Adobe、MAX 2025で次世代編集ツール「Sneaks」披露──動画を1フレームで編集、撮影後に照明操作可能に

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Adobeは、Max conferenceで実験的なAIツール群「sneaks」を実演した。

Project Frame Forwardは、マスクを使わずに動画の1フレームに加えた変更を全体に自動適用できる。動画からオブジェクトや人物を削除したり、AIプロンプトで新たなオブジェクトを挿入したりすることが可能だ。

Project Light Touchは、生成AIで写真内の光源を再形成し、照明の方向や拡散、色を制御できる。Project Clean Takeは、AIプロンプトで音声の発音や感情を変更し、元の話者の声の特性を保持しながら単語を置き換えることができる。背景ノイズを個別のソースに自動分離する機能も備える。

その他、Project Surface Swap、Project Turn Style、Project New Depthsなどが発表された。これらのsneaksは一般公開されず、Creative CloudやFireflyアプリの正式機能になる保証はないが、過去のDistraction RemovalやHarmonizeツールのようにsneaksから製品化された例もある。

From: 文献リンクAdobe demonstrated some of the experimental AI tools it’s working on at its Max conference

【編集部解説】

Adobeが毎年開催する世界最大級のクリエイティビティ・カンファレンス「Adobe MAX」は、クリエイティブ業界の未来を占う重要なイベントです。2025年は10月28日から30日までロサンゼルス・コンベンションセンターで開催され、10,000人以上のクリエイターが集結しました。

その中でも注目を集めるのが「Sneaks」と呼ばれるセッションです。これは「Adobe研究者のためのオスカー」とも称され、エンジニアや研究者たちが取り組んでいる実験的なプロジェクトを披露する場となっています。今年のホストは、エミー賞とクリティクス・チョイス・アワードにノミネートされたコメディアンで女優のJessica Williamsが務めました。

重要なのは、これらのSneaksが必ずしも製品化されるわけではないという点です。しかし、過去にはPhotoshopの「Distraction Removal」「Harmonize」といった機能がSneaksから生まれており、コミュニティの反応が製品化の判断材料となります。つまり、ここで披露される技術は将来のクリエイティブツールの方向性を示す指標なのです。

Project Frame Forwardは、動画編集のワークフローを根本から変える可能性を秘めています。従来、動画から人物やオブジェクトを削除するには、フレームごとにマスクを作成する必要がありました。これは非常に時間がかかる作業です。しかしこのツールは、最初のフレームをPhotoshopで編集するだけで、AIが自動的にその変更を動画全体に適用します。

デモでは、パドルボードに乗った女性を削除したり、結婚式の動画で背景の人物を消去し、さらに照明まで変更するといった複雑な編集が、わずか数クリックで実現されました。特筆すべきは、単にオブジェクトを消すだけでなく、水たまりに映る猫の反射のような「コンテキストを理解した」要素まで生成できる点です。

Project Light Touchは、写真撮影後に照明を自由に操作できるという、従来の常識を覆すツールです。生成AIを活用し、写真内の光源を再構成できます。

デモでは、室内のランプをオン・オフしたり、昼の風景を夜に変えたり、カボチャの内側から光を放つような効果を追加したりする様子が披露されました。しかも、光の方向や拡散、色温度、RGB効果まで細かく調整可能です。影や反射も自動的に更新されるため、極めて自然な仕上がりになります。

これは写真家にとって革命的な意味を持ちます。撮影時の照明設定が完璧でなくても、後から修正できるのです。インテリアデザイナーにとっても、実際に家具を配置する前に、さまざまな照明シナリオを視覚化できる強力なツールとなります。

Project Clean Takeは、音声編集の概念を変えるツールです。AIプロンプトを使用して、録音済みの音声の発音や感情を変更できます。

具体的には、話者の声の特性を保持したまま、単語を置き換えたり、声のトーンを「より幸せそうに」「疑問を持っているように」と調整したりできます。デモでは、「fifth」という単語を「fourth」に変更したり、アップトークのイントネーションを修正したりする様子が示されました。

さらに注目すべきは、背景ノイズを個別のソースに自動分離できる機能です。音声、音楽、効果音、リバーブなどをそれぞれ独立したトラックとして扱えるため、特定の音だけを調整またはミュートできます。公共の場所で録音した際に背景に流れている音楽がライセンス上の問題になる場合、類似したAdobe Stockの音楽に置き換えることも可能です。

これらの技術は、ポッドキャスター、映画制作者、YouTuberなど、音声コンテンツを扱うすべてのクリエイターにとって、再撮影や再録音のコストと時間を大幅に削減する可能性があります。

その他にも、Project Surface Swap(オブジェクトの材質やテクスチャを即座に変更)、Project Turn Style(2D画像を3D的に回転)、Project New Depths(写真を3D空間として編集)など、10以上のプロジェクトが発表されました。

これらの技術に共通するのは、AIが単なる自動化ツールではなく、クリエイターの意図を理解し、それを効率的に実現する「アシスタント」として機能している点です。Adobeは「AIはクリエイティビティの代替ではなく、拡張である」という姿勢を明確にしています。

一方で、こうした技術の進歩は倫理的な課題も提起します。動画から人物を簡単に削除したり、音声を改変したりできる技術は、誤用されればディープフェイクやフェイクニュースの作成にも利用される可能性があります。コンテンツの真正性をどう保証するかは、今後の重要な課題となるでしょう。

クリエイティブ業界への影響も無視できません。これらのツールが普及すれば、従来は専門的なスキルと長時間の作業が必要だった編集作業が、より多くの人々にとってアクセス可能になります。これは創造性の民主化という意味でポジティブですが、同時にプロフェッショナルの価値提供のあり方も変化させるでしょう。

