バッテリー技術の進歩とセンサーの小型化、そして法規制の変化——これら3つの要素が交差する点で、新たなモビリティの形が生まれる。パナソニック サイクルテックの「MU」は、その交差点に立つ最初の製品かもしれない。しかし、この234,000円のマシンが本当に革新的なのは、スペックではなくコンセプトにある。「電動アシスト自転車の部品を流用して、免許不要の電動モビリティを作る」
問題は技術的な難易度ではない。想像力だった。19年間、ペダルを漕ぐ力を補助することに特化してきた企業が、突然「漕がない移動体」を作ることの認知的飛躍。そして何より、2023年7月の道路交通法改正が開いた新しい車両カテゴリーという、わずか2年前には存在しなかった市場への参入判断。MUが示すのは、イノベーションの本質が技術革新ではなく、既存の技術を新しい文脈で再構築する能力にあるという事実だ。
パナソニック サイクルテック株式会社は、同社初の特定小型原動機付自転車「MU(エムユー)」を2025年12月上旬に発売すると発表した。価格は234,000円(税込)である。
近年、都市部を中心に短距離移動のニーズが高まり、免許不要で漕がずに走行できる電動モビリティの活用が進んでいる。特定小型原動機付自転車は2023年7月の改正道路交通法によって創設された新たな車両区分で、電動キックボード型や自転車型などがある。
MUは着座式構造を採用し、自転車用タイヤで路面の起伏や段差に対応する。車体サイズは全長1,610mm、全幅585mm、質量24kgで、モーター出力は250Wである。車道モードでは最高速度20km/h、歩道モードでは6km/hで走行可能で、バッテリー容量16.0Ahにより約40km走行できる。
同社の自転車製造技術とノウハウを活用し、バッテリーなど多くの部品を電動アシスト自転車と共通化することで、自転車販売店での修理やメンテナンス対応を容易にした。
From: パナソニック初の特定小型原動機付自転車「MU(エムユー)」を発売
(画像提供:パナソニックグループ)
【編集部解説】
パナソニック サイクルテックによる特定小型原動機付自転車「MU」の発表は、日本のマイクロモビリティ市場における重要な転換点を示しています。同社が電動アシスト自転車分野で19年連続シェア首位を維持してきた技術力を新たな車両区分に投入することで、市場の成熟化が加速する可能性があります。
技術的差別化とイノベーション
MUの最大の特徴は、電動アシスト自転車の既存技術を活用した部品共通化戦略にあります。従来の電動キックボード型とは異なり、着座式構造と自転車用タイヤの採用により、路面状況への適応性を大幅に向上させました。特に日本の道路環境では、歩道の段差や舗装の不整備が課題となっていたため、この技術的アプローチは実用性の観点から有効です。
バッテリー容量16.0Ahと約40kmの走行距離は、都市部の通勤・通学距離を考慮した設計となっており、一充電での実用的な移動範囲を実現しています。質量24kgという軽量化も、女性や高齢者の使用を想定した配慮が見られます。
市場構造への影響
特定小型原動機付自転車市場は2023年7月の法改正以降、急速に拡大しており、2024年のJEMPA加盟社によるキックボード型、自転車型を合わせた販売台数は10,855台になります。パナソニック サイクルテックの参入により、これまでスタートアップ企業が中心だった市場に大手メーカーの信頼性と販売網が加わることになります。
特に注目すべきは、既存の自転車販売店でのメンテナンス対応を可能にした点です。これにより従来の電動キックボードが抱えていた「購入後のサポート体制の不安」という課題を解決し、より幅広いユーザー層への普及が期待されます。
潜在的リスクと規制動向
一方で、特定小型原動機付自転車の普及には課題も存在します。歩道走行時の歩行者との安全確保、駐輪場所の確保、盗難対策など、社会インフラ面での整備が追いついていない現状があります。
また、16歳以上なら免許不要という規制により、交通ルールの理解不足による事故リスクも懸念されています。パナソニック サイクルテックが販売時に交通ルール周知を徹底する方針を示していることは、業界全体の安全意識向上につながるでしょう。
長期的な市場展望
MUの投入は、日本のマイクロモビリティ市場における第二フェーズの始まりを示唆しています。初期の電動キックボードブームが一段落した現在、実用性と安全性を重視した製品群への移行が進むでしょう。特に高齢化社会において、自動車運転に不安を感じる層の代替移動手段としての需要拡大が見込まれます。
さらに、電動アシスト自転車技術との融合により、将来的にはより高度な制御システムや IoT 機能の搭載も期待されます。価格234,000円という設定も、電動アシスト自転車の上位モデルと同等水準であり、市場受容性を考慮した戦略的価格設定となっています。
【用語解説】
特定小型原動機付自転車:2023年7月の道路交通法改正により新設された車両区分。16歳以上なら免許不要で、最高速度20km/hまで走行可能な電動モビリティを指す。
パナソニック サイクルテック:パナソニックグループの自転車事業を担う子会社。電動アシスト自転車分野で日本の業界トップ企業。
MU(エムユー):パナソニック サイクルテックが開発した初の特定小型原動機付自転車。着座式構造と自転車用タイヤを採用し、価格は234,000円。
車道モード・歩道モード:特定小型原動機付自転車の走行モード。車道モードは最高速度20km/h、歩道モードは6km/hに制限される切り替え機能。
マイクロモビリティ:短距離移動に特化した小型電動車両の総称。電動キックボード、電動自転車、小型EVなどが含まれる新しい交通手段のカテゴリー。
【参考リンク】
MU(エムユー)スペシャルサイト(外部)
パナソニック サイクルテックの特定小型原動機付自転車「MU」の詳細仕様、特徴、使用方法を紹介する公式製品サイト。
まるわかり!特定小型原動機付自転車(外部)
特定小型原動機付自転車の基本的な仕組み、交通ルール、安全な利用方法を解説する情報サイト。
パナソニック サイクルテック公式サイト(外部)
電動アシスト自転車から特定小型原動機付自転車まで、同社の全製品ラインナップと企業情報を掲載。
【参考動画】
【編集部後記】
パナソニックが挑む特定小型原動機付自転車の世界は実に興味深い領域です。234,000円という価格設定は電動アシスト自転車と比較してどう感じるでしょうか。また車道モード20km/hと歩道モード6km/hの切り替え機能は、実際の都市部での利便性をどこまで向上させるのか気になるところです。自転車部品の共通化により修理やメンテナンスが既存店舗で可能になる点は画期的ですが、一方で従来の電動キックボードユーザーがこの着座式デザインをどう評価するかも注目です。16歳以上なら免許不要という手軽さと、12度の坂道を登るパワーの組み合わせが、高齢化社会における新たな移動手段として定着するのか、今後の市場動向が楽しみです。