岡山大・東北大が膵がんの「線維化障壁」形成メカニズムを解明|コラーゲンの生理活性が鍵

[更新]2025年11月8日08:38

 - innovaTopia - (イノベトピア)

岡山大学学術研究院医歯薬学域の田中啓祥助教、学術研究院ヘルスシステム統合科学学域の狩野光伸教授、東北大学大学院医学系研究科の正宗淳教授らの研究グループは、膵がんの線維化障壁形成メカニズムを解明した。研究成果は2025年10月31日に科学雑誌「Small」に掲載された。

膵がんの5年生存率は約1割にとどまり、がん細胞周囲の線維化が薬剤の到達を阻む障壁となっている。従来、線維化組織中のコラーゲンが物理的に薬剤送達を妨害すると考えられていたが、本研究では独自の立体培養技術を用いてコラーゲンの生理活性がシグナル分子として重要な役割を果たすことを初めて明らかにした。この成果はコラーゲンの生理活性を標的とした治療戦略開発につながると期待される。

From: 文献リンク膵がんに薬が届くのを阻む「線維化障壁」の形成メカニズム解明

【編集部解説】

膵がん治療が他のがんと比べて格段に難しい理由の一つが、今回研究対象となった「線維化障壁」です。膵がん細胞は硬い線維組織に囲まれた独特の構造を持ち、がん細胞の「島」が線維化という「海」の中に点在する形態をとります。この構造が薬剤の到達を妨げ、治療効果を著しく低下させてきました。

今回の研究で注目すべきは、コラーゲンの役割について新たな視点を提示した点にあります。これまでコラーゲンは単に物理的な壁として薬の浸透を阻んでいると考えられてきました。しかし岡山大学と東北大学の研究チームは、コラーゲンが「シグナル分子」として生理活性を持ち、DDR1という受容体を介して線維化障壁の形成を促進していることを明らかにしました。

具体的には、DDR1を介したシグナル伝達がPI3K/AKT/mTOR経路を活性化し、線維化をさらに悪化させるメカニズムが解明されています。この発見は治療戦略に新しい可能性をもたらすものです。従来のようにコラーゲンを物理的に分解するアプローチだけでなく、コラーゲンの生理活性を阻害することで線維化障壁を低減できる可能性が示されました。

本研究では独自の立体培養技術を活用しており、平面培養では再現できない生体内の複雑な環境を実験室で模倣することに成功しています。この技術により動物実験を補完しながら、より詳細なメカニズム解析が可能になりました。

膵がんの5年生存率が約10%という厳しい現実を考えると、この発見が持つ意味は大きいでしょう。DDR1を標的とした阻害剤の開発や、既存の抗がん剤との併用療法など、複数の治療アプローチが今後検討されることが期待されます。

【用語解説】

線維化
組織内にコラーゲンなどの線維性タンパク質が過剰に蓄積する現象である。膵がんでは特に顕著で、がん細胞の周囲を硬い線維組織が取り囲み、薬剤の到達を妨げる物理的・生理的障壁となる。

DDR1(Discoidin Domain Receptor 1)
コラーゲンと結合する受容体型チロシンキナーゼである。コラーゲンからのシグナルを細胞内に伝達し、細胞の増殖、分化、遊走などを制御する。膵がんではこのシグナル経路が線維化を悪化させることが本研究で明らかになった。

PI3K/AKT/mTOR経路
細胞の成長、増殖、生存を制御する重要なシグナル伝達経路である。がん細胞では頻繁に活性化されており、治療抵抗性に関与する。本研究ではDDR1の下流でこの経路が活性化されることが示された。

立体培養
細胞を三次元的に培養する技術である。従来の平面培養と異なり、生体内の環境をより忠実に再現できるため、薬剤応答性や細胞間相互作用の研究に有用である。

【参考リンク】

岡山大学(外部)
岡山県岡山市に本部を置く国立大学。11学部と8研究科を有する総合大学で、医学・薬学分野での研究実績が豊富である。本研究では田中啓祥助教と狩野光伸教授が参画した。

東北大学大学院医学系研究科(外部)
東北大学の医学系大学院。医学・医科学・保健学・障害科学の4専攻を持つ。本研究では正宗淳教授が研究グループに参加し、膵がんの線維化メカニズム解明に貢献した。

国立がん研究センター がん情報サービス(外部)
日本のがん統計情報や診療情報を提供する公式サイト。膵がんの最新の統計データや治療法に関する信頼性の高い情報を掲載している。

Wiley Small誌(外部)
ナノサイエンスとナノテクノロジー分野の国際学術誌。本研究成果が2025年10月31日に掲載された。材料科学、生物医学、物理化学などの学際的研究を扱う。

【参考記事】

Collagen Signaling via DDR1 Exacerbates Barriers to Macromolecular Drug Delivery in Pancreatic Cancer(外部)
本研究の原著論文。膵星細胞が過剰に分泌するコラーゲンIが、DDR1を介したシグナル伝達により線維化障壁を悪化させ、高分子薬剤の送達を阻害するメカニズムを解明した。

DDR1 Drives Collagen Remodeling and Immune Exclusion in Pancreatic Cancer(外部)
DDR1が21種類のがんで高発現し、予後不良と免疫細胞浸潤の減少に関連することを示した汎がん解析。膵がんマウスモデルでの検証結果を掲載。

Japan’s Cancer Survival Rate Statistics(外部)
日本における5年生存率のデータ。膵がんが12.7%と他のがんと比べて極めて低い数値を示している。

Pancreatic cancer risk and survival in diabetic patients in Japan(外部)
日本における膵がん患者の生存率データ。定期的な通院が早期発見につながる可能性を示唆。

【編集部後記】

膵がん治療の難しさは、医療技術が進歩した現在でも変わらない大きな課題です。今回の研究が示したコラーゲンの「二面性」。物理的障壁であると同時にシグナル分子でもあるという発見は、これまでの常識を覆すものでした。

こうした基礎研究の積み重ねが、いつか画期的な治療法につながっていくのかもしれません。皆さんは、がん治療における「薬を届ける」という一見シンプルに思える課題が、実はこれほど複雑なメカニズムに阻まれていることをご存知でしたか。医療の最前線で何が起きているのか、一緒に見守っていきたいと思います。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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