Adobeの研究開発責任者Gavin Millerによれば、Sneaksに登場するプロジェクトは200以上の提案から厳選された5〜10のデモだといいます。コミュニティのフィードバックが製品化の優先順位を決める重要な要素となるため、今年のSneaksへの反応は2026年以降のAdobe製品のロードマップに直接影響を与えることになります。

【用語解説】

Adobe MAX
Adobeが毎年開催する世界最大級のクリエイティビティ・カンファレンス。デザイナー、写真家、動画制作者、イラストレーターなど、世界中のクリエイターが集まり、最新の製品発表、250以上のセッション、ハンズオン・ラボ、ネットワーキングイベントが行われる。2003年に初開催され、2025年は10月28日から30日にロサンゼルス・コンベンションセンターで開催された。

Sneaks(スニーク)
Adobe MAXで毎年開催される人気セッション。研究者やエンジニアが開発中の実験的なプロジェクトを披露する場で、「Adobe研究者のためのオスカー」とも呼ばれる。200以上の提案から厳選された5〜10のプロトタイプが披露され、コミュニティの反応が製品化の判断材料となる。過去にはPhotoshopの「Distraction Removal」や「Harmonize」などがSneaksから製品化された。

マスク
画像や動画編集において、特定の領域を選択して保護または編集対象を指定する技術。従来の動画編集では、オブジェクトや人物を削除する際にフレームごとにマスクを作成する必要があり、非常に時間がかかる作業である。

コンテキストアウェア(Context-aware)
周囲の状況や文脈を理解して処理を行うAI技術。画像編集では、削除したオブジェクトの背景を自然に補完したり、挿入したオブジェクトが周囲の環境と自然に調和するように配置したりする機能を指す。

生成AI(Generative AI)
テキストプロンプトや画像などの入力から、新しいコンテンツ(画像、動画、音声、テキストなど)を生成する人工知能技術。Adobeでは、ライセンスされたAdobe Stockのコンテンツやパブリックドメインのデータを用いて訓練されたFireflyモデルを使用し、商業利用に安全なコンテンツ生成を実現している。

拡散トランスフォーマーモデル(Diffusion Transformer Models)
生成AIの一種で、ノイズから徐々に画像を生成する技術とトランスフォーマーアーキテクチャを組み合わせた最新のAIモデル。Project Trace Eraseなどで使用され、オブジェクトだけでなくその影や反射まで理解して削除できる高度な画像編集を可能にする。

【参考リンク】

Adobe MAX 2025公式サイト(外部)
世界最大級のクリエイティビティ・カンファレンスの公式サイト。セッション情報や登録が可能

Adobe Firefly公式サイト(外部)
Adobeの生成AIプラットフォーム。テキストから画像・動画・音声を生成できる

Adobe Creative Cloud公式サイト(外部)
Photoshop、Premiere Proなどプロ向けクリエイティブアプリのサブスクリプションサービス

Adobe MAX Sneaks 2025ブログ記事(外部)
Adobe公式ブログによる2025年Sneaksセッションの詳細解説と技術背景を紹介

Adobe Research公式サイト(外部)
Adobeの研究開発部門の公式サイト。最新の研究論文とプロジェクト情報を掲載

    【参考動画】

    Adobe MAX Sneaks 2025 公式動画 – Jessica Williamsがホストを務める2025年Sneaksセッションの完全版。10のプロジェクトのデモンストレーションと詳細な解説を視聴できる。英語字幕付き、日本語字幕は11月初旬に提供予定。

    【参考記事】

    Adobe just previewed some of the wildest AI tools we’ve ever seen(外部)
    Creative Bloqによる2025年Sneaksの詳細レポート。4つの主要プロジェクトを解説

    Adobe wants to make video editing more like photo editing(外部)
    Digital Camera Worldによる技術解説。結婚式動画のデモ例を紹介

    Adobe To Release AI-Powered Video Editing System(外部)
    Deadlineによる独占レポート。10,000人参加のイベント詳細とアナリスト分析を掲載

    Adobe MAX 2025 Sneaks: Your First Look at the Latest Next-Gen Tools(外部)
    RedShark Newsによるビデオ制作者向け分析。音声関連技術を深掘り

    Adobe MAX 2025 Sneaks: Inside the Research Showcase(外部)
    研究責任者Gavin Millerへのインタビューを含む詳細レポート。選考プロセスを解説

    Adobe MAX 2025 – live coverage from Adobe’s flagship creativity conference(外部)
    TechRadarによる3日間のライブカバレッジ。全プロジェクトを網羅的に報告

    You probably missed some major editing news this week(外部)
    Digital Camera WorldによるAdobe MAX 2025の包括的まとめ。正式発表も含む

      【編集部後記】

      今回のSneaksで披露された技術を見ていると、「編集」という行為の意味が変わりつつあることを感じます。みなさんは、動画の1フレームを編集するだけで全体に反映されたり、撮影後に照明を自由に操作できたりする世界を、どう受け止めるでしょうか。こうしたツールは、技術的なスキルよりも「何を表現したいか」という本質的な問いをクリエイターに突きつけているようにも思えます。効率化が進む一方で、私たち編集部も、人間にしかできない創造性とは何かを改めて考えさせられています。これらの技術が実際に製品化されたとき、みなさんのクリエイティブワークはどう変化するでしょうか。ぜひ一緒に考えていきたいと思います。

      投稿者アバター
      Satsuki
      テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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