Apple、中国政府の要請でゲイ向け出会い系アプリBluedとFinkaを削除──LGBTQコミュニティへの圧力強化

[更新]2025年11月11日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Appleは中国国家インターネット情報弁公室からの命令を受けて、中国のiOSストアから2つの人気ゲイ向け出会い系アプリを削除した。

Appleは声明で「事業を展開する国の法律に従わなければならない」と述べ、中国のストアフロントからのみ削除したことを明らかにした。ただしBluedのライト版は依然として中国App Storeでダウンロード可能である。

米国発のゲイ向け出会い系アプリGrindrは2022年にiOSストアから削除されている。

2023年には北京が中国のユーザーにサービスを提供するすべてのアプリに政府への登録とライセンス取得を義務付ける方針を発表し、外国アプリが大量削除された。

2024年4月にはAppleが国家安全保障上の懸念を理由にMetaのWhatsAppとThreadsをiOSから削除している。

中国は米国外でAppleにとって最大の海外市場であり、同社はこれらの要請に応じる意思を示してきた。

From: 文献リンクApple removes gay dating apps from Chinese App Store at Beijing’s request

【編集部解説】

今回のアプリ削除は、グローバルテクノロジー企業が直面する複雑なジレンマを浮き彫りにする事例です。

中国は米国外でAppleにとって最大の海外市場であり、同時に主要な製造拠点でもあります。この経済的な依存関係が、Appleの対応に大きな影響を与えています。同社は中国政府からの要請に繰り返し応じてきた実績があり、2022年にはGrindrを、2024年4月にはWhatsAppとThreadsを削除しました。

BluedとFinkaの削除は、中国におけるLGBTQコミュニティへの圧力強化を象徴する出来事です。Bluedは2020年時点で4900万人以上の登録ユーザーを抱え、月間アクティブユーザーは600万人に達していました。親会社のBlueCityは2020年にナスダックに上場しましたが、2022年に上場廃止となり、香港拠点のNewborn Townに買収されています。

Bluedは2011年の創業以来、HIV予防など公衆衛生の観点から政府の目標と整合性を保つことで生き残りを図ってきました。しかし、2025年7月には理由不明のまま新規登録を一時停止するなど、すでに不安定な状況にありました。今回の削除によって、中国のLGBTQコミュニティはデジタル上の重要なつながりの場を失うことになります。

この問題には、Tim Cook CEOの個人的な立場が絡むという皮肉な側面もあります。Cookは2014年にフォーチュン500企業のCEOとして初めてゲイであることを公表し、LGBTQの権利擁護者として知られています。しかし、ビジネス上の理由から、中国では価値観と相反する決定を下さざるを得ない状況に置かれているのです。

中国では1997年に同性愛が非犯罪化されましたが、同性婚は認められていません。2015年に習近平政権下で人権活動家への取り締まりが始まって以降、LGBTQコミュニティへの圧力は強まり続けています。2023年5月には、2008年設立の主要な権利擁護団体「北京LGBT中心」が「不可抗力」を理由に閉鎖を発表しました。また2021年には「LGBT権利擁護中国」という団体も活動を停止に追い込まれています。

デジタル空間においても検閲は厳しくなっています。2021年7月にはWeChatが大学生や非営利団体が運営するLGBTQ関連アカウントを多数閉鎖しました。ソーシャルメディア企業はLGBTQコンテンツやアカウントを頻繁に検閲しており、オンライン上の表現の自由も大きく制限されています。

今回の削除は一時的なものか永久的なものかは不明です。中国では、規制当局の要求に応じた変更を行えば、削除されたアプリが復活する例もあります。しかし、全体的な政治環境を考えると、楽観的な見通しは難しいと言えるでしょう。

この事例は、グローバル企業が各国の法律に従うという原則と、普遍的な人権価値を支持するという企業理念の間で、どのようにバランスを取るべきかという問題を提起しています。市場アクセスと企業価値の間で妥協を強いられる状況は、今後も続くと予想されます。

【用語解説】

中国国家インターネット情報弁公室(CAC)
中華人民共和国の主要なインターネット規制機関および検閲当局である。2011年に国務院によって設立され、2014年に現在の名称に改称された。オンラインコンテンツの規制、サイバーセキュリティ、データセキュリティ、プライバシー保護に関する規則の発行と執行を担当する。習近平が議長を務める中央サイバースペース事務委員会の執行機関としても機能している。

BlueCity(ブルーシティ)
Bluedアプリの親会社で、中国を代表するLGBTQプラットフォームを運営する企業である。2011年に元警察官の馬保力(Ma Baoli)によって設立され、2020年にナスダックに上場した。上場時には4900万人以上の登録ユーザーと600万人の月間アクティブユーザーを抱えていた。2022年に上場廃止となり、香港拠点のソーシャルメディア企業Newborn Townに買収された。

HeeSay(ヒーセイ)
Bluedの国際版アプリの名称である。2024年に改名され、インド、パキスタン、フィリピンなどで5400万人のLGBTQユーザーが利用している。中国国外では引き続き利用可能で、ライブストリーミング機能やソーシャルネットワーキング機能を提供している。

【参考リンク】

中国国家インターネット情報弁公室(CAC)(外部)
中国のインターネット規制とサイバーセキュリティを統括する政府機関の公式サイト

Apple中国(外部)
Appleの中国向け公式サイトで製品情報やサービスを提供している

HeeSay(旧Blued国際版)(外部)
BluedのグローバルブランドHeeSayのアプリダウンロードページ

【参考記事】

Blued and Finka: Removal of popular gay-dating apps in China raises fear of further LGBTQ+ crackdown(外部)
CNNによる詳細なレポートでLGBTQコミュニティへの取り締まり強化を報じる

China forces Apple to remove the most popular gay dating apps(外部)
Bluedが4900万人以上の登録ユーザーを抱えていたことなど背景情報を詳述

LGBTQ Spaces Are Shrinking in China(外部)
2023年5月の北京LGBT中心閉鎖と習近平政権下での圧力強化を報告

Chinese LGBTQ platform BlueCity Holdings prices US IPO at $16 midpoint(外部)
BlueCityの2020年ナスダック上場時の公式データを提供する情報源

Beijing LGBT Center Shuttered as Crackdown Grows in China(外部)
2008年設立の北京LGBT中心が2023年5月に閉鎖された経緯を詳細に報道

【編集部後記】

今回のアプリ削除は、デジタル時代における「つながり」の脆弱性を改めて浮き彫りにしました。オンライン空間が人々の居場所として機能する一方で、それがいかに簡単に失われ得るかを示す出来事です。

グローバル企業が直面する市場と価値観のジレンマは、私たち自身の問題でもあります。便利なサービスを享受する消費者として、その背後にある複雑な政治的・経済的力学をどこまで意識すべきなのか。また、企業の社会的責任とビジネスの持続可能性のバランスをどう評価すればよいのか。

デジタル空間における表現の自由と規制のあり方は、今後ますます重要なテーマとなるでしょう。みなさんは、この問題についてどのようにお考えでしょうか。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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