3I/ATLAS、銀河宇宙線処理の証拠を発見──恒星間天体は「使者」ではなく「旅の記録」か

 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年に発見された恒星間天体3I/ATLASは、「galactic cosmic ray(銀河宇宙線)」による処理の証拠が見つかった。彗星のコマにはCO₂とH₂Oの比率が極めて高く、これは太陽系内彗星とは異なり、恒星間移動中の宇宙線照射による化学変化が影響している可能性が高い

銀河宇宙線がCOをCO₂に変換し、有機物に富んだ層を形成、外層の情報のみが得られる状況である。3I/ATLASは、星間環境の”純粋な使者”ではなく、宇宙線処理の経過を示す”天然の実験室”として考えられる。今後も追加観測と査読が必要であり、近日点到達時に未加工物質が観測できる可能性もあるが低いと考えられている。

From: 文献リンクInterstellar Object 3I/ATLAS Shows Evidence Of “Galactic Cosmic Ray” Processing. That’s Not Great News

【編集部解説】

今回の発見は、恒星間天体に対する理解そのものを変える可能性があります。これまで天文学者たちは、恒星間天体を「他の恒星系から届いた純粋な使者」として期待してきました。しかし、3I/ATLASの観測結果は、その期待が楽観的すぎたことを示唆しています。

銀河宇宙線による処理が意味するのは、恒星間天体の表面15~20メートルが数十億年にわたる宇宙線照射で化学的に変質しているということです。実験室での再現実験では、宇宙線がCOをCO₂に効率的に変換し、有機物に富んだ層を形成することが確認されています。つまり、現在観測できる物質は「旅の途中で変化したもの」であり、元の恒星系の環境を直接反映していない可能性が高いのです。

この発見の影響は、単に3I/ATLASに限定されません。1I/’Oumuamuaや2I/Borisovといった過去の恒星間天体、そして今後発見される全ての恒星間天体にも同じ問題が当てはまる可能性があります。長期間宇宙空間を漂う天体は、すべて同様の宇宙線処理を受けているはずだからです。

一方で、この状況にもポジティブな側面があります。恒星間天体は「宇宙線化学の天然実験室」として、数十億年スケールの化学反応プロセスを研究する貴重な機会を提供してくれます。地球上では再現できない時間スケールでの変化を、実物から学べるわけです。

2025年10月の近日点通過後、より深い層からの物質が放出される可能性もゼロではありません。JWSTのMIRI(中赤外線観測装置)による有機物検出や、熱マッピングによる断熱層の測定など、追加観測が現在進行中です。もし未加工の内部物質が観測できれば、他の恒星系の原始的な環境を知る手がかりが得られるかもしれません。

【用語解説】

3I/ATLAS:2025年7月1日にチリのATLAS望遠鏡が発見した3番目の星間天体。彗星であることが確認されており、CO₂とH₂Oの比率が異常に高いという特徴を持つ。

ATLAS(Asteroid Terrestrial-impact Last Alert System):ハワイ大学が運用するNASA資金の小惑星早期警報システム。望遠鏡を世界各地に配置し、地球に接近する天体を監視している。

galactic cosmic ray(銀河宇宙線):太陽系外から飛来する高エネルギーの陽子、電子、原子核。主に超新星爆発で生成され、約90%が陽子で構成される。磁場の影響を受けて銀河内を伝播する。

SPHEREx:NASAの全天サーベイミッション。光学および近赤外線の102波長で宇宙を観測し、4億5000万以上の銀河と1億以上の恒星をマッピングする。2年間のミッション期間が予定されている。

コマ(coma):彗星核から昇華した氷や塵が形成する雲状の構造。彗星の頭部を構成し、化学組成分析の重要な情報源となる。3I/ATLASではCO₂が豊富なコマが観測された。

アンチテイル(anti-tail):彗星の尾が太陽方向に向かって伸びる珍しい現象。通常の尾とは逆方向に見えるが、実際は軌道面の傾きと観測位置の幾何学的効果による視覚的現象である。

近日点(perihelion):天体が太陽に最も接近する軌道上の点。3I/ATLASは2025年10月に近日点を通過し、この時期に内部物質が放出される可能性が注目された。

アウトガス(outgassing):彗星が太陽に近づいた際に、核の氷が昇華してガスや塵を放出する現象。3I/ATLASでは深さ15~20メートルの処理層からのアウトガスが観測されている。

【参考リンク】

ATLAS公式サイト(外部)
ハワイ大学が運用する小惑星早期警報システムATLASの公式サイト。リアルタイムの観測データ、発見された天体のリスト、システムの技術仕様などが公開されている。

NASA SPHEREx Mission(外部)
NASAのSPHERExミッション公式ページ。102波長での全天サーベイ計画、科学目標、観測データの公開情報などを提供している。

【参考記事】

Interstellar Comet 3I/ATLAS: Evidence for Galactic Cosmic Ray Processing(外部)
ベルギーと米国の研究チームによる査読前論文。銀河宇宙線処理の証拠と、3I/ATLASの異常なCO₂/H₂O比について詳細に分析。実験室データとの比較から、表層15-20mが宇宙線照射により化学変化していることを示唆。

James Webb Space Telescope takes 1st look at interstellar comet 3I/ATLAS(外部)
JWSTによる3I/ATLASの初観測に関する記事。NIRSpecによるスペクトル分析の結果と、その科学的意義について解説。

No, comet 3I/ATLAS hasn’t exploded(外部)
3I/ATLASの爆発に関する誤情報を訂正する記事。彗星の現状と観測状況について正確な情報を提供。

Interstellar Comet 3I/ATLAS – IfA Research(外部)
ハワイ大学天文学研究所による3I/ATLASの研究概要。発見の経緯と初期観測データについて詳述。

【編集部後記】

恒星間天体が「宇宙線処理された物質」を運んでくるという事実は、私たちの探査戦略を根本から変える必要があるかもしれません。表面下の未加工物質にアクセスするには、サンプルリターンミッションで深部掘削が必要になるでしょう。一方で、数十億年の宇宙線化学プロセスを実物で研究できる機会は、地球の実験室では決して再現できない貴重なものです。3I/ATLASは他の恒星系の「使者」ではなく「旅人の記録」なのかもしれません。今後発見される恒星間天体すべてに同じ問題が当てはまるとすれば、私たちは何を期待し、どんな観測手法を開発すべきなのでしょうか。

投稿者アバター
乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。 デジタルエンターテインメントの未来形がいかに人間の認知と感情に働きかけるかを分析し、テクノロジーが創造する新しい未来の可能性を追求しています。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…