俳優で映画監督のゼルダ・ウィリアムズは2025年10月6日(現地時間)、亡き父ロビン・ウィリアムズのAI生成動画を送らないよう公衆に訴えた。Instagramストーリーで「父のAI動画を送るのをやめて」と投稿し、AIコンテンツを「TikTokスロップ」「過剰加工されたホットドッグ」と表現してアートではないと批判した。
ロビン・ウィリアムズは2014年に63歳で死去している。ゼルダは2023年にも全米映画俳優組合のAI反対キャンペーンを支持し、故人の同意なき再現に反対する姿勢を示していた。TikTok上の最近の動画の多くはOpenAIの新動画生成アプリSora 2で作成されたと見られ、偽のApple広告や故ベティ・ホワイトとの授賞式シーンなどが含まれる。
Soraのフィードはスポンジ・ボブ、サウスパーク、ポケモン、リック・アンド・モーティなど著作権キャラクターを使った動画で氾濫した。OpenAIのメディアパートナーシップ責任者ヴァルン・シェティは、権利保有者の要請に応じてキャラクターをブロックし削除要請に対応すると述べた。
【編集部解説】
OpenAIが2025年9月下旬に発表した動画生成AI「Sora 2」は、わずか数日でソーシャルメディアを席巻しました。このツールは、無料プランも用意されていますが、より高機能な有料版も存在する形で提供されており、テキストから数秒で高品質な動画を生成できる技術として注目を集めています。
特にSora 2の技術的な特徴は、従来の画像生成AIを超え、映像と同期した対話や効果音を同時に生成できる点にあります。これにより広告、教育、エンターテインメントなど幅広い分野での活用が期待される一方で、詐欺やディープフェイクポルノ、政治的プロパガンダへの悪用リスクも急速に高まっています。
しかし、その民主化された技術力は、倫理的な問題を一気に表面化させました。故人の肖像を本人や遺族の同意なく再現する行為は、現行の法制度では明確に規制されていません。アメリカでは故人に対する名誉毀損は違法ではなく、いわゆる「パブリシティ権の死後保護」も州によって扱いが異なります。
ゼルダが使った「AIスロップ」という言葉は、近年のAI生成コンテンツを批判する際の代表的な表現となっています。これは「低品質で大量生産されたコンテンツ」を意味し、TikTokやYouTubeで氾濫するAI動画の多くがこのカテゴリーに該当するとされています。
技術的な観点から見ると、Sora 2は従来の画像生成AIを超えた「動き」と「音声」の再現が可能です。これにより広告、教育、エンターテインメントなど幅広い分野での活用が期待される一方で、詐欺やディープフェイクポルノ、政治的プロパガンダへの悪用リスクも急速に高まっています。
OpenAIは著作権侵害への対応として「削除要請フォーム」を用意していますが、権利者側からは「事後対応では遅すぎる」との批判が相次いでいます。包括的なオプトアウト機能がないため、遺族や権利者は問題が発生するたびに個別に対応しなければなりません。
この問題は単なる技術の是非を超えて、人間の尊厳とは何か、死者の記憶をどう扱うべきかという哲学的な問いを投げかけています。ゼルダの「彼が望むことではない」という言葉は、技術の進歩が必ずしも人間性の進化を意味しないことを示唆しているのかもしれません。
【用語解説】
AIスロップ(AI Slop)
AI生成技術を使って大量生産される低品質なコンテンツの総称。「slop」は「残飯」や「汚水」を意味する英語で、創造性や人間性を欠いた粗製濫造コンテンツを批判的に表現する際に使われる。TikTokやYouTubeで氾濫するAI動画の多くがこのカテゴリーに該当する。
ディープフェイク(Deepfake)
深層学習(Deep Learning)と偽物(Fake)を組み合わせた造語。AIを使って実在の人物の顔や声を別の映像に合成する技術。政治的プロパガンダ、詐欺、ポルノなどへの悪用が社会問題化している。
パブリシティ権
著名人が自己の氏名や肖像を商業的に利用する権利。存命中は本人が保有するが、死後の扱いは国や州によって異なる。アメリカでは州法により保護期間が大きく異なり、カリフォルニア州では死後70年間、インディアナ州では死後100年間保護されるなど、州ごとに規定が異なる。
全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)
アメリカの俳優や放送業界の労働者を代表する労働組合。2023年にはAIによる俳優の肖像権侵害を主要な争点として大規模なストライキを実施し、業界に大きな影響を与えた。
ロビン・ウィリアムズ(Robin Williams)
1951年生まれのアメリカの俳優・コメディアン。『グッド・ウィル・ハンティング』でアカデミー助演男優賞を受賞。『ジュマンジ』『ミセス・ダウト』など多数の名作に出演。2014年に63歳で死去。
ゼルダ・ウィリアムズ(Zelda Williams)
ロビン・ウィリアムズの長女で、俳優・映画監督。2024年にホラーコメディ『Lisa Frankenstein』で長編映画監督デビューを果たした。AIによる故人の無断再現に対して積極的に発言している。
【参考リンク】
OpenAI Sora(外部)
OpenAIが開発したテキストから動画を生成するAIツール。2025年9月29日にSora 2がリリースされ高品質な動画生成が可能に
SAG-AFTRA(外部)
アメリカの俳優や放送業界従事者を代表する労働組合。会員数約16万人でAIによる俳優の権利保護に取り組む
The Guardian – AI Technology Section(外部)
英国大手新聞社ガーディアンのAI技術セクション。AI倫理やディープフェイク問題を継続的に報道する信頼性の高いメディア
【参考記事】
Robin Williams’ daughter pleads for people to stop sending her AI-generated videos(外部)
BBC News(2025年10月7日)ゼルダのInstagram投稿と過去のAI批判の発言を詳細に報道。遺族への精神的負担に焦点
Zelda Williams Finds AI Videos Of Robin Williams & Other Dead Stars ‘Gross’(外部)
Deadline(2025年10月6日)ゼルダの発言全文とハリウッドのAI規制の動き、SAG-AFTRAストライキ交渉経緯を詳述
You can’t libel the dead. But that doesn’t mean you should deepfake them(外部)
TechCrunch(2025年10月6日)故人のディープフェイクに関する法的グレーゾーンを分析。州ごとのパブリシティ権の違いを解説
Sora 2 is here(外部)
OpenAI(2025年9月29日)OpenAI公式によるSora 2のリリース発表。新機能の詳細や技術的特徴、利用方法を提供
OpenAI’s Sora 2 thrills and alarms the internet(外部)
NBC News(2025年10月2日)Sora 2リリース直後の反応と技術的特徴を報道。App Store上位ランクインと懸念の高まりを伝える
OpenAI promises more granular control for copyright owners as Sora 2 generates videos of popular characters(外部)
The Guardian(2025年10月6日)OpenAIの対応策と限界を報道。著作権紛争フォームと包括的オプトアウト未提供の問題を指摘
【編集部後記】
もし自分の大切な人がAIで再現されたら、みなさんはどう感じるでしょうか。技術が「できること」と「やるべきこと」の間には、大きな隔たりがあるように思えます。今回の出来事は、AI時代における新しい倫理観を問いかけています。私たちは便利さや面白さを追求する一方で、人間の尊厳や感情にどこまで配慮できているのでしょうか。
ゼルダの言葉は、技術を使う側一人ひとりに向けられたメッセージなのかもしれません。この記事をきっかけに、AIとどう付き合っていくべきか、一緒に考えてみませんか。