応答するAI技術。Amazon AlexaやGoogle Assistantなどが代表例で、自然な会話データによる学習が品質向上に不可欠である。
匿名化: 個人を特定できる情報を削除または変更し、データから個人の識別を不可能にする処理。ただし、完全な匿名化は技術的に困難とされている。
合成データ: 実際のデータではなく、アルゴリズムによって人工的に生成されたデータ。実際の人間の自然な反応や感情を再現できない限界がある。
双方同意(Two-party consent): 通話録音において、会話に参加する全ての当事者が録音に同意することを法的に要求する規則。州によって異なる法的要件がある。
【参考リンク】
Neon Mobile 公式サイト(外部)
通話録音でAI訓練データを提供する代わりに報酬を支払うアプリNeonの開発会社公式サイト。
i-Gentic AI(外部)
AIコンプライアンス分野で活動する企業。記事中でCEOがプライバシー問題についてコメント提供。
Info-Tech Research Group(外部)
データガバナンス専門家ヴァレンス・ハウデン氏が所属するIT調査・アドバイザリー企業。
【参考記事】
Neon, the No. 2 social app on the Apple App Store, pays users to record their phone calls(外部)
TechCrunchによるNeonアプリの詳細分析記事。アプリストアでの急速な人気上昇について報告。
What is Neon? The app that pays users to record their calls for AI training(外部)
Mashableによる解説記事。Neonアプリの仕組みと新しい収益モデルについて詳しく説明。
This new app pays you to use your call recordings for AI training, but is it worth it?(外部)
ZDNetによる批判的分析記事。Neonアプリの報酬システムとプライバシーリスクを検証。
This App Sells Call Recordings to AI Firms, Now Trending on US App Store(外部)
PCMagによる報道記事。アプリストアでのランキング上昇とAI企業へのデータ提供について報告。
【編集部後記】
このNeonアプリの話題は、私たちの日常的な「会話」に経済的な価値があることを改めて突きつけました。しかし、重要なのは、これは新しい現象ではないということです。
実は、皆さんが普段何気なく利用しているスマートスピーカーや音声アシスタントも、その性能向上のために私たちの音声データを活用しています。多くの場合、私たちは利用規約に同意する形で、明確な金銭的対価なしにデータを提供しているのです。Neonは、この構造を可視化し、「データ提供に対価を支払う」という選択肢を提示した点で画期的でした。
しかし、そのNeonが重大なセキュリティ問題を起こしてサービスを停止したという事実は、私たちに二つの問いを投げかけます。
一つは、「対価があれば、プライバシー情報を提供してもよいのか?」という問いです。そしてもう一つは、より根源的な「そもそも、私たちは自分たちのデータがどのように扱われているかを十分に理解しているのか?」という問いです。
Neonのように対価を明示するサービスもあれば、そうでないサービスも存在します。この一件を、ご自身のデジタルライフにおける「データとプライバシーの価値」を改めて見つめ直すきっかけとしていただければ幸いです。